韓国造船が躍進、米中対立で脱中国の受け皿に
はじめに
世界の造船業界で大きな地殻変動が起きています。2025年の造船受注量で、世界2位の韓国が前年比約1割の増加を記録した一方、首位の中国は3割以上の減少となりました。この逆転の背景には、米国が打ち出した中国製船舶への規制方針があります。
中国への発注を敬遠する動きが広がる中、韓国が「脱中国」の受け皿として存在感を高めています。一方、日本は建造能力の制約からこの流れに乗り切れず、韓国との差がさらに広がっています。本記事では、造船業界の勢力図の変化と、その背景にある地政学的要因を詳しく解説します。
米国の対中規制が造船市場を一変させた
通商法301条に基づく船舶規制
2025年4月、米国通商代表部(USTR)は通商法301条に基づき、中国の海事・物流・造船分野に対する規制措置を決定しました。具体的には、中国企業が所有・運航する船舶や中国で建造された船舶が米国の港湾に入港する際に追加料金を課す内容です。
この措置は2025年10月14日から徴収が開始されました。LNG(液化天然ガス)輸出においても、一定割合の米国建造船の使用を義務づけるなど、中国造船業への包囲網が敷かれています。
ただし、2025年11月の米中首脳会談で入港料金の徴収は2026年11月まで1年間の適用停止で合意されました。しかし、規制の方向性自体は維持されており、船主にとって中国製船舶の発注リスクは依然として残っています。
発注先の変化が鮮明に
英調査会社クラークソン・リサーチのデータによると、2025年の世界全体の造船受注量は前年比27%減少しました。この減少の中で、中国の受注は3割以上の大幅減となった一方、韓国は約1割の増加を達成しています。
船主が長期的な規制リスクを見据えて、中国から韓国への発注先シフトを進めている構図が鮮明になっています。特に、米国との関係が深い海運会社や、米国港湾への入港頻度が高い船舶の発注において、韓国造船所が選ばれるケースが増えています。
韓国造船業の強みと現状
高付加価値船での技術優位
韓国の造船大手3社であるHD韓国造船海洋、サムスン重工業、ハンファオーシャンは、特にLNG運搬船やコンテナ船などの高付加価値船分野で世界トップクラスの技術力を持っています。
2024年には韓国造船3社が11年ぶりの黒字転換を果たし、経営体質の改善も進んでいます。世界の商船建造能力のうち約30%を韓国が占めており、量的にも中国に次ぐ規模を維持しています。
米国との戦略的パートナーシップ
韓国の造船業は、米国の造船産業振興策においても重要な位置づけとなっています。米国のシンクタンクは、国内の造船産業を再建するにあたり、日韓の造船企業による対米投資の誘致が必要だと提言しています。
特にHD韓国造船海洋は米国のフィラデルフィア造船所への投資を進めており、軍需分野も含めた米韓の造船協力が拡大しています。この戦略的パートナーシップが、民間船舶の受注にもプラスの効果をもたらしています。
中国からの報復制裁
一方で、米国との協力強化は中国からの反発も招いています。2025年10月、中国はハンファオーシャンの米国関連子会社5社に対して制裁を発動しました。米国の301条調査への協力・支援に対する報復措置とされています。
韓国の造船業は、米中対立の板挟みという地政学的リスクを抱えながらの事業展開を余儀なくされています。
日本の造船業が抱える課題
建造能力の制約
日本の造船業は、世界シェア約12.8%と中国(約54.7%)、韓国(約28.1%)に大きく水をあけられています。年間建造量は約900万総トンの水準にとどまり、急増する世界需要に対応するキャパシティが不足しています。
かつてはLNG運搬船の建造で世界をリードしていた日本ですが、2019年頃を最後に国内でのLNG船建造が途絶えました。技術的に難易度の高い高付加価値船の分野でも、韓国・中国に席巻される状況が続いています。
造船業再生ロードマップ
日本政府は2025年末に「造船業再生ロードマップ」を策定し、2035年までに年間建造量を現在の2倍となる1,800万総トンに引き上げる目標を掲げました。しかし、人手不足や設備投資の遅れなど、目標達成に向けた課題は山積しています。
米国が同盟国の造船業との連携を強化する方針を示している中で、日本にとっては好機ともいえますが、韓国との実力差を埋めるには中長期的な取り組みが必要です。
注意点・今後の展望
米中首脳会談後の不透明感
2025年11月の米中首脳会談で入港料金の1年間適用停止が合意されたことで、中国造船業への規制圧力は一時的に緩和されています。2026年11月以降に規制が再開されるかどうかは、米中関係の動向次第です。
しかし、船舶の建造には2〜3年のリードタイムがあるため、船主は長期的な規制リスクを織り込んだ発注判断を行います。この点で、韓国造船業への発注シフトは一過性のものではなく、構造的な変化と見る向きが多いです。
LNG運搬船市場の回復期待
2025年のLNG運搬船の新規発注は前年から半減しましたが、米国で5件のLNGプロジェクトが最終投資決定を下しており、天然ガス輸送需要の増加が見込まれます。LNG船は韓国造船業の得意分野であり、市場回復時には韓国がさらに受注を伸ばす可能性があります。
まとめ
米国による中国製船舶への規制方針は、世界の造船業界に構造的な変化をもたらしています。韓国は「脱中国」の受け皿として受注を拡大し、高付加価値船での技術優位と米国との戦略的パートナーシップを武器に、首位中国との差を詰めています。
日本の造船業にとっては、米国の同盟国重視の姿勢が追い風となる可能性がありますが、建造能力の制約という根本的な課題の解決なしには、このチャンスを活かすことは困難です。造船業の勢力図は今後も大きく変わり続ける可能性が高く、地政学リスクと市場動向の両面に注意が必要です。
参考資料:
関連記事
中国春節9連休で95億人大移動、旅行先に異変
2026年の中国春節は過去最長の9連休。延べ95億人が移動する一方、海外旅行先では韓国・東南アジアが台頭し日本の順位が急落。消費動向と旅行トレンドの変化を解説します。
中国春節で延べ95億人移動へ、日本離れ鮮明に
2026年の中国春節では過去最多の延べ95億人が移動する見通しです。海外旅行先では韓国やタイが人気を集め、日本はトップ10圏外に。その背景と影響を解説します。
韓国・李大統領が「一つの中国」支持表明、6年ぶり訪中の狙い
韓国の李在明大統領が訪中を前に台湾問題で「一つの中国」原則の支持を表明。6年ぶりの韓国大統領訪中の背景と、日中韓関係への影響を解説します。
中国全人代を前に習近平の軍粛清が止まらない理由
3月の全人代開催を控え、習近平政権による軍高官の粛清が加速しています。張又侠の失脚、100人超の将校排除の背景と、人民解放軍への深刻な影響を解説します。
膨張するBYDが世界のEV地図を塗り替える全貌
中国BYDがテスラを抜きEV世界首位に。5年間で20カ国以上でテスラを逆転し、南米にまで進出。リスク覚悟の商圏拡大と今後の課題を詳しく解説します。
最新ニュース
中国全人代を前に習近平の軍粛清が止まらない理由
3月の全人代開催を控え、習近平政権による軍高官の粛清が加速しています。張又侠の失脚、100人超の将校排除の背景と、人民解放軍への深刻な影響を解説します。
「ECの死」到来か、AIショッピングエージェントの破壊力
「SaaSの死」に続き「ECの死」が叫ばれています。AIショッピングエージェントがECビジネスをどう変えるのか、AmazonとWalmartの異なる戦略から読み解きます。
ハイアット東京を1260億円で取得、REIT最大規模
ジャパン・ホテル・リートがハイアットリージェンシー東京を国内REIT史上最大の1260億円で取得。好調なインバウンド需要を背景に、ホテル投資市場が過去最高を更新する中での大型案件を解説します。
メキシコが週40時間労働へ憲法改正、残業超過で3倍賃金の衝撃
メキシコが週40時間労働への憲法改正を承認。残業超過で3倍賃金の義務化が日本企業の製造拠点に与える影響と対応策を、段階的スケジュールとともに解説します。
楽天グループが金融3社統合へ、10月めど再編の全容
楽天グループが楽天銀行・楽天カード・楽天証券の金融3社を2026年10月をめどに統合する再編計画を発表。金利上昇時代の競争激化を背景に、エコシステム強化とコスト削減を狙う大型再編の詳細と課題を解説します。