ラピダスが挑む半導体復権、官民7兆円投資の成否

by nicoxz

はじめに

1980年代、世界の半導体市場で50%を超えるシェアを誇った日本。しかし、日米半導体摩擦やビジネスモデルの変化に対応できず、現在のシェアは10%程度まで低下しています。この危機的状況を打開すべく、2022年に設立された国策企業「ラピダス」が、最先端の2nm(ナノメートル)半導体の国産化という壮大な挑戦に乗り出しました。

トヨタ、ソニー、デンソーなど日本を代表する8社が出資し、官民合わせて7兆円を超える投資を投入する一大プロジェクト。2025年4月には北海道千歳市の工場で試作ラインの稼働を開始し、2027年の量産化を目指しています。設立者である東哲郎会長は「これを逃すと後はない」と強調しますが、台湾TSMCとの技術格差や人材確保など、克服すべき課題は山積しています。本記事では、ラピダスの現状と日本の半導体産業復活の可能性について、最新情報をもとに詳しく解説します。

ラピダスの挑戦:2nm半導体への道のり

北海道千歳工場の現状

ラピダスは2025年4月1日、北海道千歳市の次世代半導体製造拠点「IIM(イーム)」において、2nm世代の先端半導体に向けた試作ラインの稼働を正式に開始しました。この施設は千歳市のビビビワールド工業団地に建設され、日本の半導体産業復活の象徴的な存在となっています。

2024年12月25日にはオランダASML社製のEUV(極端紫外線)露光装置の搬入を開始し、わずか3か月後の2025年4月には同装置を用いた露光を初めて実施しました。この立ち上げスピードは世界的にも類例がないとされ、関係者を驚かせています。順調に進めば2025年7月中旬から下旬にかけて、300mmウェハを使用した2nm GAA(ゲートオールアラウンド)トランジスタの最初の試作品が完成する見込みです。

技術開発の進捗状況

ラピダスが採用する2nmプロセスは、GAA技術を用いた世界最先端の半導体製造技術です。2025年7月18日には、千歳工場で製造した2nm GAA トランジスタの試作に成功し、この試作品を顧客やパートナー企業に披露しました。著名な半導体技術者ジム・ケラー氏は「ラピダスの試作品データは非常に良かった」と高く評価しています。

設計に必要なPDK(プロセス・デザイン・キット)は2025年度末までに公開される予定で、これにより顧客企業による試作が可能になります。しかし、小池社長は現状について「まだ1合目」と述べており、量産化までには多くのハードルが残されていることを示唆しています。

7兆円規模の投資計画

ラピダスの量産までに必要な投資総額は7兆円を超える見込みで、これは単独の半導体プロジェクトとしては国内史上最大規模となります。このうち政府からの支援は累計2.9兆円規模に達しており、2025年度には経済産業省から追加で最大8025億円の支援を受けることが決まっています。

さらに民間資金として、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3メガバンクが最大2兆円の融資意向を表明しました。2025年12月には、政府がラピダスの民間融資に対し最大8割を債務保証する方針を固めたと報じられており、実質的な国有化に近い状況となっています。

日本の半導体産業:栄光から凋落、そして再挑戦

1980年代の栄光

1986年、日本は半導体販売金額シェアで米国を抜き、世界トップに躍り出ました。NEC、東芝、日立、富士通、松下、三菱電機など、世界の半導体メーカー上位10社のうち6社を日本企業が占め、日本製半導体は実に50%もの占有率を誇りました。

特にDRAM(メモリ半導体)では1987年に256KDRAMを中心に世界シェア80%を占めるに至り、「日の丸半導体」の黄金時代を迎えました。高い品質と信頼性で世界の電子産業を支え、日本の経済成長を牽引する基幹産業でした。

凋落の要因

しかし、その後日本の半導体産業は急速に衰退していきます。主な要因は次の3つです。

第一に、1986年の日米半導体協定による政治的圧力です。日本市場における海外製半導体シェアを20%程度まで引き上げることが要求され、1987年4月にはレーガン大統領が日本のパソコンやカラーテレビなどのハイテク製品に100%の高関税をかけました。この政治的圧力により、日本の半導体開発の勢いは大きく削がれました。

第二に、ビジネスモデルの変化への対応遅れです。世界的には設計と製造を分離する水平分離型(ファブレス・ファウンドリ)のビジネスモデルが主流となりましたが、日本企業は従来の垂直統合型から脱却できず、台湾TSMCや韓国サムスンなどの専業ファウンドリに大きく遅れをとりました。

第三に、市場ニーズの変化です。20世紀終盤から21世紀にかけて、需要は通信機器や家電製品からパソコンやスマートフォンへと移行し、品質重視から大量生産が求められるようになりました。日本企業はこの変化に対応できず、シェアを失っていきました。

現在の状況と政府の戦略

現在、日本の半導体産業は世界シェア10%程度まで低下し、最先端技術といわれる2ナノレベルの半導体を生産する技術はありません。2025年の世界の半導体生産能力予測では、日本のシェアは15%で世界4位を維持する見込みですが、かつての栄光には遠く及びません。

この状況を打開するため、日本政府は半導体産業を経済安全保障の要と位置づけ、大規模な支援を行っています。2024年11月、石破茂首相は2030年度に向けて半導体・AI分野に10兆円以上の規模の公的支援を行うことを表明しました。ラピダスはその中核プロジェクトとして位置づけられています。

TSMCとの競争:技術格差と差別化戦略

タイムラインの差

ラピダスが直面する最大の課題は、台湾TSMCとの技術格差です。TSMCは2025年内にも2nmの量産を開始する予定で、すでに欧米大手顧客との長期契約を進めています。一方、ラピダスは2027年度の量産開始を目指しており、約1年半の遅れがあります。

半導体業界では、最先端プロセスにおいて数か月の遅れが市場シェアに大きな影響を与えます。TSMCはすでにAppleやNVIDIAといった世界的なIT企業と密接な関係を築いており、ラピダスがこれらの顧客を奪取することは容易ではありません。

ラピダスの差別化戦略

こうした状況の中、ラピダスは大量生産ではなく「多品種少量生産」と「高い信頼性」を武器に差別化を図る戦略を掲げています。顧客ごとのニーズに細かく応える柔軟性や、日本企業が伝統的に得意としてきた高品質・高信頼性を強みとする考えです。

IBM幹部は「27年にはTSMCと競争可能になる」と述べており、技術提携先であるIBMからの支援に期待が集まっています。また、ラピダスは設立3年で平均年齢が50歳を切るまで若返りを進めており、TSMCとの人材争奪戦も激しさを増しています。

専門家の懸念

しかし、専門家からは厳しい見方も示されています。2nmプロセスは世界的に確立されていない技術で、TSMCやサムスンでさえ歩留まりの改善には数年を要すると見込まれています。ラピダスには大量生産のノウハウが不足しており、業界連携の弱さも指摘されています。

また、明確な顧客が不在であることも懸念材料です。既存大手との差別化が見えず、多品種少量生産という戦略が本当に市場ニーズに合致するのか、疑問視する声もあります。

注意点と今後の展望

克服すべき課題

ラピダスが成功するためには、いくつかの重要な課題を克服する必要があります。第一に、技術的な歩留まり向上です。試作に成功したとはいえ、量産レベルの歩留まりを達成するには数年を要する可能性があります。

第二に、顧客開拓です。現時点では具体的な顧客が明示されておらず、量産開始までに確実な需要を確保できるかが鍵となります。自動車産業や防衛産業など、高信頼性を重視する分野での需要開拓が期待されています。

第三に、人材確保です。TSMCとの人材争奪戦は激しく、若返りを進めてはいるものの、世界トップレベルの技術者を十分に確保できるかは不透明です。

国際情勢との関連

半導体は経済安全保障上の重要な戦略物資であり、米中対立の激化により各国が国内生産能力の強化を進めています。日本にとっても、先端半導体の安定供給は国家安全保障の要となっており、ラピダスの成否は単なる経済問題を超えた戦略的重要性を持っています。

米国は同盟国との半導体サプライチェーン構築を進めており、ラピダスが成功すれば日米の戦略的連携を強化する要素となります。一方で、失敗すれば国内の半導体生産能力の脆弱性が浮き彫りになり、安全保障リスクが高まる可能性があります。

過去の失敗から学べるか

日本の半導体産業には、過去にも国策プロジェクトの失敗例があります。液晶パネルメーカーのジャパンディスプレイ(JDI)は政府支援を受けながらも経営難に陥り、「日の丸連合」の限界を露呈しました。

経済産業省自身が「日の丸連合は失敗だった」と反省を表明しており、ラピダスについては「それまでの日の丸連合とはまったく違う」と強調しています。IBMやベルギーのimecなど海外企業との技術提携、若い人材の積極的な登用、民間企業主導の経営など、過去の失敗を教訓とした新しいアプローチを取っています。

まとめ

ラピダスは、日本の半導体産業復活をかけた最後のチャンスといえるプロジェクトです。官民合わせて7兆円を超える投資を投入し、2025年には試作に成功するなど一定の成果を上げています。しかし、TSMCとの技術格差、顧客開拓、人材確保など、克服すべき課題は依然として山積しています。

東哲郎会長が「これを逃すと後はない」と強調するように、このプロジェクトの成否は日本の半導体産業の未来を左右します。2027年の量産開始に向けて、技術開発、顧客開拓、人材確保を着実に進められるか、今後の動向に注目が集まります。

過去の失敗を教訓とし、海外との連携を深めながら、日本の強みである高品質・高信頼性を活かした差別化戦略が成功するか。ラピダスの挑戦は、日本の産業政策のあり方を問う重要な試金石となるでしょう。

参考資料:

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