Research

Research

by nicoxz

ニコン、稼ぎ頭不在で問われるBS改革の成否

by nicoxz
URLをコピーしました

はじめに

光学機器の名門ニコンが苦境に立たされています。2026年3月期の連結最終損益は850億円の赤字に転落する見通しで、赤字額は過去最大です。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)から「財務のプロ」として迎えた徳成旨亮社長は、わずか2年で代表権のある会長に退きます。

徳成体制のもとで進めた「攻めのバランスシート(BS)」改革は、ドイツの金属3Dプリンター企業SLMソリューションズの買収で象徴されました。しかしこの約880億円の巨額買収が906億円の減損損失という結果に終わり、成長戦略の柱が崩れました。本記事では、ニコンの経営課題と新体制の展望を分析します。

「財務のプロ」が挑んだBS改革とその限界

徳成旨亮氏の経歴と就任の背景

徳成旨亮氏は三菱UFJ信託銀行の出身で、MUFGのCFO(最高財務責任者)を務めた後、2020年にニコンに入社しました。米国の機関投資家誌「インスティテューショナル・インベスター」でベストCFO(日本の銀行部門)に4年連続で選出された実績を持ちます。銀行出身者がニコンの社長に就くのは約50年ぶりであり、従来の半導体装置事業出身者が社長を務める慣例を破る異例の人事でした。

2024年4月に社長に昇格した徳成氏は、「バランスシートやキャッシュフローを重視し、ニコンの成長を長期間にわたって支える経営基盤を固める」と宣言しました。保守的な財務体質からの脱却を掲げ、積極的なM&Aによる事業ポートフォリオの再構築を目指したのです。

「攻めのBS」が裏目に出た構図

ニコンは2023年にドイツの金属3Dプリンター大手SLMソリューションズ・グループを約880億円で買収しました。これはニコン史上最大のM&Aであり、成長が期待される金属3Dプリンター市場で世界的なプレーヤーを目指す野心的な一手でした。

しかし金属3Dプリンター市場は、ニコン側の想定ほど成長しませんでした。従来のアナログな製造方式からデジタルへの移行が予想より進まず、さらに中国企業との価格競争が激化したことで事業環境が悪化しました。その結果、2026年3月期にSLM関連で906億円の減損損失を計上することになりました。買収額を上回る損失額は、財務のプロの目利きの甘さを浮き彫りにしています。

全事業で稼ぎ頭が不在という深刻な構造

主力3事業すべてが苦戦

ニコンの苦境は3Dプリンター事業だけにとどまりません。主力の3事業すべてが課題を抱えています。

半導体露光装置事業は、最大顧客のひとつである米インテルの業績悪化の影響を受けています。半導体露光装置はニコンの技術力の象徴ですが、EUV(極端紫外線)露光装置の分野ではオランダのASMLが圧倒的なシェアを持ち、ニコンはArF液浸露光装置の領域で戦っています。顧客基盤の縮小が収益を圧迫している状況です。

**映像事業(デジタルカメラ)**は、販売台数こそ増加したものの、製品ミックスの変化と競争激化に伴うプロモーション費用の増加で平均販売単価が下落しました。為替や関税の影響もあり、減収減益となっています。かつてニコンの収益を支えた事業ですが、スマートフォンの高性能化やソニー・キヤノンとの競争が激しく、安定した収益源とは言い難い状況です。

**デジタルマニュファクチャリング事業(金属3Dプリンター)**は前述のとおり、巨額減損を計上し事業の存続自体が問われています。

「縮小均衡」の危機

3つの主力事業がいずれも稼ぎ頭とは言えない現状は、ニコンが「縮小均衡」に陥るリスクを示しています。成長投資の原資となるキャッシュフローが細り、新規事業への投資余力が低下するという悪循環に陥りかねません。

新体制が挑む再建への道

大村泰弘新社長の経歴と戦略

2026年4月1日付で社長CEOに就任する大村泰弘氏は、1992年にニコンに入社した生え抜きの技術者です。光学設計の出身で、顕微鏡やカメラレンズ、半導体露光装置などを担当してきました。直近ではCTO(最高技術責任者)としてヘルスケア事業を統括し、再生医療関連製品の受託製造能力の拡大を推進してきた人物です。

大村氏は「企業価値につながる事業を取捨選択しながら、成長投資余力を生む」と述べています。具体的な成長領域として、次世代ArF液浸露光装置の開発(2029年3月期にプロトタイプ出荷予定)、デジタル露光装置(2027年3月期に発売予定)、映像事業の動画領域の強化を挙げています。

「取捨選択」が問われる局面

新体制にとって最大の課題は、どの事業に経営資源を集中し、どの事業から撤退するかという「取捨選択」です。SLMの減損処理は、ある意味で過去の失敗の清算ですが、金属3Dプリンター事業そのものの今後の位置づけは明確になっていません。

ニコンは遊休資産の売却やR&D費用の削減といった自助努力を進める方針ですが、コスト削減だけでは成長軌道に復帰できないことは明らかです。2026年度からスタートする新中期経営計画(2031年3月期まで)で、どこまで具体的な成長ストーリーを示せるかが問われます。

注意点・展望

ニコンの事例は、「財務のプロ」を外部から招聘して経営改革を図る日本企業の典型的な課題を浮き彫りにしています。バランスシートの改革やM&Aの実行力は金融出身者の強みですが、技術の目利きや事業の成長可能性の見極めには、業界固有の知識が不可欠です。

今後の注目点は以下の3つです。第一に、新中期経営計画で示される成長戦略の具体性です。第二に、半導体露光装置の次世代機開発の進捗状況です。ASMLとの技術格差を縮められるかどうかが長期的な競争力を左右します。第三に、金属3Dプリンター事業の今後の位置づけです。追加投資で再建を目指すのか、縮小・撤退を選ぶのかは、新社長の最初の重要な判断となります。

まとめ

ニコンは過去最大の赤字という厳しい状況のなかで経営体制を刷新します。「財務のプロ」徳成氏が目指したBS改革は、SLM買収の失敗によって大きな傷を残しました。全事業で明確な稼ぎ頭が不在という構造的な課題を、技術者出身の大村新社長がどう打開するかが今後の焦点です。

光学技術で100年以上の歴史を持つニコンが再び成長軌道に乗れるかどうか。新中期経営計画の内容と、新経営陣の「取捨選択」の決断力に注目が集まります。

参考資料:

関連記事

最新ニュース