「SaaSの死」AIエージェントが業務ソフトを代替へ
はじめに
「ソフトウェアは世界を食べた。今やAIがソフトウェアを食べている」
この言葉が象徴するように、SaaS(Software as a Service)企業の株価が軟調に推移しています。人工知能(AI)、特にAIエージェントに業務が代替される懸念が強まり、米セールスフォースなど大手4社の時価総額は2025年末から1か月足らずで約15兆円減少しました。
本記事では、「SaaSの死」と呼ばれる現象の実態、AIエージェントがもたらす業界構造の変化、そして今後の展望について解説します。
SaaS株価の急落が示す市場の変化
2026年初頭の株価急落
2026年の幕開けは、SaaS企業にとって厳しいものでした。1月の最初の取引日、セールスフォースは3.5%下落し、Adobeは5.4%急落しました。ServiceNowは4.4%、Workdayは5.8%の下げを記録しています。
Workdayの株価は2025年に17%下落した後、2026年に入ってからさらに15%下落しました。SaaSインデックス全体も2025年を通じて6.5%下落しており、S&P500が17.6%上昇したのとは対照的な動きとなっています。
アナリストの格下げが相次ぐ
KeyBanc Capital MarketsはServiceNowとAdobeを「アンダーウェイト」に格下げしました。アナリストのジャクソン・エイダー氏は、AI、バリュエーション、成長モメンタムを巡るリスクが高まっていると指摘しています。
Adobeについては、「収益の減速、限られたマージン上昇余地、AIによる競争上の脅威」からバリュエーションのディスカウントは正当化されると評価されています。
歴史的な下落の背景
SaaS業界は以前にも大きな調整を経験しています。2022年には累計時価総額が2兆ドルを超えた後、約1兆ドル(約50%)減少する大暴落がありました。今回の下落は、その記憶が新しい中での出来事です。
ただし、今回の懸念はバリュエーションの問題だけではありません。AIがSaaSのビジネスモデル自体を脅かしているという構造的な問題が指摘されています。
AIエージェントがSaaSを脅かす理由
「AIラッパー」から「AIエージェント」へ
2023年から2024年にかけては、ChatGPTを活用した「AIラッパー」が市場に溢れました。これはメール作成や文章生成を支援するシンプルなインターフェースでした。
しかし2026年に入り、市場は「エージェンティック・ワークフロー」へと急速にシフトしています。その違いは明確です。AIラッパーは「あなたが仕事をするのを助ける」のに対し、AIエージェントは「あなたの代わりに仕事をする」のです。
SaaS利用の8割がAIエージェントで代替可能
ある試算では、レポート作成、カレンダー管理、メールなど、日常的なSaaS利用の約80%がAIエージェントによってより効率的に処理できるとされています。
あるマーケティングチームは、10以上のツールから週次パフォーマンスレポートを自動生成するエージェントを導入し、作業時間を6時間から30分未満に短縮しました。企業はサブスクリプション型のSaaSツールを捨て、代わりにAIエージェントを採用する動きを見せています。
3年以内にルーティン業務が移行
Bain & Companyの分析によると、3年以内にあらゆるルーティン的でルールベースのデジタルタスクが「人間+アプリ」から「AIエージェント+API」へと移行する可能性があります。
AIエージェントがSaaSアプリケーションが提供する「ビジネスロジック」層を代替できるなら、SaaS層は顧客にとって独自かつ不可欠な価値を創造する場合にのみ生き残れることになります。
SaaS企業の対応と業界の構造変化
セールスフォースの「Agentforce」戦略
セールスフォースはこの変化に適応するため、「Agentforce」という独自のAIエージェントツールを発表しました。同社の発表によると、Agentforce ARR(年間経常収益)は前年比330%成長しており、生成AI統合への取り組みが加速していることを示しています。
一部のアナリストは、セールスフォースがAIディスラプションへの懸念にもかかわらず、堅調なトップライン成長とマージン拡大が見込めるとして、2026年のトップピックに挙げています。
価格モデルの変革が進む
IDCは、従来のユーザー当たり・月額課金モデルが、デジタル労働が人間の作業を代替するにつれて陳腐化していくと予測しています。
2028年までに、純粋なシートベース(座席数ベース)の価格設定は時代遅れとなり、ソフトウェアベンダーの70%が消費量、成果、組織能力などの新しい価値指標に基づいて価格戦略を再構築すると予測されています。
WorkdayのCEOは「過大評価」と反論
WorkdayのCEOは、AIがソフトウェアを殺すという言説は「過大評価されている」と反論しています。実際、多くのエージェンティックAI実装は失敗しており、成功しているのは業務を再構想し、エージェントを労働者として管理している先進的な組織に限られるという指摘もあります。
注意点・今後の展望
SaaSは「死」ではなく「変態」
「SaaSは死んでいない。変態(メタモルフォーゼ)しているのだ」というのがIDCの見解です。ソフトウェア業界はAI、自動化、成果ベースの経済学によって定義される新たな章に入っています。
技術革命は通常、二者択一ではありません。完全な置き換えではなく、新旧が混在するエコシステムが生まれることが多いです。SaaSベンダーはAIを深くプラットフォームに組み込み、AIエージェントの知性とSaaSの専門的な強みを活かすハイブリッドソリューションを提供する可能性があります。
2026年の見通し
Gartnerは、2026年までに企業アプリケーションの40%がタスク固有のAIエージェントを搭載すると予測しています。別の調査では、2026年までに企業アプリの80%がエージェントを組み込むと見込まれています。
経営幹部の約85%が、2026年までに従業員がAIエージェントの推奨に基づいてリアルタイムのデータ駆動型意思決定を行うようになると考えています。
投資家への示唆
一部のアナリストは、現在のSaaS株の下落は行き過ぎだと指摘しています。Bank of Americaは「SaaS株の売りは過剰」との見方を示しています。
しかし、AIを取り巻く環境は驚くべき速さで変化しており、専門家でさえ「12か月後にAIの状況がどうなっているかを正確に予測するのは難しい」と語っています。
まとめ
「SaaSの死」という言葉は過激かもしれませんが、業界が大きな転換点にあることは間違いありません。AIエージェントの台頭により、従来の「ユーザー当たり課金」モデルは根本から問い直されています。
セールスフォースをはじめとする大手SaaS企業は、自らAIエージェントを提供することで、この変化に適応しようとしています。一方で、適応に遅れた企業は市場から淘汰される可能性があります。
今後数年間で、SaaS業界は「サービスとしてのソフトウェア」から「ソフトウェアとしてのサービス」へと変貌を遂げていくでしょう。投資家や企業にとって、この構造変化を理解し、適切に対応することが重要です。
参考資料:
- Will Agentic AI Disrupt SaaS?
- IDC - Is SaaS Dead? Rethinking the Future of Software in the Age of AI
- Salesforce: Top Pick For 2026, The Death Of SaaS Has Been Overstated
- Workday CEO calls narrative that AI is killing software ‘overblown’
- KeyBanc downgrades Adobe and ServiceNow on AI risks
- 2026 Is Shaping Up To Be A Hard Year For Software
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