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by nicoxz

野村HD・伊藤忠が事業承継ファンド設立へ、従業員承継を後押し

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はじめに

日本の中小企業が直面する深刻な後継者不足問題に対し、大手金融・商社が新たな解決策を打ち出しました。野村ホールディングス(HD)や伊藤忠商事、三井住友信託銀行が連携し、中小企業の従業員への経営承継を支援するファンドを立ち上げます。このファンドは、オーナー経営者が保有する株式を買い取り、後継社長となる従業員に対して段階的に経営権を移す仕組みを提供するものです。帝国データバンクの調査によれば、2024年時点で全国企業の後継者不在率は52.1%に上り、依然として半数以上の企業が後継者を確保できていません。こうした状況を打開するため、官民を挙げた取り組みが加速しています。

新ファンドの仕組みと特徴

EBO型の従業員承継モデル

今回設立されるファンドは、いわゆるEBO(エンプロイー・バイアウト)の手法を活用したものです。EBOとは、企業の従業員が自社の株式を取得して経営権を引き継ぐ事業承継の一形態で、オーナー経営者の引退時に社内の人材が後継者となることを可能にします。

具体的な仕組みとしては、まずファンドがオーナー経営者から保有株式を買い取ります。その後、後継社長候補として選ばれた従業員に対して、段階的に株式を移転していきます。これにより、従業員は一度に多額の資金を用意する必要がなくなり、経営権の移行もスムーズに進められます。

各社の役割分担

ファンドの運営体制では、野村HDの子会社である野村リサーチ・アンド・アドバイザリー(NR&A)がファンドを管理する投資事業有限責任組合の運営を担います。NR&Aは、これまでもサーチファンドの分野で実績を積んできた企業です。2021年には、Japan Search Fund Accelerator(JaSFA)と共同で「ジャパン・サーチファンド・プラットフォーム」を設立し、58億円規模のファンドを運用してきた経験があります。

一方、伊藤忠商事と三井住友信託銀行は出資者としてファンドに参加します。特に伊藤忠商事は、2024年11月に米国の事業承継スタートアップであるTeamshares社との資本提携を発表しており、従業員承継の分野に積極的に関与する姿勢を見せています。Teamshares社は独自の「従業員承継実現モデル」を持ち、米国で90社以上の事業承継を成功させた実績があります。こうした知見を日本市場に導入する狙いもあると考えられます。

従来のM&Aとの違い

従来の事業承継では、第三者へのM&A(合併・買収)による売却が一般的な選択肢の一つでした。しかし、M&Aでは企業文化が大きく変わったり、従業員の雇用条件が見直されたりするリスクがあります。今回のEBO型ファンドでは、社内の人材が経営を引き継ぐため、企業の理念や文化を維持しやすく、従業員にとっても安心感のある承継が実現できます。また、オーナー経営者にとっても、長年育ててきた会社を信頼できる社内の人材に託せるというメリットがあります。

深刻化する後継者不足と事業承継の現状

数字で見る後継者問題

日本の中小企業における後継者不足は、長年にわたって深刻な社会問題となっています。帝国データバンクが実施した全国約27万社を対象とした2024年の調査では、後継者不在率は52.1%で、7年連続の改善とはなったものの、依然として半数を超える水準にあります。特に注目すべきは、経営者年齢が70歳以上である企業の割合が2000年以降で最高水準に達している点です。

中小企業庁の分析によれば、経営者が70歳以上の企業は約245万社に上り、そのうち約127万社が後継者不在のまま廃業・倒産の危機に直面する可能性があると指摘されています。もし127万社が廃業した場合、約650万人の雇用が失われ、約22兆円のGDPが消失するという試算もあり、日本経済全体にとっても看過できない問題です。

変わりつつある承継の形

一方で、事業承継の在り方にも変化が見られます。2024年の帝国データバンク調査では、「内部昇格」による事業承継が36.4%と、「同族承継」の32.2%を上回りました。これは、親族以外の人材が経営を引き継ぐ「脱ファミリー化」の傾向が加速していることを示しています。

こうした流れの中で、EBOやサーチファンドなど、従来とは異なる手法による事業承継が注目を集めています。サーチファンドとは、経営者候補(サーチャー)に先行投資し、事業承継問題を抱える企業とマッチングした上で買収・経営に当たらせる仕組みです。野村HDは2021年からJaSFAと共同でサーチファンド事業に取り組んでおり、今回のEBO型ファンドはその経験を発展させたものといえます。

政策面での後押し

政府も事業承継問題への対応を強化しています。「事業承継税制(特例措置)」では、2027年12月末までの期間限定で、非上場株式に係る贈与税・相続税の負担を実質ゼロとする制度が設けられています。ただし、この特例を受けるための「特例承継計画」の提出期限は2026年3月31日までとなっており、残された時間は限られています。

また、2025年度の税制改正では後継者の役員就任要件が緩和されるなど、制度面での環境整備も進んでいます。さらに、事業承継・引継ぎ補助金として、承継に伴う新たな取り組みに必要な費用の最大3分の2を国が補助する制度も運用されています。

注意点と今後の展望

EBO型の事業承継ファンドは、後継者不足に悩む中小企業にとって有力な選択肢となり得ますが、いくつかの留意点もあります。まず、後継社長候補となる従業員に十分な経営能力があるかどうかの見極めが重要です。優秀な技術者や営業担当者が、必ずしも優れた経営者になれるとは限りません。ファンドとしても、経営者候補の育成支援や外部専門家によるサポート体制の整備が求められるでしょう。

また、ファンドの出口戦略も注目点です。一般的なPEファンドでは一定期間後の売却によるリターンを目指しますが、従業員承継を目的とするファンドでは、従業員への株式移転完了をもって投資が完了する形となります。この仕組みが投資家にとって十分な収益性を確保できるかどうかが、今後の普及の鍵を握ります。

今後は、野村HD・伊藤忠のファンドのような取り組みが増えることで、従業員承継という選択肢がより身近なものになることが期待されます。米国ではTeamshares社が90社以上の承継を実現しており、日本でも同様のモデルが広がる余地は十分にあるといえるでしょう。

まとめ

野村HD・伊藤忠商事・三井住友信託銀行による事業承継ファンドの設立は、深刻化する中小企業の後継者不足問題に対する民間からの新たな回答です。従業員が経営を引き継ぐEBO型のモデルは、企業文化の維持や雇用の安定といった面で大きなメリットがあります。後継者不在率が依然として50%を超える中、こうした官民挙げての取り組みが事業承継の新たなスタンダードとなるか、今後の動向が注目されます。事業承継を検討中のオーナー経営者にとっては、従来のM&Aや親族承継に加えて、従業員承継という第三の選択肢を視野に入れる好機といえるでしょう。

参考資料

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