ハザードマップが3D化で進化、災害リスクを体感で理解する時代へ
はじめに
日本全国で災害の危険度を示す「ハザードマップ」の作成が進み、自治体による公表数は計7344件に達しました。従来の紙や2次元のウェブマップから大きく進化し、3D(3次元)技術やVR(仮想現実)を活用した直感的な災害リスクの可視化が進んでいます。山口県宇部市はマップを3D化して教育現場で浸透させ、愛知県では多言語対応が進み、兵庫県はマップの基となる浸水想定区域の防災工事を進めて災害リスクそのものの軽減に取り組んでいます。この記事では、ハザードマップの最新動向と、技術革新による防災意識向上の取り組みについて詳しく解説します。
ハザードマップとは何か
基本的な役割と種類
ハザードマップは、災害発生時に危険性が高い場所や避難場所、避難経路などを示した地図です。住民が事前に災害リスクを把握し、適切な避難行動を取るための重要な情報源となっています。
主なハザードマップの種類は以下の通りです。
洪水ハザードマップは、河川が氾濫した際の浸水想定区域や浸水深を示します。想定最大規模降雨と計画降雨の2つのシナリオで作成されることが一般的です。
内水ハザードマップは、下水道や排水路の処理能力を超えた雨水により発生する浸水リスクを示します。都市部で特に重要性が高まっています。
土砂災害ハザードマップは、土石流、地すべり、がけ崩れなどの危険箇所を示します。急傾斜地や山間部での活用が期待されます。
津波・高潮ハザードマップは、津波や高潮による浸水想定区域を示します。沿岸部の自治体で作成されています。
地震ハザードマップは、地震による揺れの強さや液状化の危険性、建物倒壊リスクなどを示します。
公表状況の推移
国土地理院のハザードマップポータルサイトや各自治体のウェブサイトで、これらのハザードマップが公開されています。公表数は計7344件に達し、全国の自治体で整備が進んでいます。
この増加の背景には、近年の豪雨災害の頻発があります。2018年の西日本豪雨、2019年の台風19号、2020年の熊本豪雨など、毎年のように大規模な水害が発生し、事前の防災対策の重要性が再認識されました。
また、法制度の整備も公表数増加を後押ししています。水防法の改正により、想定最大規模降雨に基づく洪水浸水想定区域図の作成が義務付けられ、各自治体がハザードマップを更新・公表する必要が生じました。
3D・VR技術によるハザードマップの進化
山口県宇部市の3D化事例
山口県宇部市は、ハザードマップを3D化して教育現場で浸透させる取り組みを進めています。従来の紙や2次元のウェブマップでは、浸水深が数値や色分けで示されるものの、住民が実感として危機感を持ちにくいという課題がありました。
宇部市では、3D都市モデルデータを活用し、見慣れた建物の高さを使って浸水深を視覚的に表現することで、災害リスクを直感的に理解できるようにしています。例えば、「この交差点は2階建ての建物が浸水する高さまで水が来る」といった形で表現されるため、住民は自分の生活空間と結びつけて災害を想定できます。
この3Dハザードマップは、学校教育での活用も進んでいます。児童・生徒が自分の学校や自宅周辺の災害リスクを3Dで確認することで、避難経路の検討や家族との話し合いのきっかけとなっています。
3Dハザードマップの技術的特徴
3Dハザードマップサービスは、複数の企業や自治体が開発・提供しています。
フォーラムエイトが提供する「3DVR浸水ハザードマップサービス」では、災害シミュレーションや避難経路の確認を3次元で行えます。避難誘導や災害教育、避難訓練に活用でき、従来の平面マップでは難しかった立体的な理解を可能にしています。
国土地理院は「重ねるハザードマップ3D」を公開し、洪水、土砂災害、津波・高潮の3種類の災害について、自動的に最適なカメラ位置や必要な情報表示に切り替わる機能を提供しています。音声ガイダンス付きの体験モードも備えており、災害時の状況をよりリアルに把握できます。
岐阜市は3D洪水ハザードマップを無償公開し、学校での教材としての活用を検討しています。子どもたちが楽しみながら防災意識を高められる点が評価されています。
大阪府吹田市は「リアルハザードビューア」という3Dハザードマップを提供し、PLATEAU(国土交通省が整備する3D都市モデル)を活用して、よりリアルな災害シミュレーションを実現しています。
VR・ARによる災害体験
VR(仮想現実)技術を活用した災害体験サービスも普及しています。「VRscope for ハザード」は、自治体の洪水ハザードマップと連動したVR映像で、自分の地域が浸水した状況を仮想体験できます。水が膝まで来た状態、胸まで来た状態など、段階的な浸水を体験することで、避難のタイミングの重要性を理解できます。
AR(拡張現実)技術では、スマートフォンのカメラを通して現実の風景に災害情報を重ねて表示します。GPSと連動し、現在地のハザード情報を即座に表示できるため、紙のマップより格段に使いやすくなっています。
また、地震による建物倒壊状況や避難困難な場所など、複数のハザード情報を1つのアプリで確認できる点も、従来の紙マップ(1枚につき1種類のハザード情報のみ)に対する大きなアドバンテージです。
熊本県は「3D防災マップ・ポータルサイト」を公開し、デジタルツイン技術を活用して、災害対応の進化を図っています。県内各地の災害リスクを3Dで可視化し、住民の防災意識向上と自治体の災害対応力強化を目指しています。
多言語対応の進展:愛知県の取り組み
外国人住民への配慮
愛知県では、ハザードマップの多言語対応が進んでいます。日本に住む外国人は約300万人を超え、災害時の情報提供における言語バリアの解消が重要な課題となっています。
愛知県内の複数の自治体が、外国人住民の多い言語に対応したハザードマップを作成しています。
西尾市は、津波ハザードマップを「やさしい日本語」「英語」「ポルトガル語」「ベトナム語」「タガログ語」の5言語で提供しています。洪水、内水、土砂災害、高潮のハザードマップも同様に多言語版を用意しています。
蒲郡市は、英語、中国語、ポルトガル語、スペイン語、タガログ語に対応したハザードマップを提供しています。
半田市は、水害ハザードマップをポルトガル語、ベトナム語、中国語、英語で提供しています。
碧南市は、洪水・高潮ハザードマップを「やさしい日本語」で作成し、簡易版の防災ハンドブックも提供しています。
やさしい日本語の活用
特に注目されるのが「やさしい日本語」の活用です。やさしい日本語は、複雑な漢字や専門用語を避け、短い文章で構成された日本語で、日本語学習者にも理解しやすい表現です。
すべての言語に翻訳するのは困難ですが、やさしい日本語であれば、基礎的な日本語能力がある外国人であれば理解できます。また、高齢者や障がい者にとっても分かりやすい情報提供手段となります。
災害時には迅速な情報伝達が求められるため、母国語版が用意されていない言語圏の住民でも理解できる「やさしい日本語」の重要性が高まっています。
多言語コールセンターとの連携
愛知県は「愛知県多言語コールセンター」を運営しており、災害時の多言語対応を強化しています。ハザードマップの多言語化と合わせて、電話での情報提供体制も整えることで、外国人住民の安全確保を図っています。
兵庫県の防災工事連動型アプローチ
ハザードマップと防災工事の一体運用
兵庫県では、ハザードマップの作成だけでなく、マップの基となる浸水想定区域の防災工事を進め、災害リスクそのものの軽減に取り組んでいます。
兵庫県は、県が管理するすべての河川343河川について、想定最大規模降雨と計画降雨レベルの両方で洪水浸水想定区域図を作成し、「兵庫県CGハザードマップ」で公開しています。このマップでは、浸水深、浸水継続時間、家屋倒壊等氾濫想定区域などの詳細な情報が提供されています。
CGハザードマップの特徴
兵庫県CGハザードマップは、洪水、土砂災害、津波、高潮、ため池災害の情報を一元的に提供するプラットフォームです。
住所入力や現在地検索により、その地点の自然災害の危険性が自動的に文書で表示されます。地図上をクリックするだけで、複数の災害リスクを同時に確認できる点が特徴です。
また、避難所情報や防災施設の位置も表示されるため、避難計画の立案にも活用できます。
防災工事との連動
ハザードマップで示された浸水想定区域に対して、河川改修工事や遊水地の整備、排水ポンプの増強などの防災工事を進めることで、浸水リスクを実際に低減させています。
工事の進捗に応じてハザードマップも更新され、住民は最新の災害リスク情報を常に把握できます。この「マップの公表→防災工事の実施→マップの更新」というサイクルにより、継続的な安全性向上が図られています。
姫路市など県内の主要都市でも、県のデータを基に独自のハザードマップを作成し、地域の実情に合わせた避難計画を策定しています。
ハザードマップの課題と今後の展望
認知度と活用率の向上
ハザードマップの整備は進んでいますが、住民の認知度や活用率には課題が残ります。内閣府の調査によると、ハザードマップの存在を知っている人の割合は高いものの、実際に内容を確認している人は限定的です。
3D・VR技術の活用は、この課題の解決策として期待されています。従来の紙のマップでは「見ても実感が湧かない」という声が多かったのに対し、3DやVRでは視覚的・体感的に理解できるため、防災意識の向上につながります。
学校教育での活用拡大
山口県宇部市や岐阜市の事例のように、学校教育での活用が効果的です。子どもの頃から災害リスクを理解し、避難行動を身につけることは、長期的な防災力向上につながります。
また、子どもが学んだ内容を家庭で共有することで、家族全体の防災意識が高まる効果もあります。親子で3Dハザードマップを見ながら避難経路を確認するといった取り組みが広がっています。
リアルタイム情報との統合
今後の課題として、ハザードマップとリアルタイムの気象・河川情報の統合が挙げられます。事前のリスク情報(ハザードマップ)と、災害発生時のリアルタイム情報(雨量、水位など)を統合的に提供することで、より適切な避難判断が可能になります。
国土地理院の「重ねるハザードマップ」では、既にリアルタイムの危険度分布情報と統合されていますが、さらなる機能拡充が期待されています。
高齢者・障がい者への配慮
デジタル化が進む一方で、スマートフォンやパソコンを使いこなせない高齢者への配慮も重要です。紙のマップと デジタルマップの両方を提供し、誰もがアクセスできる情報提供体制が求められます。
また、視覚障がい者向けの音声読み上げ機能や、聴覚障がい者向けの視覚的な警報システムなど、多様なニーズに対応した設計が必要です。
民間企業との連携
不動産業界では、物件情報にハザードマップ情報を掲載する動きが広がっています。住宅購入や賃貸契約の際に、災害リスクを事前に把握できることで、居住地選択に活用されています。
また、保険会社は水災保険の料率設定にハザードマップ情報を活用するなど、ビジネス面でも活用が進んでいます。
まとめ
全国7344件に達したハザードマップは、3D・VR技術、多言語対応、防災工事との連動など、多様な進化を遂げています。山口県宇部市の3D化、愛知県の多言語対応、兵庫県の防災工事連動型アプローチは、それぞれ異なる課題に対する先進的な取り組みです。
従来の紙や2次元マップでは「見ても実感が湧かない」という課題がありましたが、3D・VR技術により、災害リスクを体感的に理解できるようになりました。外国人住民や高齢者など、多様な住民に配慮した情報提供も進んでいます。
災害が頻発する日本において、ハザードマップは命を守るための重要なツールです。住民一人ひとりが自分の地域のハザードマップを確認し、家族で避難計画を話し合うことが、災害に強い社会の実現につながります。自治体の取り組みを待つだけでなく、積極的に情報を取得し、防災対策を講じることが求められています。
参考資料:
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