東証がデータ経営へ転換、システム通の新社長を起用
はじめに
日本取引所グループ(JPX)は2026年2月25日、傘下の東京証券取引所(東証)の社長に大阪取引所の横山隆介社長(62)を起用すると発表しました。4月1日付で就任し、横山氏はJPXのグループCOO(最高執行責任者)も兼務します。
横山氏は1986年に東京証券取引所に入所して以来、システム部門を中心にキャリアを築いてきた人物です。2020年10月に東証で全銘柄の売買が終日停止する重大なシステム障害が発生した際には、CIO(最高情報責任者)として復旧の陣頭指揮を執った実績があります。
「システム通」の起用は、取引所の競争力がデジタル技術で左右される時代を見据えた判断です。本記事では、東証のデータ経営への転換と、その背景にある取引所ビジネスのグローバルな構造変化を解説します。
横山新社長のプロフィールと実績
40年にわたるシステムキャリア
横山隆介氏は1986年に東京証券取引所に入所し、主にシステム関連の部門で経験を積みました。JPXのCIOを務めた後、2023年4月から大阪取引所の社長に就任しています。
特筆すべきは、2020年のシステム障害への対応です。この障害は東証の売買システム「arrowhead」の不具合が原因で、終日にわたり全銘柄の取引が停止するという前代未聞の事態となりました。横山氏はCIOとして迅速な原因究明と再発防止策の策定を主導し、信頼回復に貢献しています。
大阪取引所での実績
大阪取引所では、デリバティブ(金融派生商品)取引の拡大やシステムの安定運用に尽力しました。デリバティブ市場は取引のスピードと信頼性がより高い次元で問われる分野であり、ここでの経験は東証のデジタル化推進に直接生かせるとの期待があります。
株取引偏重の収益構造からの脱却
手数料依存の課題
東証を含むJPXグループの収益は、取引関連収益、清算関連収益、上場関連収益、情報関連収益などで構成されています。しかし、伝統的に株式売買の手数料への依存度が高く、市場環境によって収益が大きく変動するリスクを抱えてきました。
株式取引のコモディティ化が世界的に進む中、売買手数料のみに頼る収益モデルは持続可能とはいえません。取引の高速化やコスト競争が激しくなるほど、手数料率の引き下げ圧力は増します。
データビジネスへの布石
JPXはすでにデータ活用の基盤整備に着手しています。2021年12月に設立された子会社のJPX総研は、データやテクノロジーを活用したデジタル事業を推進する組織です。2024年4月には取引参加者向けの「取引分析データ提供サービス」を開始し、また「JPxData Portal(ベータ版)」を通じて200種類以上のデータを検索・利用できる環境を整えています。
JPXが保有する取引データは、市場の流動性分析、投資戦略の検証、リスク管理など、多様な用途で価値があります。このデータを加工・分析して付加価値の高いサービスとして提供することが、収益多角化の柱になると見られています。
海外取引所のデータ経営に学ぶ
ロンドン証券取引所の変革
取引所のデータ経営で先行するのがロンドン証券取引所グループ(LSEG)です。2021年にデータ・分析大手のRefinitivを約270億ドルで買収し、45,000社以上の顧客に170カ国以上でデータサービスを提供する体制を構築しました。現在、データ・アナリティクス部門がLSEGの収益の大半を占めています。
さらにLSEGはMicrosoftと10年間にわたる大規模な戦略提携を結び、クラウド技術を活用したデジタル市場インフラの構築を進めています。2024年の総収入は84.9億ポンド(約1.6兆円)に達し、取引所ビジネスが「データカンパニー」に変貌した典型例です。
東証との差
JPXの時価総額や収益規模はLSEGと比べると小さく、データビジネスの展開度にも大きな差があります。しかし、日本の株式市場は世界第3位の規模を持ち、独自の市場データの価値は高いといえます。横山新社長のもとで、JPXがデータ活用をどこまで加速できるかが問われます。
注意点・展望
システム障害のリスク管理
デジタル化を推進するほど、システムの安定性と堅牢性がより一層重要になります。2020年の障害を経験した横山氏だからこそ、攻め(データ活用)と守り(システム安定)の両立を図れるとの期待がある一方、新サービスの開発と既存システムの維持管理のバランスは常に課題です。
市場構造改革との連動
東証は2022年のプライム・スタンダード・グロースへの市場区分再編に続き、PBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業への改善要請など、市場の質的向上に取り組んでいます。データを活用した企業分析ツールの提供は、こうした市場改革をテクノロジーの面から後押しする役割も期待されます。
まとめ
東証の社長に「システム通」の横山隆介氏が就任することは、取引所ビジネスがテクノロジーとデータの勝負に移行しつつあることを象徴しています。株式売買手数料に依存した従来の収益モデルから脱し、取引データを活用した新たな価値創出にどれだけ踏み込めるかが、JPXの将来を左右するでしょう。
海外ではLSEGがデータカンパニーへの転身で成功を収めており、JPXが同様の変革を遂げられるか、4月以降の新体制の動きに注目です。
参考資料:
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