イェスパー・コール氏が語る日本経済の楽観論とその根拠
はじめに
「日本は勝ちつつあるのではないか」——この問いを長年投げかけてきた人物がいます。ドイツ出身のエコノミスト、イェスパー・コール氏です。1986年の来日以来、約40年にわたり日本経済の調査・分析に携わってきたコール氏は、J.P.モルガンやメリルリンチでチーフストラテジストを歴任し、現在はマネックスグループのエキスパートディレクターを務めています。
「失われた30年」と呼ばれた時代にも日本経済への楽観的な見方を崩さなかったコール氏ですが、2026年の現在、その楽観論はこれまで以上に説得力を増しています。賃上げの継続、企業統治改革の進展、サプライサイド革命の兆し——コール氏が日本を楽観視する根拠を、最新のデータとともに読み解きます。
イェスパー・コール氏とは何者か
40年にわたる日本経済の観察者
イェスパー・コール氏は1961年ドイツ生まれで、1986年にジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院にて国際経済学修士を取得後、来日しました。以来、J.P.モルガン、メリルリンチ、ウィズダムツリー・ジャパンなどで要職を歴任してきた、日本経済研究のスペシャリストです。
コール氏が知的なルーツとして挙げるのは、フランスの経済学者ジャン・バティスト・セイです。「政策でも道徳でも、最大の秘訣は人間の行動を制約することではなく、その志向を目覚めさせることにある」というセイの思想は、コール氏の日本経済観にも強く反映されています。規制による制約ではなく、民間のイノベーションを引き出す政策こそが経済成長の鍵であるという信念です。
一貫した日本楽観論の背景
コール氏は「本当は世界がうらやむ最強の日本経済」「日本経済これから黄金期へ」「平成デフレの終焉」といった著書を通じて、日本経済に対する前向きなメッセージを発信し続けてきました。その楽観論は単なる希望的観測ではなく、データに基づいた分析と、日本社会の回復力・政治的安定性・民間部門の革新力に対する深い理解に支えられています。
2026年の日本経済——楽観論を裏付けるファクト
賃上げの歴史的継続
2026年の春闘は、日本経済の転換を象徴する注目イベントです。第一生命経済研究所の予測によれば、2026年の春闘賃上げ率は5.20%と見込まれています。これは2025年の5.52%からやや鈍化するものの、3年連続で5%台を維持する歴史的な水準です。
連合は2026年春闘の賃上げ目標として「5%以上」を掲げ、ベースアップ分で「3%以上」を要求しています。繊維・流通のUAゼンセンは6%、基幹労連は月額1万5000円、JAMは月額1万7000円以上のベアを要求する方針を示しています。
コール氏が指摘する通り、賃金が生産性を上回るペースで上昇する「ディマンドプル型インフレ」が定着しつつあります。これは日本が長年苦しんだデフレからの真の脱却を意味します。
企業統治改革が生む構造変化
コール氏が日本に楽観的な理由の一つが、企業統治(コーポレートガバナンス)改革の加速です。2026年にはコーポレートガバナンス・コードの改訂が予定されており、6月の公表が見込まれています。
高市早苗首相の政権は、企業に対して余剰資金を賃上げや設備投資に振り向けるよう促す姿勢を明確にしています。資本配分に関するより積極的な枠組みが導入されれば、長期的な利益成長の強化につながると期待されています。
外国人投資家による日本株への純流入も増加しており、IFAマガジンの報道によれば、日本は2026年に新たなフェーズに入りつつあるとされています。持ち合い株の解消、自社株買い、増配といった株主還元の動きも加速しています。
サプライサイド革命の兆し
コール氏が最も注目しているのが「サプライサイド革命」です。高市政権が従来型の補助金行政から脱却し、グローバルなプライベートエクイティ・プレーヤーに日本の産業再編を加速させるよう門戸を開いている点を高く評価しています。
具体的には、企業合併に対する税制優遇や、公的資本参加の枠組みを期間限定(2年間)で導入することが、産業再編を加速させるポジティブ・サプライズになりうるとコール氏は分析しています。「ビジネス・アズ・ユージュアル」への公的支援を削減し、民間主導の構造改革を後押しする政策転換は、セイの経済学に通じるアプローチです。
日本経済の課題とリスク要因
インフレ加速への懸念
コール氏自身も認めているリスクがあります。2026年の日本のインフレ率は、米国や欧州、中国を大幅に上回る可能性があるという点です。賃金上昇、不動産ブームによる資産効果、そして金融・財政政策が「長期にわたり過度に緩和的」であったことが重なり、想定以上のインフレが発生する可能性があります。
日本銀行の植田和男総裁による利上げのタイミングが「遅すぎる」リスクも、コール氏は指摘しています。金融政策の正常化が遅れれば、インフレの制御が難しくなる恐れがあります。
人手不足と生産性の課題
2026年も企業の採用難は継続する見通しです。人件費の上昇圧力は企業収益を圧迫する要因にもなりえます。賃上げが持続的な経済成長に結びつくためには、同時に生産性の向上が不可欠です。DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI活用による効率化が、今後の成長を左右する鍵となります。
為替リスクと国際環境
円安の進行も注意すべきポイントです。2026年2月時点で円相場は1ドル=157円に迫る水準まで下落しており、輸入コストの上昇を通じてインフレを押し上げる要因となっています。米国のトランプ政権の通商政策や、中国経済の動向など、外部環境の不確実性も日本経済にとってリスク要因です。
まとめ
イェスパー・コール氏の日本経済に対する楽観論は、40年近い観察と分析に裏打ちされた、データに基づく見方です。3年連続5%台の賃上げ、コーポレートガバナンス改革の加速、サプライサイド革命の兆しなど、楽観論を支える材料は確かに揃いつつあります。
一方で、インフレ加速リスク、人手不足、為替変動といった課題も存在します。コール氏の言葉を借りれば、重要なのは「人間の行動を制約すること」ではなく「志向を目覚めさせること」です。日本経済が真の復活を果たすためには、民間の活力を引き出す政策と、企業自身の変革が不可欠です。投資家や政策立案者にとって、コール氏の視点は日本の可能性を再評価する重要な手がかりとなるでしょう。
参考資料:
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