選挙YouTube動画、再生数の7割が匿名発信の衝撃
はじめに
2025年から2026年にかけての選挙において、YouTube動画の影響力が急速に拡大しています。調査によると、衆院選に関するYouTube動画の再生数のうち、匿名の投稿者による動画が7割を占めていることが明らかになりました。
テレビや政治家の街頭演説を第三者が再編集した「切り抜き動画」が主流となり、10秒〜1分程度のショート動画が視聴の大部分を占めています。政党公式チャンネルの4.6倍もの視聴数を獲得するこれらの動画は、有権者の投票行動に無視できない影響を与えるようになりました。
本記事では、選挙とYouTube動画の関係、切り抜き動画の実態、そしてフェイクニュース拡散という課題について解説します。
匿名投稿者が主導する選挙動画
政党公式を上回る視聴数
日本経済新聞とスタートアップのサーチライト社による共同調査では、衆院選期間中のYouTube関連動画を分析しました。その結果、視聴数の7割が匿名の投稿者による動画であることが判明しています。
政党や候補者が公式に発信する動画と比較すると、匿名を含む第三者による動画は4.6倍もの視聴数を記録しました。2024年10月の衆院選期間中、YouTube上の選挙関連動画の総再生回数は2億7,492万回に達し、このうち政治系YouTuberら「第三者」によるものは58.9%を占めています。
参院選ではさらに拡大
2025年参院選では、この傾向がさらに顕著になりました。選挙ドットコムの調査によると、公示日から投開票前日までの17日間で、YouTube選挙関連動画の再生数は17億4,823万回を超えました。これは2024年衆院選の約6倍という驚異的な数字です。
特筆すべきは、政党や候補者以外の「第三者」による動画が89.8%を占めたことです。再生回数1万回以上の動画における発信者別の再生数割合では、「切り抜き系」が42.1%と最も多く、テレビ・新聞・雑誌(18.2%)やWEBメディア(17.9%)を大きく上回りました。
ショート動画の台頭
選挙動画の視聴形態にも変化が見られます。全体の再生数のうち、10秒〜1分程度のショート動画が7割を占めています。短い時間で要点を伝えるショート動画は、特に若年層の視聴習慣にマッチしており、政治情報の入り口として機能しています。
切り抜き動画の影響力と実態
「切り抜き職人」の存在
切り抜き動画とは、政治家の街頭演説やテレビ討論などの映像を、解説を加えて短く編集したものです。時に数百万回という再生回数をたたき出し、有権者の投票行動に影響を与えるまでになりました。
東京都内の30代元会社員男性の事例では、2023年12月に初めて切り抜き動画を公開。若者向けに1分程度のショート動画を中心に投稿したところ、最も視聴された動画は投稿後わずか1時間で10万回再生を記録し、累計では約1,200万回再生に達しました。チャンネル登録者は半年で約12万人、現在は約29万人にまで成長しています。
収益化の実態
政治系切り抜き動画が流行する背景には、収益性の高さがあります。YouTubeでは登録者数1,000人以上、過去365日間の総再生時間4,000時間以上などの条件を満たすと、広告収益を得られるようになります。
ベテラン政治系YouTuberの50代男性は「年収は1,000万円を超えることもある」と明かしています。ただし、街頭演説の撮影のため「北海道から沖縄まで行っている」といい、2022年には売上1,000万円超に対して交通費・宿泊費などで約500万円の支出があったとのことです。
一方、一般的な切り抜き動画制作者の収益は月1万5,000円〜2万円程度が平均で、当たれば月6万円になることもあるとされています。政治ジャンルは広告単価が0.5円〜1.2円と比較的高く、30本以内で収益化条件を達成する「異常値」が続出しています。
若年層への影響
時事通信の出口調査では、投票先を決める際にSNSや動画サイトを「参考にした」「ある程度参考にした」と答えた人が合わせて46.9%に達しました。約半数の有権者が、投票の判断材料としてYouTubeなどの動画を活用していることになります。
政治に関心が薄かった若年層が、切り抜き動画をきっかけに政治に興味を持つようになったという側面は、民主主義にとってプラスの効果とも評価されています。
フェイクニュースと偽情報の課題
拡散する誤情報
切り抜き動画の影響力が増す一方で、誤った情報やフェイクニュースの拡散も深刻な問題となっています。日本ファクトチェックセンター(JFC)が2025年に公開したファクトチェック記事は365本に達し、2023年の173件、2024年の330本から右肩上がりで増加しています。
特に政治関連の偽情報が多く、全体の42.5%を占めました。2024年の調査では、偽の情報を15個見せた後に真偽を問うと、51.5%が「正しい」と回答するなど、多くの人が目にした情報をそのまま信じてしまう傾向が確認されています。
切り抜きによる文脈の歪み
JFCの編集長は「切り抜き動画はごく一部しか抜き出せないため、切り抜いたことで間違った内容になることはよくある」と指摘しています。発言の前後の文脈が省略されることで、本来の意図とは異なる印象を与えてしまうケースが少なくありません。
2026年2月の衆議院議員選挙でも、連合が国民民主党を支援しない方針を示したかのようなミスリード投稿が拡散するなど、事実と異なる情報の広がりが確認されています。
生成AIによる新たな脅威
2025年以降、生成AIを活用した画像・動画の改変やねつ造が増加しています。高市早苗首相の街頭演説に関して、「渋谷の大晦日カウントダウンの映像だ」という誤った指摘が拡散した事例では、本物の画像に対して偽物というレッテルが貼られる「逆フェイク」現象も起きています。
生成AIの進化により、真偽の判別がますます困難になっており、有権者のメディアリテラシーがこれまで以上に重要になっています。
プラットフォームと規制の動向
YouTubeの対応
YouTubeは機械学習と人間の審査担当者を組み合わせて、ポリシー違反のコンテンツを取り締まっています。2025年第3四半期には、コミュニティガイドライン違反により1,200万本以上の動画と740万以上のチャンネルを削除しました。
2025年7月にはガイドラインを更新し、大量生産された繰り返しコンテンツをより正確に識別できるようにしました。AI音声と静止画を組み合わせただけの「顔のないチャンネル」が広告収入を得ることへの規制が強化されています。
日本の法的対応
日本では2025年4月に「情報流通プラットフォーム対処法」が施行され、違法情報や権利侵害情報への対処が求められるようになりました。しかし欧州と比較すると、SNS上の偽情報対策では後手に回っているとの指摘もあります。
与野党7党による「選挙運動に関する各党協議会」は、有権者に対してSNS上の情報の発信源や真偽を確認することを呼びかけるとともに、SNS運営会社に偽情報拡散や収益化の問題について改善努力を求めるメッセージを発表しました。
海外の動向
米国ではトランプ政権がSNS規制に慎重な姿勢を示しており、メタ(旧Facebook)は2025年1月にファクトチェック機能を廃止し、利用者同士で注釈をつける仕組みに移行すると発表しました。プラットフォームによる規制と表現の自由のバランスは、国際的にも議論が続いています。
注意点・今後の展望
情報の見極め方
選挙に関するYouTube動画を視聴する際は、以下の点に注意が必要です。
- 発信者が誰なのか(匿名か、実名か、政党公式か)を確認する
- 切り抜かれた発言の前後の文脈を意識する
- 複数の情報源で事実確認を行う
- 再生数や「いいね」の数だけで信頼性を判断しない
今後の選挙への影響
SNSや動画プラットフォームが選挙に与える影響は、今後さらに拡大すると予想されます。2025年参院選でファクトチェック記事が183本と衆院選時の5倍以上に達したことからも、情報の真偽を巡る攻防が激化していることがうかがえます。
政党や候補者にとっても、公式チャンネルだけでなく、第三者による切り抜き動画をどう活用・対処するかが、選挙戦略上の重要課題となっています。
まとめ
選挙に関するYouTube動画の7割が匿名投稿者によるものという調査結果は、政治情報の流通構造が大きく変化していることを示しています。切り抜き動画やショート動画は、政党公式発信の4.6倍もの視聴数を獲得し、有権者の投票行動に無視できない影響を与えるようになりました。
一方で、誤情報やフェイクニュースの拡散、文脈を無視した切り抜きによる印象操作といった課題も深刻化しています。有権者一人ひとりが情報リテラシーを高め、複数の情報源で確認する姿勢が、民主主義を健全に機能させるためにこれまで以上に重要になっています。
参考資料:
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