キヤノンがラピダスに2ナノ半導体を生産委託、国内大手初
はじめに
先端半導体の国産化を目指すラピダス(Rapidus)に、キヤノンが画像処理用半導体の生産を委託することが明らかになりました。国内の大手需要家がラピダスの顧客候補となるのは初めてのことです。
経済産業省が開発費の一部を支援する枠組みも整い、ラピダスにとって最大の課題だった「顧客開拓」が大きく前進する形となります。2027年の量産開始を見据え、日本の半導体産業の競争力回復に向けた動きが加速しています。
この記事では、キヤノンとラピダスの連携の背景、技術的な意義、そして今後の半導体産業への影響について詳しく解説します。
キヤノンとラピダスの連携の全容
NEDO採択プロジェクトとしての位置づけ
今回の連携は、単なる民間企業同士の取引にとどまりません。キヤノンと半導体設計大手の米シノプシス(Synopsys)の日本法人は2026年3月3日、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募した「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」に採択されたことを発表しました。
このプロジェクトでは、キヤノンの画像処理技術とシノプシスの設計技術を融合し、2ナノメートル世代の微細プロセス技術を基盤とした画像処理用SoC(System on Chip)の設計技術開発を行います。試作はラピダスの北海道千歳市にある工場で実施される予定です。
2ナノメートル半導体の技術的意義
回路線幅2ナノメートルは、現在の最先端半導体の中でも特に微細な製造技術を必要とします。1ナノメートルは10億分の1メートルであり、原子数個分のスケールでの加工精度が求められます。
2ナノメートル世代の半導体は、従来の技術と比較して演算性能の大幅な向上と消費電力の低減を同時に実現できます。特に画像処理の分野では、自動運転車のリアルタイム画像認識、遠隔医療での高精細映像処理、監視カメラの高度なAI解析など、膨大なデータを瞬時に処理する能力が不可欠です。
チップレット技術の活用
今回のプロジェクトでは、2ナノメートルの微細プロセス技術に加え、チップレット技術の活用も計画されています。チップレットとは、複数の小さなチップを高密度で統合する技術です。異なる機能を持つチップを組み合わせることで、高性能かつ低消費電力を実現しつつ、製造コストの最適化も図れます。
ラピダスの現状と量産への道筋
千歳工場の試作ライン稼働状況
ラピダスは2025年4月1日、北海道千歳市の次世代半導体製造拠点「IIM-1」において、2ナノメートル世代の先端半導体に向けた試作ラインの稼働を正式に開始しました。装置200台以上を設置し、工程数300に及ぶ複雑な製造プロセスの立ち上げに成功しています。
2025年7月には、2ナノメートル級半導体の試作に成功し、正常な動作確認も完了しました。この成果は「世界でもまれに見る異例のスピード」と評価されています。ラピダスは試作成功を受け、顧客候補やサプライヤー約200人を招いた披露会も開催しました。
2027年量産開始に向けたロードマップ
ラピダスの事業計画によると、量産開始時には月産6,000枚のウエハー生産からスタートし、1年以内に月産25,000枚まで生産能力を4倍に拡大する方針です。設計に必要なPDK(Process Design Kit)は2025年度末までに公開予定で、顧客企業による試作品を用いたプロトタイピングが可能になります。
2026年前半は半導体の特性確認を進め、その成果を顧客候補に提示する段階です。後半には具体的な顧客名が明らかになる見通しとされており、今回のキヤノンとの連携発表はまさにそのスケジュールに沿った動きです。
資金調達の進展
ラピダスは2026年2月、日本政府と民間企業から総額2,676億円(約17億ドル)の資金調達を完了したと発表しました。民間からの出資は32社から合計1,676億円に上り、キヤノンのほかに日本政策投資銀行、富士通、NTT、ソフトバンク、ソニーグループなどが名を連ねています。
国内半導体産業への影響と今後の展望
顧客開拓の突破口
ラピダスにとって、キヤノンという国内大手メーカーが顧客候補として名乗りを上げた意義は極めて大きいです。先端半導体のファウンドリ(受託製造)事業では、台湾のTSMCやサムスン電子が圧倒的なシェアを持っています。後発のラピダスが顧客を獲得するには、実績の積み上げが不可欠です。
キヤノンとの連携が成功すれば、他の国内企業にもラピダスへの発注を促す呼び水効果が期待できます。経済産業省による開発費支援も、企業がラピダスとの連携に踏み出すハードルを下げる役割を果たしています。
残る課題とリスク
一方で、課題も少なくありません。2ナノメートル世代の量産では、歩留まり(良品率)の向上が最大の技術的課題です。試作と量産では求められる品質水準が異なり、安定した歩留まりを確保できるかが事業の成否を分けます。
また、TSMCも2ナノメートル世代の量産を計画しており、ラピダスは技術面だけでなくコスト競争力でも勝負する必要があります。さらに、総額5兆円規模とされる設備投資の追加資金調達も引き続き課題です。
まとめ
キヤノンがラピダスに2ナノメートル半導体の生産を委託する今回の動きは、日本の半導体国産化戦略において重要なマイルストーンです。国内大手初の顧客候補として、ラピダスの事業化に向けた信頼性を大きく高めるものとなります。
NEDO採択のプロジェクトとして経産省の支援も受けながら、キヤノンの画像処理技術とシノプシスの設計技術を融合した先端半導体の開発が進められます。2027年の量産開始に向けて、今後も顧客開拓や技術開発の動向に注目が集まります。
参考資料:
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