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by nicoxz

働き方改革は「時間」から「成果」へ転換するのか

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はじめに

2026年2月20日、高市早苗首相は就任後初の施政方針演説で、裁量労働制の見直しに言及しました。これは2025年10月の就任直後に厚生労働相へ指示した「労働時間規制の緩和検討」を具体化する動きです。

一方、日本貿易会の安永竜夫会長(三井物産会長)は「時間基準の働き方改革の議論はもうやめよう」と訴え、労働の質や成果に軸足を移すべきだとの立場を示しています。「働いて、働いて、働いて」の流行語大賞受賞で注目を集めた高市首相の労働観と、経済界の要望、そして労働者保護の観点がぶつかり合う中、日本の働き方はどこへ向かうのでしょうか。本記事では、裁量労働制見直しの背景と論点を多角的に整理します。

高市政権が推進する裁量労働制の見直し

施政方針演説での表明内容

高市首相は2026年2月20日の第221回国会における施政方針演説で、働き方改革の総点検において聞いた働く方々の声を踏まえ、裁量労働制の見直し、副業・兼業における健康確保措置の導入、テレワークなど柔軟な働き方の拡大に向けた検討を進めると表明しました。「とにかく成長のスイッチを押して、押して、押して、押しまくってまいります」という言葉に象徴されるように、経済成長を最優先に据える姿勢が鮮明です。

この発言の背景には、2025年10月の首相就任直後に厚生労働大臣に対して出された「労働時間規制の緩和検討」の指示があります。しかし当初、厚生労働省は労働基準法の改正案を2026年通常国会へ提出する準備を進めていましたが、高市首相が立ち上げた日本成長戦略会議での議論を待つ形で、法案提出は見送られました。裁量労働制の見直しが、成長戦略の一環として位置づけられていることがうかがえます。

裁量労働制の現状と拡充の方向性

裁量労働制とは、実際に働いた時間ではなく、労使で事前に定めた「みなし労働時間」に基づいて賃金を支払う制度です。現行制度には、研究開発やデザイナーなど特定の専門職を対象とした「専門業務型」(20業種)と、経営の中枢を担う企画立案業務を対象とした「企画業務型」の2種類があります。

しかし、実際の適用率は極めて低い状況です。厚生労働省の「就労条件総合調査」によると、専門業務型を導入している企業の割合は2.2%、企画業務型は1.0%にとどまります。労働者ベースでは専門業務型が1.4%、企画業務型が0.2%と、全体の2%未満です。

経団連をはじめとする経済界は、この適用対象をより幅広いホワイトカラー職種へ拡充することを長年求めてきました。具体的には、労使合意で対象業務の範囲を柔軟に決められる仕組みの導入が要望されています。政府案としては、「過半数労働組合がある企業」に限定した上で、対象業務の範囲を広げる検討が進められており、労働者側への配慮と経済界の要望の折衷を図る形になっています。

「時間で語るな」安永会長の提言と経済界の論理

日本貿易会・安永竜夫会長の主張

日本貿易会の安永竜夫会長は、三井物産の会長としてグローバルビジネスの最前線に立ってきた経験から、「時間基準の働き方改革の議論はもうやめよう」と明確に訴えています。安永氏の主張の核心は、労働の価値を「何時間働いたか」ではなく「何を生み出したか」で測るべきだという点にあります。

三井物産は2024年7月から、転勤を含めた働き方を社員が定期的に選択できる人事制度を導入しています。また、グローバルな人材配置を推進するGlobal Mobility Programの運用や、採用地や属性を問わない適材適所を実現するデータプラットフォーム「Bloom」の導入など、従来の日本型雇用慣行にとらわれない取り組みを進めてきました。こうした実践が、「時間ではなく成果で評価する」という安永氏の提言の裏付けとなっています。

経済界が求める規制緩和の背景

経済界が労働時間規制の緩和を求める背景には、いくつかの構造的な要因があります。第一に、グローバル競争の激化です。時差のある海外拠点とのやり取りが日常化する中、画一的な労働時間管理は業務の実態に合わないとの声が根強くあります。

第二に、知識労働の性質の変化です。クリエイティブな仕事やイノベーション創出において、労働時間の長短が必ずしも成果に直結しないという認識が広がっています。短時間で高い成果を出す働き手と、長時間かけても成果が出にくい働き手を同じ時間軸で管理することへの疑問です。

第三に、2024年1月に公表された経団連の「2026年版経営労働政策特別委員会報告」でも、労使で適用範囲を自由に決められる仕組みの導入が提言されており、これは経済界の長年の悲願ともいえる要望です。

労働者保護の視点と反対論

連合・労働弁護団の強い反発

こうした動きに対し、労働者側は強く反発しています。連合の芳野友子会長は、2026年2月19日に「厳格かつ適正な運用が確保されなければ、長時間労働につながりかねない。反対だ」と明確に表明しました。さらに、2025年10月の政労使会議では「これまでの長時間労働是正の取り組みに逆行するもので、看過できない」と高市首相に直接訴えています。

日本労働弁護団も「労働時間規制の緩和・裁量労働制の適用拡大に反対する声明」を発表し、制度拡大の危険性を指摘しています。現行の時間外労働の上限規制(月100時間未満)ですら「過労死ラインの水準」であるにもかかわらず、さらなる緩和は労働者の生命と健康を脅かすとの立場です。

データが示す裁量労働制の実態

反対論の根拠として、厚生労働省の裁量労働制実態調査のデータが重要です。同調査によると、裁量労働制が適用されている労働者の労働時間は、非適用者より1日平均で21分長いことが判明しています。

さらに深刻なのは、過労死ラインとされる週60時間以上働く裁量労働制の労働者が8.4%に達し、非適用者の4.6%と比べて約1.8倍という数字です。午後10時から午前5時の深夜帯に仕事をすることが「よくある」「ときどきある」と回答した割合は計34.3%で、非適用者の17.8%の約2倍に上ります。自宅への持ち帰り残業も39.1%と、非適用者の18.2%の2.1倍です。

2025年の流行語大賞で高市首相の「働いて、働いて」が選ばれた際、過労死遺族団体が抗議の声を上げたことも記憶に新しい出来事です。「過労死等防止対策推進法の制定時、全会一致で二度と過労死を出さないと決めたはずだ」という遺族の声は、この問題の重みを物語っています。

注意点・今後の展望

今後の焦点は、裁量労働制の見直しがどのような形で制度化されるかです。2018年の第二次安倍政権下でも裁量労働制の拡大が試みられましたが、厚生労働省の統計データ不正問題が発覚し、法案から削除された経緯があります。今回も同様の反発が予想されるため、政府は慎重な対応を迫られるでしょう。

注意すべきは、「時間で語るな」という提言と「労働者保護の緩和」は本来別の議論であるという点です。成果主義への移行を掲げつつ、実態としては残業代の抑制や労働時間管理の放棄につながるリスクがあります。裁量労働制の拡大が「定額働かせ放題」と揶揄される所以です。

現在、労働基準法改正案の2026年通常国会への提出は見送られており、日本成長戦略会議での議論を経て具体的な制度設計が進む見通しです。労使の溝は深く、合意形成には相当の時間がかかると見られています。勤務間インターバル制度の義務化(原則11時間)や連続勤務14日以上の禁止など、労働者保護の強化策とセットで議論されることが、バランスの取れた改革への鍵となるでしょう。

まとめ

高市首相の施政方針演説を契機に、裁量労働制の見直しが働き方改革の最大の焦点となっています。安永竜夫・日本貿易会会長が訴える「時間から成果へ」の転換には一定の合理性がある一方、データが示す裁量労働制下での長時間労働の実態は見過ごせません。

重要なのは、「成果で評価する」仕組みと「労働者の健康を守る」仕組みを両立させることです。どちらか一方だけでは、持続可能な働き方は実現できません。今後の政策議論を注視するとともに、企業・労働者の双方が自らの働き方について主体的に考える契機としたいところです。

参考資料:

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