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by nicoxz

退職代行モームリ事件が浮き彫りにした業界の構造問題

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はじめに

退職代行サービス「モームリ」を運営する株式会社アルバトロスの社長・谷本慎二容疑者と、妻で同社執行役員の志織容疑者が2026年2月3日、弁護士法違反(非弁行為)の疑いで警視庁に逮捕されました。さらに2月24日には、東京地検が両容疑者と法人としてのアルバトロス社を弁護士法違反罪で起訴しています。

捜査の過程で明らかになったのは、依頼者を弁護士に紹介して得た違法な報酬を、実態のない労働組合への「賛助金」として仮装していたという巧妙な手口です。急成長を遂げてきた退職代行業界において、法的な「グレーゾーン」がついに司法の判断を仰ぐ事態に発展しました。本記事では、事件の全容と退職代行業界が抱える構造的な問題について解説します。

事件の全容と違法あっせんのスキーム

弁護士法72条に抵触した「周旋」行為

弁護士法72条は、弁護士または弁護士法人でない者が、報酬を得る目的で法律事件に関する法律事務を取り扱い、またはその周旋をすることを業とすることを禁止しています。ここでいう「周旋」とは、法律問題を抱える人を弁護士に紹介し、その対価として報酬を受け取る行為を指します。違反した場合は「2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金」が科されます。

起訴状によると、谷本慎二、志織両容疑者は2023年6月から2025年2月ごろにかけて、弁護士資格がないにもかかわらず、報酬目的で計174人のモームリ利用者を提携先の弁護士に紹介していたとされています。モームリの利用者の中には、退職に伴う未払い給与の請求や退職条件の交渉など、法律上の問題を抱えるケースがありました。民間の退職代行業者にはこうした法律事務を扱う権限がないため、弁護士への紹介自体は利用者の利益になり得るものの、その見返りとして報酬を得ることが弁護士法に抵触したのです。

紹介先の弁護士法人「オーシャン」の梶田潤弁護士と、弁護士法人「みやび」の佐藤秀樹弁護士も同法違反罪で在宅起訴されており、両法人も起訴されました。弁護士側も非弁業者からの事件紹介を受け入れていたことになり、いわゆる「非弁提携」として問題視されています。

労働組合を隠れみのにした報酬の仮装

本事件で特に悪質とされるのが、違法な紹介料の受け渡しを労働組合を使って隠蔽しようとした手口です。アルバトロス社は「労働環境改善組合」という労働組合を設立しており、谷本容疑者の妻が執行委員長を務めていました。

提携先の法律事務所からアルバトロス社の口座に振り込まれた現金は、この「労働環境改善組合」への「賛助金」や、ウェブ広告の「業務委託費」といった名目で処理されていました。警視庁は、これらの組合活動や広告業務には実態がなく、金銭のやり取りは実質的な顧客の紹介料、すなわちキックバックであったとみています。

労働組合の代表者は警視庁の事情聴取に対し、「モームリを運営するための仕組みだった」と説明しており、同組合に本来の労働組合としての活動実態がなかったことが明らかになっています。労働組合という社会的に重要な制度を、違法行為の隠蔽に利用したという点で、事件の深刻さが際立っています。

急成長する退職代行業界の光と影

拡大する市場と若年層の利用

退職代行サービスの市場は近年急速に拡大しています。東京商工リサーチの企業データベースには、「退職代行」を事業目的に掲げる企業が少なくとも50社登録されています。利用者は20代が約60.8%、30代が約26.9%と若年層が中心で、大企業の15.7%が退職代行を通じた退職を経験しているという調査結果もあります。

利用の理由としては、「退職を引き留められた(引き留められそうだから)」が約40%で最多となっており、「自分から退職を言い出せる環境でない」が約32%、「退職を伝えた後トラブルになりそう」が約24%と続きます。パワハラや引き留めの問題など、労働環境に起因する構造的な課題が退職代行サービスの需要を支えていることがわかります。

民間業者・労働組合・弁護士の役割の違い

退職代行サービスには、運営主体によって対応可能な範囲に明確な違いがあります。民間企業が運営する場合、できるのは退職の意思を本人に代わって会社に「伝える」ことだけです。会社側から退職を拒否されたり、条件について交渉を求められたりした場合に、業者が会社と交渉することは非弁行為に該当します。

労働組合が運営する退職代行の場合は、団体交渉権に基づいて会社との交渉が可能です。有給休暇の消化や退職日の調整といった労働条件に関する交渉は、労働組合の正当な活動として認められます。しかし、今回の事件のように、労働組合としての実態がないにもかかわらず組合の名を借りているケースでは、こうした法的根拠は成り立ちません。

弁護士や弁護士法人が運営する場合は、未払い賃金の請求や損害賠償の交渉など、法律事務全般に対応できます。ただし、弁護士が非弁業者から事件の紹介を受けて報酬を支払う「非弁提携」は、弁護士側にも弁護士法違反が問われます。

注意点・展望

モームリ事件は、退職代行業界全体に大きな影響を及ぼすと考えられます。東京弁護士会は2024年11月に「退職代行サービスと弁護士法違反」に関する注意喚起を公表しており、業界に対する法的な監視は今後さらに強まる見通しです。

退職代行サービスの利用を検討している人にとっては、運営主体が民間企業なのか、労働組合なのか、弁護士なのかを確認し、それぞれの対応範囲を理解した上で選択することが重要です。特に、未払い賃金の請求や退職条件の交渉など法律問題が絡む場合は、弁護士に直接依頼することが最も安全な選択肢となります。

一方で、この事件をもって退職代行サービスそのものが違法であるかのように捉えるのは正確ではありません。退職の意思を伝えるだけの代行サービスは適法であり、労働者が安心して退職できる環境を整えるという本来の社会的意義は失われていません。問われているのは、法律で定められた境界線を越えて利益を得ようとした一部の事業者の行為です。

まとめ

退職代行モームリの社長夫妻が弁護士法違反で起訴された本事件は、急成長する退職代行業界における法的コンプライアンスの重要性を改めて浮き彫りにしました。実態のない労働組合を設立し、弁護士への紹介料を「賛助金」として仮装するという手口は、法の抜け穴を悪用した悪質なスキームと言わざるを得ません。

計174人の利用者が違法に弁護士へあっせんされ、提携先の弁護士2名も起訴されるという事態は、業界全体に対する信頼を揺るがすものです。退職代行サービスを利用する際は、運営主体とその対応範囲を十分に確認し、必要に応じて弁護士への直接相談を検討することが、利用者自身の権利を守るために不可欠です。

参考資料:

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