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by nicoxz

令和の若者言葉「まである」の意味と背景を解説

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はじめに

「あのアイドル、すっぴんのほうが美しいまである」「しょぼさが逆にレトロで、リピートしたいまである」——SNSのタイムラインを眺めていると、こんな不思議な表現に出会うことがあります。文法的にどこか引っかかるこの「まである」という言い回しは、令和時代を代表する若者言葉のひとつです。

初めて目にした人は、誤字や脱字と思ってスルーしてしまうかもしれません。しかし、この表現にはZ世代ならではのコミュニケーション感覚が凝縮されています。本記事では「まである」の意味や使い方、語源、そして令和の日本語がSNSによってどう変化しているのかを多角的に解説します。

「まである」の意味と使い方

基本的な意味

「まである」は、「〜ということまで考えられる」「〜と言っても過言ではない」「〜の可能性すらある」といった意味を持つ表現です。通常なら大げさに聞こえる行為や状態を挙げつつも、「そこまで到達しているんだ」と強調するニュアンスがあります。

ポイントは、極端な意見や感想を述べる際に、直接的な断定を避けて少し控えめに伝えるところです。「リピートしたい」と断言するのではなく、「リピートしたいまである」とすることで、「そこまで思えるほどだ」というワンクッションが入ります。結果として、強い感情を表現しながらも、どこかユーモラスで柔らかい印象を生み出しています。

具体的な使用例

日常的な使い方をいくつか見てみましょう。

  • 「今日暇だから買い物に行くまであるわ」→ 買い物に行くのもアリだな、というニュアンス
  • 「このラーメン美味すぎて毎日通うまである」→ 毎日通いたいくらい美味しい、という強調
  • 「始発で行くまあるな」→ 始発で行くのも十分あり得る、という提案
  • 「推しが尊すぎて課金するまである」→ 課金してもいいと思えるほど素晴らしい

いずれも「○○まである」の○○には、普通ならしない行動や極端な選択肢が入ります。それでも「そこまでしてもいい」と思えるほどの状況だ、と伝えるのがこの表現の核心です。

「まである」と従来の日本語との違い

従来の日本語にも「〜ですらある」「〜と言っても過言ではない」など、同様の意味を持つ表現は存在します。しかし「まである」は、これらをぐっと短縮し、カジュアルに仕上げた点が特徴です。

SNS上では文字数の制約やテンポの良さが重視されます。「と言っても過言ではない」では長すぎるし、堅すぎます。「まである」はわずか4文字で同じニュアンスを伝えられるため、SNS時代の表現として理にかなっています。

語源と広がりの歴史

発祥はネット掲示板か

「まである」の正確な起源は諸説ありますが、2010年代前半にはインターネット上で使用例が確認されています。一説には、人気ゲーム「アイドルマスター」のファンコミュニティが発祥とも言われています。2012年頃にはある程度の認知を得ていたとする分析もあります。

当初はネット掲示板やTwitter(現X)を中心に広まり、オタク文化圏のスラングとして定着しました。その後、TikTokやInstagramなど他のSNSにも波及し、より幅広い層に浸透していきました。

新語としての注目

「まである」は2020年前後に新語としてメディアでも取り上げられるようになりました。三省堂が毎年発表する「今年の新語」のような企画でも、SNS発の若者言葉は常に注目の的です。辞書を編纂する専門家たちも、こうした新しい表現の動向を追い続けています。

令和に入ってからは、テレビ番組や一般メディアでも「まである」が使われる場面が増えました。若者限定の表現から、幅広い世代に理解される言葉へと変化しつつあります。

SNSが変える令和の日本語

「語感」重視の時代

令和の若者言葉には共通する特徴があります。それは「意味」よりも「語感」や「リズム」を重視する点です。「まである」も、文法的な正しさよりも、発話した際のテンポの良さが支持されている面があります。

2025年にはTikTokやInstagram Reelsの拡散力により、1フレーズで感情を表現する「短尺リアクション語」が急増しました。「エッホエッホ」「ほんmoney」など、語感のインパクトで広まった表現は枚挙にいとまがありません。「まである」はこうした潮流の先駆け的な存在と言えます。

Z世代のコミュニケーション戦略

Z世代は「あえて正確でない日本語をかわいく崩す」ことをコミュニケーションの手法として活用しています。「まである」も、文法的には不自然さを感じさせる表現ですが、その不自然さ自体がユーモアや親しみやすさを生んでいます。

さらに注目すべきは、「まである」が極端な意見を控えめに伝える機能を持っている点です。直接的に「最高だ」「絶対やる」と断言するよりも、「〜まである」とすることで角が取れます。これはSNS上での炎上リスクを無意識に回避する知恵とも解釈できます。

言葉の変化は「乱れ」か「進化」か

若者言葉に対しては「日本語の乱れ」という批判が常につきまといます。しかし、言語学者の間では必ずしもネガティブに捉えられてはいません。金田一春彦は、日本語の変化について「その多くは表現の明快さや論理性を高める方向の変化であるから、むしろ歓迎すべき変化である」と述べています。

実は若者言葉の歴史は非常に古く、清少納言の『枕草子』にも当時の若者の言葉遣いに対する苦言が記されています。つまり、若い世代が新しい表現を生み出し、上の世代がそれを嘆くという構図は、千年以上前から繰り返されてきたのです。

注意点・展望

使う場面の選択が大切

「まである」はあくまでカジュアルな表現です。ビジネスメールや公式文書、フォーマルな場面では使用を避けるべきです。友人同士のSNS投稿やカジュアルな会話では問題ありませんが、TPOを意識することが重要です。

また、世代によっては「まである」の意味が伝わらないことがあります。相手が理解できるかどうかを考慮した上で使うのが望ましいでしょう。

今後の見通し

SNSのアルゴリズムによる拡散やインフルエンサーの影響により、新しい言葉が短期間で全国区に広まる仕組みは今後も続きます。2026年以降は、AIやメタバースの普及に伴い、「AI寄せ」「メタ恋」「アバ顔」といったデジタル系の若者言葉がさらに増えると予想されています。

「まである」のように定着した表現は、やがて辞書に掲載される可能性もあります。令和の日本語は、SNSという新しいメディアを通じて、かつてないスピードで変化を続けているのです。

まとめ

「まである」は、極端な意見や感想を控えめに、かつユーモラスに伝える令和時代の若者言葉です。「〜と言っても過言ではない」を4文字に凝縮したこの表現は、SNS時代のコミュニケーションに最適化されています。

2010年代前半にネット上で生まれ、Twitter(現X)やTikTokを通じて広く浸透しました。文法的な「正しさ」よりも語感やテンポを重視する令和の言語文化を象徴する存在と言えます。

若者言葉は時代を映す鏡です。「まである」を知ることは、現代のコミュニケーションの変化を理解する入口になります。次にSNSでこの表現を見かけたら、その背景にある日本語の豊かな変化に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

参考資料:

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