令和の新語「まである」が示す日本語文法の進化
はじめに
「推しが尊すぎて泣いたまである」「課金しすぎて破産まである」――SNSでこうした表現を目にしたことはないでしょうか。「まである」という言い回しが、若い世代を中心にSNS上で広く使われるようになっています。
一見すると従来の日本語の「まで」+「ある」に見えますが、実はこれまでの文法では説明できない新しい用法です。言語学者が学会で研究発表を行うほど注目されるこの表現は、令和の日本語がどのように進化しているかを象徴しています。本記事では「まである」の意味や使い方、そして日本語の変化について解説します。
「まである」とは何か
従来の「まで」+「ある」との違い
従来の日本語で「まである」といえば、「東京から大阪まである路線」のように、範囲や到達点を表す助詞「まで」と存在動詞「ある」の組み合わせでした。しかし、新しい用法の「まである」はこれとは根本的に異なります。
新用法では「DVD買ったまである」「推し活で散財まである」のように、動詞句や名詞句の後に付けて使います。意味は「~ということまで十分にありえる」「~と言っても過言ではない」に近く、ある状況や感情の程度が極端に高いことを表現しています。
具体的な使い方
「まである」の典型的な使い方を見てみましょう。
- 「このラーメン、毎日通うまである」(=毎日通いたいほどおいしい)
- 「新曲が良すぎて泣いたまである」(=泣くほど感動した)
- 「推しが国宝まである」(=国宝と言っても過言ではないほど素晴らしい)
いずれも、何かに対する強い感情や評価を、「そこまで到達しうる」という形で表現しています。従来の「~と言っても過言ではない」という表現を、わずか3文字で伝えられる効率的な表現です。
学術的に見た「まである」の特徴
文法学会での研究発表
茨城キリスト教大学の中山健一氏は、日本語文法学会でこの「まである」を新たな文法形式として分析する研究を発表しています。中山氏は、従来の助詞「まで」と存在動詞「ある」の組み合わせでは意味が解釈できないこの用法を、1つの独立した文法形式とみなしました。
研究では、X(旧Twitter)から実例を収集して分析が行われています。既存の言語コーパス(大規模なテキストデータベース)にはまだ十分なデータが蓄積されていないため、SNSが重要な研究素材となっているのです。
三省堂「今年の新語2020」に選出
「まである」が広く認知されるきっかけとなったのは、三省堂が毎年実施している「辞書を編む人が選ぶ『今年の新語』」です。2020年の選考でトップ10の1つに選ばれ、辞書編纂のプロフェッショナルからも新しい日本語表現として認められました。
2020年の選出から6年が経過した現在も使い続けられていることは、「まである」が一時的な流行語ではなく、日本語に定着しつつある表現であることを示しています。
SNS時代の言語変化
テキストコミュニケーションが生む新表現
「まである」が生まれた背景には、SNS時代特有のコミュニケーション環境があります。テキストベースで感情や評価を伝える際、文字数の制限や即時性が求められるSNSでは、短くて表現力の高い言い回しが重宝されます。
「~と言っても過言ではないほど素晴らしい」と書くより、「素晴らしいまである」と書く方が、限られた文字数で同等以上のインパクトを伝えられます。この効率性が、SNS上での普及を後押ししました。
若者言葉は「生成と消滅の繰り返し」
宇都宮大学講師の堀尾佳以氏は「若者言葉は生成と消滅の繰り返し」と指摘しています。毎年のように新しい表現が生まれ、多くは数年で消えていきます。「まである」が6年以上にわたって使われ続けているのは、単なる流行を超えた言語的な合理性を持っているためと考えられます。
一方で、この表現にはくだけた文体でしか使えないという制約があります。ビジネスメールや公的文書で「まである」を使うのは不適切です。使用者も若年層が中心であり、世代を超えた普及にはまだ至っていません。
注意点・今後の展望
「まである」のような新しい表現に対して、「日本語の乱れ」と感じる人もいるかもしれません。しかし、言語学の観点からは、新語や新しい文法形式の出現は言語が「生きている」証拠です。歴史的に見ても、「すごい」「やばい」といった現在では一般的な表現も、かつては「乱れ」として批判された時期がありました。
今後「まである」が辞書に正式に掲載されるかどうかは、使用範囲のさらなる拡大と定着にかかっています。SNS発の表現が標準的な日本語として認められるまでには、通常10〜20年程度の時間が必要とされます。
まとめ
「まである」は、SNS時代のテキストコミュニケーションから生まれた新しい日本語の文法形式です。短い表現で強い感情や評価を効率的に伝えられるという特性が支持され、6年以上にわたって使い続けられています。
言語は社会の変化とともに常に進化しています。「まである」の普及は、デジタルコミュニケーションが日本語の文法にまで影響を与えている証左です。新しい表現を楽しみながら、場面に応じた使い分けを意識することが大切です。
参考資料:
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