働き方改革の新局面、労働時間基準から成果基準へ転換か
はじめに
高市早苗首相が2026年2月20日の施政方針演説で裁量労働制の見直しを表明し、働き方改革をめぐる議論が新たな局面を迎えています。就任以来「働いて、働いて」と発言し注目を集めてきた高市首相の方針に対し、連合の芳野友子会長は「改革に逆行」と強く反発しています。
一方、日本貿易会の安永竜夫会長(三井物産会長)は「時間基準の働き方改革の議論はもうやめよう」と訴え、労働時間ではなく成果を基準とした新しい働き方のあり方を提唱しています。この記事では、働き方改革をめぐる対立の構図と論点を整理します。
裁量労働制の見直しとは何か
裁量労働制の基本的な仕組み
裁量労働制とは、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ企業と労働者の間で取り決めた時間を働いたものとみなす制度です。仕事の進め方や時間配分を労働者自身が決められるため、効率的な働き方が可能になるとされています。
現在、裁量労働制には「専門業務型」と「企画業務型」の2種類があります。専門業務型は研究開発、情報システム設計、取材・編集など20業務が対象で、2024年4月にM&Aアドバイザリー業務が追加されました。企画業務型は事業運営に関する企画・立案・調査・分析の業務が対象です。
高市首相が目指す方向性
高市首相は施政方針演説で、裁量労働制の見直しを検討すると表明しました。就任時から指示していた「労働時間規制の緩和検討」から具体策に踏み込む形で、裁量労働制の対象拡充を念頭に置いているとみられています。
背景には、「企業側が残業を過度に抑制している」という高市首相の問題意識があります。2019年に施行された働き方改革関連法では時間外労働の上限規制が導入されましたが、これが企業の生産性向上や労働者の収入増加を妨げているとの指摘です。
経済界が求める「時間から成果へ」の転換
安永竜夫会長の主張
日本貿易会の安永竜夫会長は、外国人材の活用も視野に入れながら「時間基準の働き方改革の議論はもうやめよう」と訴えています。グローバルに事業を展開する商社では、各国の時差に合わせた柔軟な働き方が求められる場面が多く、時間管理型の規制が実態に合わないとの問題提起です。
安永会長はまた、「一斉に休まず自分で休める働き方に」という方針も示しています。全員が同じ時間に出勤し、同じ時間に退社するという従来型の働き方から、個々人が自律的に労働時間を管理する体制への移行を提唱しています。
国際競争力の観点
経済界が時間基準からの脱却を求める背景には、国際競争力への危機感があります。デジタル化やグローバル化の進展により、従来の「長時間働いた人が評価される」仕組みから、「短時間でも成果を出した人が評価される」仕組みへの転換が世界的な潮流です。
特にIT企業やスタートアップでは、リモートワークやフレックスタイムを前提とした働き方が標準になっており、時間管理型の労働法制が優秀な人材の確保を困難にしているとの声も上がっています。
労働側が懸念する「過労リスク」
連合の反対姿勢
連合の芳野友子会長は、裁量労働制の拡充について「命と健康に悪影響を及ぼすリスクがあり、断固反対だ」と強調しています。裁量労働制のもとでは、実際の労働時間が「みなし時間」を超えても追加の残業代が発生しない構造になっているため、長時間労働が常態化するリスクがあるとの主張です。
実際に、裁量労働制が適用されている労働者の中には、制度の趣旨とは異なり、長時間労働を強いられながら残業代が支払われないケースも報告されています。「裁量」とは名ばかりで、実態は使用者側が業務量を一方的に決定しているとの批判もあります。
労働基準法改正の行方
2026年には労働基準法の大規模改正が予定されていましたが、政府の方針転換により、当初予定されていた改正案の通常国会への提出は見送られる見通しとなっています。検討されていた主な項目には、連続勤務日数の上限を14日未満に制限する規制、11時間の勤務間インターバル制度の義務化、テレワーク時の労働時間管理の見直しなどが含まれていました。
裁量労働制の見直しが先行する形になれば、健康確保措置の整備が不十分なまま規制緩和が進む懸念もあります。
注意点・展望
「第三の道」を探る動き
時間規制の強化か緩和かという二項対立ではなく、労働時間の柔軟性を確保しながら健康保護も実現する「第三の道」を模索する動きもあります。勤務間インターバル制度の義務化や、裁量労働制適用者へのメンタルヘルス対策の強化を条件として、対象業務を拡大するというアプローチです。
東洋経済オンラインの分析では、労働時間規制の緩和には「日本特有のハードル」があると指摘されています。年功序列型の賃金体系や、上司が帰るまで退社しにくい職場文化など、制度変更だけでは解消できない慣行の問題です。
今後の論点
裁量労働制の見直しをめぐっては、対象業務の範囲、健康確保措置の具体的内容、中小企業への影響、外国人労働者への適用など、多くの論点が残されています。労使双方の利益を両立させる制度設計が求められます。
まとめ
働き方改革は「労働時間の短縮」という第一段階から、「労働の質と成果をどう評価するか」という新たな段階に移行しつつあります。高市首相の裁量労働制見直し表明は、この転換を加速させる可能性があります。
ただし、時間規制の緩和が労働者の過労や健康被害につながらないよう、適切なセーフティネットの整備が不可欠です。「時間で語るな」という経済界の主張と、「健康と命を守れ」という労働側の主張は、どちらも正当な論点です。両者のバランスをどう取るかが、今後の働き方改革の最大の課題となります。
参考資料:
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