裁量労働制の対象拡大へ、高市首相が施政方針で意欲表明
はじめに
高市早苗首相は2026年2月20日、衆参両院の本会議で行った初の施政方針演説において、裁量労働制の見直しに言及しました。「裁量労働制の見直し、副業・兼業にあたっての健康確保措置の導入、テレワークなどの柔軟な働き方の拡大に向けた検討を進める」と表明し、経済界が求める手続きの緩和や対象業務の拡大に踏み込む姿勢を示しています。
しかし、労働組合を中心に「長時間労働を助長する」という批判は根強く、2018年に安倍政権が断念した経緯もある難題です。この記事では、裁量労働制の仕組みから今回の見直しの背景、そして賛否両論の論点を整理して解説します。
裁量労働制とは何か
制度の基本的な仕組み
裁量労働制は、労働基準法に定められた「みなし労働時間制」の一つです。実際に働いた時間にかかわらず、あらかじめ労使間で定めた時間を労働時間とみなして賃金を算定する制度です。たとえば「みなし労働時間」を8時間と設定した場合、実際に6時間しか働かなくても、逆に10時間働いても、8時間働いたものとして扱われます。
業務の進め方や時間配分を労働者自身の裁量に委ねることで、成果重視の働き方を実現するのが制度の目的です。研究者やデザイナーなど、時間で成果を測りにくい職種に適した制度とされています。
2つの類型と対象業務
裁量労働制には「専門業務型」と「企画業務型」の2つの類型があります。
専門業務型は、業務の性質上、遂行の手段や時間配分を労働者の裁量に委ねる必要がある専門的な業務が対象です。研究開発、情報処理システムの分析・設計、新聞記事の取材・編集、デザイナー、プロデューサー、弁護士、公認会計士など、現在20種類の業務が指定されています。
企画業務型は、事業の運営に関する企画・立案・調査・分析の業務で、本社など事業運営の中枢部門で企画立案業務に従事する労働者が対象です。導入には労使委員会の設置と5分の4以上の決議が必要で、専門業務型よりも厳しい手続きが求められます。
2024年の制度改正
2024年4月には裁量労働制の改正が施行されました。主な変更点として、専門業務型でも労働者本人の同意が必須となり、同意しなかった場合に不利益な取り扱いをしてはならないことが明確化されました。また、同意の撤回手続きの整備や、健康・福祉確保措置の拡充も義務付けられています。
なぜ今、対象拡大が議論されるのか
経済界からの強い要望
日本経済団体連合会(経団連)をはじめとする経済界は、裁量労働制の対象業務拡大と手続きの簡素化を繰り返し求めてきました。その背景には、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展により、従来の労働時間管理では対応しきれない業務が増えているという認識があります。
特にIT業界やコンサルティング業界では、プロジェクト単位での成果が求められる働き方が一般的です。時間ではなく成果で評価する制度への移行を、企業の競争力強化につなげたいという意図があります。
高市政権の成長戦略との連動
高市首相は就任時から「労働時間規制の緩和検討」を指示しており、今回の施政方針演説はその具体策に踏み込んだ形です。政府は2026年夏に向けて成長戦略会議で議論を進める方針とみられ、裁量労働制の見直しはその柱の一つに位置づけられています。
副業・兼業の健康確保措置やテレワークの拡大と併せて、多様な働き方を推進するパッケージとして打ち出す狙いがあります。
「定額働かせ放題」批判の根拠
データが示す長時間労働の実態
裁量労働制に対する最大の批判は、「定額働かせ放題」になりかねないという懸念です。この批判には統計的な裏付けがあります。
2019年の厚生労働省の資料によると、週の労働時間が60時間を超える労働者の割合は、裁量労働制の適用労働者で9.3%、非適用労働者で5.4%でした。裁量労働制の適用者のほうが1.7倍も長時間労働の割合が高いという結果です。
「みなし労働時間」を超えて働いても追加の賃金が発生しないため、過大なノルマを課して長時間労働を強いる使用者が後を絶たないのが実態です。制度の趣旨に反する運用が横行しているという指摘は、労働組合だけでなく労働法の専門家からも繰り返しなされています。
2018年の挫折と教訓
裁量労働制の対象拡大は、実は今回が初めての試みではありません。2018年、安倍政権は働き方改革関連法案に裁量労働制の拡大を盛り込んでいました。しかし、国会審議の過程で厚生労働省が提出した労働時間データに不備が発覚。裁量労働制の適用者のほうが一般労働者より労働時間が短いとするデータが誤りだったことが明らかになり、裁量労働制の拡大条項は法案から削除されました。
このデータ問題は、制度拡大の根拠そのものが揺らいだことを意味します。高市政権が再び拡大に取り組むにあたっては、正確なデータに基づく議論が不可欠です。
注意点・今後の展望
検討されている方向性
報道によれば、政府は「過半数労働組合がある企業」に限定した上で対象業務の範囲を広げる検討に入ったとされています。労働組合のチェック機能を前提条件とすることで、長時間労働の歯止めを確保しつつ制度を拡充する狙いがあるとみられます。
ただし、2026年2月時点で法改正案の国会提出は見送られており、2026年夏に向けた成長戦略会議での議論を経て具体化される見通しです。
議論のポイント
今後の議論で焦点となるのは、以下の3点です。第一に、対象業務をどこまで広げるか。第二に、長時間労働を防ぐための実効的な健康確保措置をどう設計するか。第三に、労働者の「真の同意」をどう担保するかです。
特に3点目は重要です。雇用関係において使用者と労働者は対等ではないため、形式的な同意だけでは労働者保護として不十分です。同意の撤回を容易にする仕組みや、撤回による不利益取り扱いの禁止を厳格に運用する必要があります。
まとめ
高市首相が施政方針演説で裁量労働制の見直しに言及したことで、2018年に頓挫した制度拡大が再び動き出す可能性が高まっています。経済界が求める柔軟な働き方の推進と、労働者の健康保護のバランスをどう取るかが最大の課題です。
働き方が多様化する中で、時間に縛られない働き方へのニーズがあることは事実です。一方で、制度の趣旨に反する「定額働かせ放題」を防ぐ仕組みなくして拡大に踏み切れば、労働者の健康被害を招きかねません。2026年夏以降の成長戦略会議での議論と、労使双方が納得できる制度設計に注目していく必要があります。
参考資料:
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