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by nicoxz

IEEPA関税の違憲判決後に企業が取るべき還付請求戦略

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はじめに

2026年2月20日、米連邦最高裁判所は歴史的な判決を下しました。トランプ大統領が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づいて発動した広範な関税措置について、大統領にはそのような権限がないと6対3で判断したのです。この判決により、対象となるIEEPA関税は2月24日をもって徴収が停止されました。

しかし、最高裁は既に徴収された約1750億ドル(約26兆円)の関税をどう扱うかについては明確な判断を示しませんでした。還付が実現するかどうかは今後の行政手続きと司法判断に委ねられています。こうした不透明な状況の中、企業は自社の権利を守るために、税関への異議申し立て(プロテスト)と裁判所への提訴という二つの手段を並行して進めることが重要になっています。

IEEPA関税違憲判決の背景と影響

最高裁が下した判断の核心

今回の判決は、Learning Resources, Inc. v. Trump および Trump v. V.O.S. Selections, Inc. という二つの事件を統合して審理されたものです。ロバーツ首席判事が多数意見を執筆し、ゴーサッチ判事とバレット判事が全面的に同意しました。ソトマイヨール、ケーガン、ジャクソンの3判事も一部同意しています。

判決の核心は明快です。トランプ大統領はIEEPAの中の「規制する(regulate)」と「輸入(importation)」という二つの単語を根拠に関税賦課の権限を主張しました。しかしロバーツ首席判事は、この二つの単語だけでは関税という課税権限を導き出すことはできないと断じました。IEEPAには「関税」や「税」への言及が一切なく、これまでどの大統領もIEEPAにそのような権限があるとは解釈してこなかったことが重視されたのです。

さらに重要な法的論点として、IEEPAの「規制する」という文言に課税権限を含めて解釈すると、輸出入の双方を規制できるIEEPAが輸出に対する課税も可能にしてしまいます。しかし米国憲法は輸出への課税を明確に禁じているため、そのような解釈ではIEEPA自体が部分的に違憲となってしまうという矛盾が生じます。

無効とされた関税の範囲

この判決で無効とされたのは、主に二つのカテゴリーの関税です。第一に、中国・カナダ・メキシコからの輸入品に対して、フェンタニル対策を名目に課された「密輸関連関税」です。第二に、いわゆる「相互関税」で、ほぼ全世界からの輸入品に一律10%の基本税率を課し、数十か国にはさらに高い税率を適用したものです。

ただし注意すべき点として、鉄鋼・アルミニウムに対する関税は別の法律(通商拡大法232条)に基づいており、今回の判決の影響を受けません。また、トランプ大統領は判決当日に通商法122条に基づく全世界一律10%の「暫定輸入サーチャージ」を発令し、2月24日から150日間の時限措置として発動しました。

1750億ドルの行方

Penn Wharton Budget Modelの試算によれば、IEEPAに基づいて徴収された関税の総額は約1750億ドルから1790億ドルに上ります。カバノー判事は反対意見の中で、多数意見がこの巨額の還付問題を避けていることを批判しました。「最高裁は今日、政府が輸入業者から徴収した数十億ドルを返還すべきかどうか、またどのように返還すべきかについて何も述べていない」と指摘しています。

企業が取るべき二つの還付請求ルート

ルート1:税関への行政手続き(プロテスト制度)

還付を求めるための第一のルートは、米国税関・国境警備局(CBP)に対する行政手続きです。具体的には、輸入品の通関処理状況に応じて二つの方法があります。

未清算の通関エントリーの場合、輸入者はPost Summary Correction(PSC)と呼ばれる手続きを利用できます。これはCBPのACEシステムを通じて、通関申告データを電子的に修正する仕組みです。また、19 CFR 159.12に基づき、清算の延期を申請することも可能で、CBPの裁量により最大3年間の延長が認められる場合があります。

清算済みの通関エントリーの場合は、清算から180日以内にプロテスト(異議申し立て)を提出する必要があります。CBPはプロテストを「認容」または「棄却」のいずれかで処理します。認容された場合、過大に徴収された関税は還付されます。CBPによる審査期間は通常最大2年ですが、迅速処理を申請することも可能です。

ただし重要な課題があります。判例上、CBPが大統領令に基づいて裁量の余地なく関税を賦課していた場合、プロテストの対象にならないとされるケースがあるのです。つまり、行政手続きだけでは還付の権利を十分に確保できない可能性があります。

ルート2:国際貿易裁判所(CIT)への提訴

第二のルートは、米国国際貿易裁判所(Court of International Trade、CIT)への訴訟です。最高裁の多数意見は、IEEPA関税への異議申し立てについてCITが専属管轄権を持つことを確認しました。

最高裁判決以前から、約2,000社の輸入業者がCITにIEEPA関税の違法性を訴え、還付を求める訴訟を提起していました。CITは最高裁の判断を待つためにこれらの訴訟を一時停止していましたが、判決を受けて審理が再開される見込みです。

象徴的な事例として、FedExが2月23日に米政府とCBPを相手取り、CITに訴訟を提起しました。FedExはIEEPA関税として支払った全額の還付と利息、さらに被った財務的損害の賠償を求めています。FedExは2026年度のIEEPA関税による影響が最大10億ドルに達する可能性があると試算していました。

多くの法律事務所は、企業が少なくとも訴訟を提起して「裁判所の前に案件を置いておく」ことが、還付請求の権利を確保する上で最も安全な選択肢の一つだと助言しています。行政手続きだけに頼ると、CBPがプロテストを棄却した場合に権利を失うリスクがあるためです。

なぜ「両輪」が必要なのか

行政手続き(プロテスト)と司法手続き(CIT提訴)の両方を進める理由は明確です。現時点では、CBPがどのように還付に対応するかが不透明であり、また裁判所がどの範囲の輸入者に還付を認めるかも確定していません。

一部の専門家は、還付が訴訟を提起した企業のみに限定される可能性を指摘しています。つまり、行政手続きだけで対応していた企業が、結果的に還付を受けられないリスクがあるのです。逆に、訴訟のみに頼り行政手続きを怠ると、CBPが行政的な還付プログラムを開始した場合に対応が遅れる可能性もあります。

今後の注意点と展望

議会の動きと政治的不確実性

民主党のワイデン上院議員、マーキー上院議員、シャヒーン上院議員ら22名の上院議員が「関税還付法案(Tariff Refund Act of 2026)」を提出しました。この法案は、CBPに対して法律施行から180日以内に全額の還付を利息付きで完了することを義務づけています。しかし超党派の支持を得られるかどうか、またトランプ大統領の拒否権を乗り越えられるかは不透明です。

代替関税の法的リスク

トランプ政権が通商法122条に基づいて発動した10%の暫定サーチャージも、法的な異議申し立てに直面する可能性があります。122条は150日間の時限措置しか認めておらず、また国際収支の根本的な問題への対応という厳格な要件があります。15%への引き上げを示唆する発言もあり、新たな法廷闘争が起こる可能性も否定できません。

日本企業への示唆

日本企業にとっても、米国子会社やサプライチェーンを通じた輸入に関してIEEPA関税を支払っている場合、還付請求の権利を確保するための迅速な対応が求められます。通関データの集計、関連するグループ間契約の整理、そして米国の通商弁護士への相談を早急に進めるべきです。

まとめ

米最高裁のIEEPA関税違憲判決は画期的なものですが、約1750億ドルの還付実現には多くの障壁が残されています。企業が取るべき最善の戦略は、CBPへの行政手続きとCITへの訴訟を並行して進める「両輪アプローチ」です。どちらか一方だけでは、還付の権利を確実に守ることはできません。還付の全容が明らかになるまでには数か月から数年を要する可能性がありますが、今この瞬間に権利保全の手続きを始めることが極めて重要です。

参考資料

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