水島エチレン停止で石化再編が本格化、コンビナートの未来は
はじめに
2026年1月27日、日本の石油化学業界に大きな転換点が訪れました。三菱ケミカルグループ、旭化成、三井化学の3社が、基礎化学品エチレンの生産設備を再編し、大阪の設備に集約することを発表したのです。
この発表で注目すべきは、三菱ケミカルと旭化成が共同運営する水島コンビナート(岡山県倉敷市)のエチレン設備が2030年度をめどに停止されることです。水島コンビナートは岡山県産業の約半分を支える重要拠点であり、その中核設備の停止は地域経済にも大きな影響を与えます。
本記事では、この再編の背景と意義、そして日本の石油化学産業が直面する構造的課題について解説します。
エチレン設備再編の全体像
3社による共同体制の構築
今回の再編では、三菱ケミカルグループ、旭化成、三井化学の3社が新たに共同事業体を設立します。2030年度をめどに、三菱ケミカル旭化成エチレン(AMEC)の水島工場のエチレン製造設備を停止し、三井化学が大阪府高石市に持つ大阪石油化学(OPC)の設備に生産を集約する計画です。
この再編は、経済産業省が所管する「令和7年度排出削減が困難な産業におけるエネルギー・製造プロセス転換支援事業」に採択されたことを受けて実現しました。政府の支援を得ながら、業界全体で競争力強化を図る狙いがあります。
3社は2025年9月にすでに有限責任事業組合(LLP)を設立しており、各社が3分の1ずつ出資する形で再編の検討を進めてきました。今回の発表は、その具体的な方向性が固まったことを意味します。
グリーン化への布石
注目すべきは、単なる設備削減にとどまらず、脱炭素化への取り組みも同時に進められる点です。旭化成は水島製造所に、バイオエタノールからエチレン・プロピレンなどのグリーン基礎化学品を製造する技術「Revolefin」を用いた初期生産設備を設置する予定です。
2034年度には3社共同でグリーン基礎化学品の商用生産開始を目指しています。水島ではエチレン設備は停止されますが、次世代技術の実証拠点として新たな役割を担う可能性があります。
日本の石油化学産業が抱える構造問題
稼働率の長期低迷
日本の石油化学産業は深刻な構造問題を抱えています。石油化学工業協会によると、2024年10月のエチレン生産設備の稼働率は77.4%(速報ベース)で、好不況の目安とされる90%を27カ月連続で下回っています。これは1991年以降で最長の記録です。
現在、日本には12基のエチレンプラントがあり、年間生産能力は約650万トンです。しかし、稼働率が80%程度にとどまっているということは、能力の20%に相当する130万トン(プラント2〜3基分)が過剰であることを意味します。
中国の台頭と需要構造の変化
低稼働の主な原因は、中国への輸出量の減少と国内需要の減退です。中国では近年、最新鋭の石油化学設備が相次いで稼働を開始し、自国での生産能力が急拡大しています。かつては日本からの輸出先だった中国が、むしろ供給過剰の震源地となっているのです。
自動車、リチウムイオン電池、電子部品などの生産に必要なポリエチレンやポリプロピレンは、中国を中心に生産能力が急拡大しています。海外からの輸出攻勢と価格競争の激化が、日本の化学メーカーを圧迫する構図が続いています。
他地域でも進む再編
水島だけでなく、日本各地で石油化学設備の再編が進んでいます。千葉地区では、丸善石油化学が2026年に、出光興産が2027年にエチレン生産を停止することを決定しました。コスモエネルギーホールディングス、丸善石油化学、住友化学は、2026年度をめどに丸善石油のエチレン製造装置を停止し、京葉エチレンに生産を集約する計画です。
今後、国内に12カ所あったコンビナートは最終的に8カ所に集約され、エチレンの生産能力は600万トンから400万トン前後に減る見通しです。
水島コンビナートの重要性と地域への影響
岡山県経済を支える中核拠点
水島コンビナートは、岡山県倉敷市南部に位置する全国有数の規模を誇る臨海工業地帯です。瀬戸内海に臨む総面積約2,500ヘクタールの空間に200を超える事業所が立地し、石油精製、鉄鋼生産、自動車などを基幹産業としています。
その経済規模は極めて大きく、岡山県の製造品出荷額の約46%を水島臨海工業地帯が占めています。従業員数は約2万5千人に上り、地域の雇用を支える重要な存在です。
戦後からの発展の歴史
水島地区は戦前、漁業と干拓農業を主とする農漁村でした。戦時中の1943年に三菱重工業の航空機製作所が誘致され、工業化が始まりました。戦後の1953年に岡山県が大型船舶の入港を可能にするため浚渫工事を行い、工業用地を造成しました。
1964年に新産業都市に指定されると、多くの企業が進出し、日本有数の臨海工業地帯へと発展しました。水島港は年間7,128万トンの取扱貨物量を誇り、中国・四国地方最大の国際拠点港湾として機能しています。
エチレン停止後の課題
エチレン設備は石油化学コンビナートの中核をなす存在です。ナフサを熱分解してエチレンを生産するナフサクラッカーは、その後の誘導品(プラスチックや合成繊維の原料など)の生産を支えています。
中核設備を失ったコンビナートの競争力維持は難しいとされています。今後はエチレンに続き、誘導品でも再編が進む可能性があります。三菱ケミカルと旭化成は、水島のエチレン設備撤去後の跡地利用を検討するとともに、従業員は配置転換により雇用を維持するとしています。
今後の展望と注意点
業界再編の「第2幕」へ
専門家の間では、エチレン設備の再編は「第1幕」に過ぎず、今後は川下の誘導品や半導体材料でも合従連衡が進むとの見方があります。レゾナックは石油化学事業を切り離し、将来的な上場を目指す方針を発表しており、西日本での再編に参画する可能性も取り沙汰されています。
三井化学の橋本社長は「国内でお客様、経済安全保障、投資効率、他製品とのシナジーを見ながら、何を最終的に残していくか決める。それによって競争力ある状態をつくることが必要」と述べています。
国際競争の激化
韓国政府は2025年夏、基礎原料エチレンの生産能力を270万〜370万トン削減する方針を発表しました。住友化学の岩田会長は「韓国に続き中国でも汎用品の能力削減に向かうだろうが、同時に高機能化学品へのシフトとセットになる。日本の化学業界はより厳しくなる」との見方を示しています。
汎用品から高機能品へのシフトが世界的に進む中、日本の化学メーカーには独自の技術力を活かした差別化戦略が求められます。
まとめ
三菱ケミカル、旭化成、三井化学によるエチレン設備の再編発表は、日本の石油化学産業の構造改革が本格化したことを示しています。水島コンビナートのエチレン停止は、地域経済への影響が懸念される一方、グリーン基礎化学品への転換という新たな可能性も開かれています。
日本の石油化学産業は、中国の台頭と国内需要の減少という二重の圧力に直面しています。今後は12基から8基程度への設備集約が進み、さらに誘導品での再編も予想されます。業界全体で競争力を維持・強化するための取り組みが、これからの数年間で加速することになるでしょう。
参考資料:
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