中国ANTAがプーマ筆頭株主に。スポーツ業界の勢力図が変わる
はじめに
中国のスポーツ用品大手、安踏体育用品(ANTA Sports)がドイツの名門ブランド、プーマ(PUMA)の筆頭株主となりました。2026年1月27日、ANTAはプーマ株式の約29%を15億ユーロ(約2750億円)で取得することで合意したと発表しました。
この取引は、世界のスポーツ用品業界の勢力図を塗り替える可能性を秘めています。ナイキとアディダスの2強体制が続く中、中国発のANTAがどのような戦略で世界市場に挑むのか。本記事では、取引の背景と業界への影響を解説します。
取引の詳細と背景
15億ユーロの大型投資
ANTAは、プーマの発行済株式のうち約29.06%にあたる4301万4760株を、フランスの投資会社アルテミス(Artémis)から取得します。アルテミスは、高級ブランドのグッチやサンローランを擁するケリング(Kering)グループを率いるフランソワ・アンリ・ピノー会長の一族が所有する投資会社です。
1株あたりの取得価格は35ユーロで、直近の終値に対して約62%のプレミアムが上乗せされています。取引は2026年末までの完了を予定しており、各国規制当局の承認を経て実行されます。資金は全額、ANTAの内部現金で賄われる見込みです。
なぜピノー家は売却したのか
ピノー家がプーマ株を手放す背景には、本業の高級品事業への集中があります。ケリンググループの主力ブランドであるグッチは近年、業績が低迷しており、経営資源を高級品事業の立て直しに集中する必要があります。
プーマは2007年にケリング傘下に入りましたが、高級ファッション路線との相乗効果は限定的でした。ピノー家にとっては、高値で売却できるタイミングでの投資回収という判断だったと考えられます。
ANTAの戦略的意図
ANTA側は今回の投資について、「単一分野への集中」「多ブランド展開」「グローバル化」という自社戦略の一環と位置づけています。ただし、現時点ではプーマの経営への積極的な関与や完全買収は予定していないと明言しています。
丁世忠会長は「アンタグループのグローバル化をさらに推進し、中国を含む世界のスポーツ産業の繁栄を促進する」とコメントしました。戦略的投資として、プーマのブランド力やノウハウを取り込みながら、将来的な協業の可能性を探る姿勢です。
ANTAとは何者か
中国発の世界第3位メーカー
安踏体育用品有限公司(ANTA Sports Products Limited)は、1994年に福建省晋江市で設立された中国のスポーツ用品メーカーです。2007年に香港証券取引所に上場し、現在は時価総額で中国最大のスポーツ用品企業となっています。
2024年の連結売上高は約1085億人民元に達し、ナイキ、アディダスに次ぐ世界第3位の規模に躍進しました。中国国内市場では、ナイキの22.6%に迫る20.4%のシェアを獲得しています。
買収で築いたブランドポートフォリオ
ANTAの成長を支えているのが、積極的なM&A戦略です。2016年以降、以下のような有力ブランドを次々と傘下に収めてきました。
2009年には、イタリアのスポーツブランド「フィラ(FILA)」の中国事業権を取得しました。これがANTAのマルチブランド戦略の出発点となりました。フィラブランドは現在、ANTA本体と並ぶ収益の柱に成長しています。
2019年には、フィンランドのアメアスポーツ(Amer Sports)を46億ユーロ(約6490億円)で買収しました。これは中国アパレル業界史上最大の海外企業買収となりました。アメアスポーツは「アークテリクス(ARC’TERYX)」「サロモン(SALOMON)」「ウィルソン(Wilson)」などの高級アウトドア・スポーツブランドを擁しています。
2025年4月には、ドイツのアウトドアブランド「ジャック・ウルフスキン(Jack Wolfskin)」を約420億円で買収することを発表しました。
グローバル化への本格始動
ANTAは2023年1月、上場以来最大の組織再編を実施し、東南アジア国際事業部を設立するなど海外展開を本格化しています。これまで中国国内市場で築いた強固な基盤を活かしつつ、海外市場でのプレゼンス拡大を急いでいます。
プーマが直面する課題
業績悪化と株価急落
一方のプーマは、深刻な業績悪化に直面しています。2025年第1四半期は売上高が前年同期比1.3%減、営業利益が63.7%減と大幅な減益となりました。上半期時点で2億4660万ユーロの純損失を計上しています。
2025年12月期通期では、従来予想していた4億〜5億ユーロ超の黒字から一転、赤字転落の見通しを発表しました。米国関税の影響で8000万ユーロの損失が見込まれています。
株価は年初来で50%以上も下落し、2018年以来の最低水準を記録しました。下方修正発表時には一時19%安となるなど、市場の信頼が大きく揺らいでいます。
競合との差が開く
プーマの苦戦の背景には、時代のトレンドを捉えたヒット商品を打ち出せていないことがあります。競合のアディダスは「サンバ」や「ガゼル」といったレトロスニーカーの復刻で大きな成功を収めている一方、プーマは消費者の心を掴む商品開発に苦戦しています。
また、オン(On)やホカ(HOKA)といった新興ブランドが急成長し、市場シェアを奪われている状況です。従来のナイキ・アディダス・プーマという三強体制は、崩れつつあります。
リストラと経営刷新
プーマは2026年末までに900人の追加人員削減を発表し、2025年に発表された500人と合わせて1400人規模のリストラを進めています。
2025年7月には、アディダス出身のアーサー・ホールド氏がCEOに就任し、ブランド再構築に取り組んでいます。ただし、新CEOは「2027年まで成長軌道には戻らない」と慎重な見通しを示しており、回復には時間がかかりそうです。
業界への影響と今後の展望
スポーツ用品業界の新たな競争軸
今回のANTAによるプーマへの大規模投資は、世界のスポーツ用品業界に新たな競争軸をもたらします。
ナイキの2022-23年度売上高は515億ドル以上で、2位アディダスの2倍以上の規模があります。この2強体制は揺るぎないものですが、その下の第3グループでは勢力図が大きく変わりつつあります。ANTAは売上高でプーマを上回り世界第3位に躍進しており、今回の投資でさらにプレゼンスを高める可能性があります。
中国企業のグローバル化戦略
ANTAの動きは、中国企業のグローバル化戦略の一つの形を示しています。自社ブランドの海外展開には時間がかかりますが、既存の有力ブランドへの出資・買収を通じて、短期間でグローバルなプレゼンスを確立できます。
プーマのノウハウや販売網を活用しながら、ANTA本体やアメアスポーツ傘下ブランドの海外展開を加速する可能性があります。
プーマ復活のシナリオ
プーマにとっては、財務的に安定した筆頭株主を得たことで、ターンアラウンドに専念しやすくなる面があります。ANTAはスポーツ用品事業に精通しており、純粋な投資ファンドよりも事業面でのシナジーが期待できます。
ただし、経営への過度な介入があれば、ドイツの伝統ブランドとしてのアイデンティティが損なわれるリスクもあります。ANTAが「物言わぬ筆頭株主」にとどまるのか、将来的に経営に関与していくのかは、今後の注目点です。
まとめ
ANTAによるプーマ株式29%の取得は、世界のスポーツ用品業界における勢力図の変化を象徴する出来事です。中国発のスポーツ用品メーカーが、欧州の名門ブランドの筆頭株主となったことは、業界のグローバル化が新たな段階に入ったことを示しています。
プーマの業績回復とANTAのグローバル化戦略がどのように進むのか。両社の今後の動向は、スポーツ用品業界全体の行方を占う上で重要な指標となるでしょう。
参考資料:
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