トランプ相互関税に違憲判決、米国通商政策の転換点
はじめに
2026年2月20日、米連邦最高裁判所は「Learning Resources, Inc. v. Trump」事件において、トランプ大統領がIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づいて課した相互関税を違憲とする判決を言い渡しました。6対3の判決は、ロバーツ長官が多数意見を執筆し、大統領の関税権限に明確な線引きを行いました。
この判決は、2025年4月の「解放の日」以来続いてきた相互関税政策に法的な終止符を打つものであり、米国の通商政策に大きな転換をもたらします。本記事では、判決の法的論点、影響範囲、そして今後の展望について詳しく解説します。
判決の法的論点と最高裁の判断
ロバーツ長官の多数意見
ロバーツ長官は多数意見において、IEEPAの条文に含まれる「規制する(regulate)」と「輸入(importation)」という2つの単語だけでは、関税を課す権限の根拠にならないと明確に判断しました。
具体的には「IEEPAには関税や税に関する言及は一切ない。政府は、議会が『規制する』という言葉を使って課税を認めた法律を一つも示せなかった。そして現在に至るまで、いかなる大統領もIEEPAにそのような権限を読み取ったことはなかった」と述べています。
さらに「大統領は無制限の金額、期間、範囲で一方的に関税を課すという並外れた権限を主張している。この主張の広範さ、歴史的文脈、憲法上の位置づけに鑑みれば、その行使には議会の明確な授権を示さなければならない」と、大統領権限の限界を明確にしました。
反対意見の論理
カバノー判事が執筆し、トーマス判事とアリート判事が同調した反対意見では、異なる法解釈が展開されました。カバノー判事は「IEEPAの下で関税が輸入を『規制する』手段に該当するかどうかが唯一の法的問題だ。条文の文言、歴史、判例は、その答えが明らかにイエスであることを示している。割当やエンバーゴと同様、関税は輸入を規制する伝統的かつ一般的な手段である」と主張しました。
下級審からの経緯
この訴訟は2025年5月にコロンビア特別区連邦地裁が関税を違憲と判断したことに始まります。同月、米国国際貿易裁判所(CIT)も大統領にはIEEPAを根拠に関税を課す権限がないと判断し、その執行を恒久的に差し止めました。2025年8月には連邦巡回区控訴裁判所も大法廷でこの判断を支持しており、最高裁判決は一連の司法判断の集大成です。
判決の影響範囲
無効となる関税と残る関税
今回の判決により無効となるのは、IEEPAを法的根拠として課されたすべての関税です。具体的には以下が含まれます。
- 相互関税: 各国の対米関税率に応じて設定された国別関税(中国34%など)
- ベースライン関税: 全世界からの輸入品に対する10%の最低関税率
- フェンタニル関連関税: 合成麻薬の流入対策として課されたカナダ・メキシコ・中国への追加関税
一方、以下の関税は別の法的根拠に基づくため、今回の判決の影響を受けません。
- セクション232関税: 鉄鋼・アルミニウム・自動車に対する安全保障関税(1962年通商拡大法)
- セクション301関税: 不公正貿易慣行に対する対抗関税(1974年通商法)
約20兆円規模の還付問題
判決の焦点の一つが、既に徴収された関税の還付問題です。ロイター通信の報道によると、還付対象は1,335億ドル(約20兆円)以上に達する可能性があります。ただし、最高裁は還付の可否について明確な判断を示さず、この問題は下級裁判所に差し戻されました。
企業にとって還付が実現すれば大きな資金回収となりますが、1,000社を超える企業が訴訟を提起していた経緯もあり、実務的な処理には相当の時間がかかると見られています。
企業のサプライチェーン戦略への影響
KPMGの調査によると、トランプ関税の影響により企業の約60%がすでに影響を受けているか、今後影響が出る可能性があると回答していました。調達網の強化(複線化・切り替え・内製化)を検討・実施済みの企業が28%、生産・投資の米国シフトを進める企業が25%に達しています。
今回の判決により、これらの戦略の見直しが必要になる企業も出てくる可能性があります。特に関税対策として米国内への生産移転を進めていた企業にとっては、投資判断の再検討を迫られる場面も想定されます。
注意点・展望
トランプ政権の「代替プラン」
トランプ大統領は判決直後に最高裁判事を「恥」と非難し、代替的な関税措置を即座に発表しました。具体的には、1974年通商法セクション122に基づく10%のグローバル関税を新たに課す大統領令に署名する意向を表明しています。
さらに、セクション301に基づく不公正貿易慣行の調査開始も示唆されています。ただし、NPRの報道によると、セクション301の手続きには対象国の不公正な貿易慣行を認定する調査が必要であり、実際の関税発動までには数か月を要する見通しです。
議会での立法措置の可能性
最高裁が関税権限を議会に帰属させる判断を明確にしたことで、今後は議会を通じた通商法の改正が焦点となります。共和党内にはトランプ大統領の関税政策を支持する議員も多く、IEEPAの修正やより明確な関税授権法の制定を目指す動きが出てくる可能性があります。
国際的な影響
この判決は、トランプ政権の関税政策に対応して独自の報復関税や貿易協定の見直しを進めてきた各国の通商戦略にも影響を与えます。日本企業を含む各国企業は、米国の通商政策の方向性を見極めながら、サプライチェーン戦略を柔軟に調整していく必要があります。
まとめ
「Learning Resources, Inc. v. Trump」判決は、大統領の関税権限に憲法上の明確な限界を設けた画期的な判決です。約1,750億ドル規模のIEEPA関税が無効となり、米国の通商政策は大きな転換点を迎えました。
しかし、トランプ政権は代替的な法的根拠に基づく新たな関税をすでに打ち出しており、通商政策の不確実性が完全に解消されたわけではありません。企業や投資家は、今後の議会動向、還付問題の行方、新たな関税措置の詳細を注視しながら、戦略的な意思決定を行うことが求められます。
参考資料:
- Learning Resources v. Trump - Wikipedia
- Supreme Court strikes down Trump’s tariffs - NPR
- U.S. Supreme Court Rules 6-3 Against Trump’s Global Tariffs in IEEPA Case - Foreign Policy
- Supreme Court strikes down Trump tariffs, rebuking president’s signature economic policy - CNBC
- Sections 122 and 301: Trump’s alternate tariff tools after Supreme Court ruling - The Hill
- トランプ政権1年で見えてきたサプライチェーンリスクと課題 - KPMG
- トランプ関税に最高裁が無効判断、市場への影響は - Bloomberg
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