円急落158円台、財政リスク再燃の背景
はじめに
2026年1月9日深夜、円相場が1ドル=158円台へと急落し、約1年ぶりの安値水準を記録しました。この急激な円安の引き金となったのは、高市早苗首相が衆議院の解散を検討しているとの一部報道です。解散総選挙により高市政権の基盤が強化されれば、積極財政路線がさらに加速し、日本の財政悪化が進むとの懸念が市場に広がりました。一方で、財政出動による景気下支え期待から日経平均先物は急騰するという、円安と株高が同時進行する特異な市場環境が出現しています。本記事では、この市場激変の背景にある財政リスクの本質と、今後の為替・株式市場への影響を詳しく解説します。
急落の経緯:解散報道が市場を一変させた
1時間で80銭の急落
1月9日のニューヨーク外国為替市場で、円相場は夕方時点の1ドル=157円30銭台から急落し、深夜には一時158円18銭まで下落しました。わずか1時間程度で80銭という異例の下落幅です。三井住友銀行の鈴木浩史チーフ・為替ストラテジストは「解散総選挙のヘッドラインで市場が一変した」と指摘しています。
読売新聞が報じた「高市首相が1月23日召集の通常国会冒頭で衆院解散を検討している」との情報が、市場参加者の間で瞬く間に広がりました。この報道により、政権基盤が強化される可能性が高まり、高市政権が掲げる積極財政路線がさらに推し進められるとの見方が強まったのです。
株式市場は歓迎、為替市場は警戒
興味深いことに、円安進行と同時に日経平均先物は急騰しました。財政出動の拡大により景気が下支えされ、企業業績の改善につながるとの期待が株式市場には広がりました。特に防衛関連、インフラ関連といった「高市銘柄」と呼ばれる政府支出の恩恵を受けやすい分野への資金流入が加速しています。
このように、同じ政策期待が為替市場では「財政悪化リスク」として円売り材料となり、株式市場では「景気刺激期待」として株買い材料となる二面性が鮮明になりました。
高市政権の積極財政路線とは
「責任ある積極財政」の実態
高市首相は「日本が今行うべきことは、行き過ぎた緊縮財政により国力を衰退させることではなく、積極財政により国力を強くすることだ」と繰り返し強調してきました。必要な施策であれば赤字国債の発行も厭わない姿勢を示し、政府による成長投資を特に重視しています。
2025年度補正予算案では、一般会計からの支出が17.7兆円、特別会計などを合わせた財政支出は21.3兆円に達しました。さらに2026年度予算案では一般会計総額が122.3兆円と過去最大規模となり、新規国債発行額は29.6兆円に上ります。
財政規律との矛盾
高市首相は「財政規律にも配慮し、強い経済の実現と財政の持続可能性を両立させる予算案となった」と説明し、新規国債発行が2年連続で30兆円を下回ったことを強調しています。しかし、東京新聞などの報道では「高市政権の危うい財政が2026年度予算案で鮮明に」との指摘があり、「財政規律にどこまで本気なのか」という疑問が投げかけられています。
特に「金利のある世界」に突入した日本では、国債の利払い費が急増する見通しです。長期金利は2026年1月上旬に一時2.125%まで上昇し、約27年ぶりの高水準を記録しました。2024年末の1.11%から約1.0%も上昇しており、財政コストの増加は避けられません。
為替市場が警戒する財政リスクの本質
日米金利差縮小でも円安が続く矛盾
通常、米国の金融引き締めが終了し日本銀行が利上げを進めれば、日米金利差が縮小して円高に向かうはずです。実際、市場では日銀が2026年10月に政策金利を1.0%まで引き上げるとの見方が広がっています。
しかし、現実には円安圧力が強まっています。その要因として、日本の財政不安とインフレリスクが挙げられます。ニッセイ基礎研究所や第一生命経済研究所の分析では、「円安圧力が日米金利差縮小の効果を上回る」との見方が示されており、高市政権の「財政拡張的で金融引き締めに消極的」というイメージが投資家の間に深く根付いていることが指摘されています。
財政不安が招く「悪い円安」
為替市場のアナリストたちは、現在の円安を「悪い円安」と位置づけています。輸出増による経済成長を伴う「良い円安」とは異なり、財政の持続可能性への疑念から通貨が売られる構図です。
仮に衆院選で自民党が大勝し、高市政権の基盤が強化されれば、積極財政がさらに加速する可能性があります。そうなれば財政規律への懸念が一層強まり、円安圧力はさらに増すというシナリオが現実味を帯びています。
衆院解散の政治的背景
支持率が高いうちに勝負
高市首相が解散を検討している背景には、高い内閣支持率があります。読売新聞の世論調査では、2025年10月の政権発足時に71%、12月時点でも73%と高水準を維持しています。共同通信の調査でも64%を記録しており、この「勝てる状況」を活かしたいという戦略的判断が働いています。
自民党は2024年の衆院選で大きく議席を失いましたが、2025年の臨時国会で無所属議員の会派入りにより衆院でぎりぎり過半数の233議席を確保しました。しかし参院では少数にとどまり「ねじれ国会」の状態で、安定政権とは言えません。
解散のタイミングと思惑
通常国会冒頭での解散であれば、野党の準備不足を突けるという戦術的メリットがあります。日程としては「1月27日公示-2月8日投開票」または「2月3日公示-15日投開票」の2案が浮上しています。
仮に総選挙で2024年衆院選の191議席を大きく上回る結果を得られれば、政権基盤は安定し、2027年9月の自民党総裁任期満了時の再選可能性が高まります。高市首相にとって、解散総選挙は政権継続のための重要な賭けとなります。
注意点と今後の展望
市場の過剰反応リスク
今回の円急落は、あくまで「解散検討」という報道ベースの情報に対する反応です。実際に解散が実施されるかは不透明であり、仮に解散されても選挙結果がどうなるかは予測困難です。市場参加者は報道に過剰反応している可能性もあり、冷静な判断が求められます。
また、高市政権が本当に財政規律を無視するのかについても、慎重な見極めが必要です。新規国債発行を2年連続で30兆円以下に抑えていることは事実であり、「責任ある積極財政」というスローガンが単なる建前ではない可能性もあります。
日銀の対応が鍵
円安進行を食い止めるには、日本銀行のより積極的な金融引き締めが不可欠です。市場では2026年中に追加利上げが実施され、政策金利が0.75%から1.0%に引き上げられるとの見方が強まっています。
しかし、金利上昇は財政コストの増加を通じて政府の利払い負担を重くします。日銀が独立性を保ち、インフレ抑制と通貨安定を優先できるかが、今後の円相場を左右する重要な要素となります。
長期金利の動向に注目
10年物国債の長期金利は2026年1月上旬に2.125%と28年ぶりの水準まで上昇しました。仮にこの上昇が続けば、住宅ローンや企業の借り入れコストが増加し、経済活動に悪影響を及ぼす可能性があります。
一方で、金利上昇は円資産の魅力を高め、円高要因にもなり得ます。財政リスクと金利上昇のどちらが為替市場でより強く意識されるかが、今後の円相場の方向性を決定するでしょう。
まとめ
2026年1月の円急落は、高市政権の積極財政路線と衆院解散報道が引き金となり、財政リスクへの懸念が一気に噴出した結果です。為替市場では円売りが進む一方、株式市場では財政出動期待から日経平均先物が急騰するという、相反する反応が同時に起きています。
今後の焦点は、実際に解散総選挙が実施されるのか、その結果として高市政権の基盤が強化されるのか、そして日銀がどこまで積極的に金融引き締めを進められるかです。財政規律と経済成長の両立という難題に、日本がどう向き合うかが問われています。
投資家や企業経営者は、為替変動リスクに備えたヘッジ戦略の見直しが必要です。また、長期金利の動向や日銀の政策判断を注視しながら、冷静に市場環境の変化を読み取ることが求められます。
参考資料:
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