三菱UFJが導入する「AI行員」とは?金融DXの最前線を解説
はじめに
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が、行員と一緒に業務を担う「AI行員」の導入を2026年1月から順次開始しました。スピーチライターや中途社員への問い合わせ対応など、特定の20業務でそれぞれAIエージェントを配置するというものです。
この取り組みは、MUFGが目指す「AIネーティブ」な組織作りの象徴的な施策と位置づけられています。人間とAIを融合させ、業務の高度化と効率化を同時に実現しようという野心的なプロジェクトです。
本記事では、三菱UFJの「AI行員」導入の詳細と、金融機関におけるAIエージェント活用の最前線について解説します。
三菱UFJのAI戦略
600億円の巨額投資
三菱UFJは生成AIへの投資として約600億円という巨額の予算を確保しています。約4万人以上の行員を巻き込む全行的な変革プロジェクトとして、生成AIを軸にした組織再構築を進めています。
この投資は単なるツール導入にとどまりません。2024年にはデジタル戦略統括部内に「AI・データ推進グループ」を立ち上げ、約50名体制でMUFGグループ全体のAI活用をリードする司令塔として機能させています。グループ横断で60件を超えるAI導入プロジェクトが同時並行で進行中です。
社内AI「AI-bow(アイボウ)」
三菱UFJ銀行では、Azure OpenAI Serviceをベースにした社内向けAIツール「AI-bow(アイボウ)」を導入しています。「仕事のパートナー(相棒)」のように活用できる存在として位置づけられており、2025年8月時点で約4万人の行員が利用しています。
AI-bowは、文書作成の支援、情報検索、アイデア出しなど、日常業務のあらゆる場面で活用されています。行員からは「これなしでは仕事ができない」という声も上がっており、生成AIが業務インフラとして定着しつつあります。
AIエージェントとは何か
従来のAIとの違い
AIエージェントとは、人間の指示を受けて自律的にタスクを実行するAIシステムです。従来の生成AIが「質問に答える」「文章を作成する」といった単一のタスクを行うのに対し、AIエージェントは複数のタスクを自ら判断して連続実行できます。
例えば、従来のAIがコールセンターで通話のテキスト化やFAQの提示を「支援」するのに対し、AIエージェントは通話内容をリアルタイムで理解・要約し、顧客の要望に応じて関連システムの情報を自ら検索・更新します。通話終了後には応対履歴の作成から関連部署へのエスカレーションまでを自動で完結させます。
「ツール」から「主体」へ
AIエージェントは単なる「ツール」ではなく、業務を遂行する「主体」として機能します。人間の行員と同様に、特定の業務領域を担当し、自律的に判断しながら仕事を進めることができます。
三菱UFJが導入する「AI行員」は、まさにこのAIエージェントの概念を体現したものです。スピーチライターとしてのAI行員は、経営陣のスピーチ原稿を自律的に作成し、中途社員対応のAI行員は、新しく入社した社員からの問い合わせに対して必要な情報を自ら検索して回答します。
金融機関でのAIエージェント活用事例
融資稟議書作成の革新
IBMが手掛けた銀行の事例では、融資稟議書作成アプリケーションをマルチAIエージェントで開発しました。従来2時間ほどかかっていた融資稟議書の作成作業が、わずか数分で完了できるようになり、作業時間の実に95%を削減することに成功しています。
さらに注目すべきは、「現役行員が作成した稟議書よりも、AIエージェントによって自動生成された稟議書の方が精度・内容ともに明らかに優れている」という結果が出ていることです。AIエージェントは単なる効率化だけでなく、業務品質の向上にも貢献しています。
Salesforce「Agentforce」の導入
三菱UFJ銀行は2025年8月、Salesforceの金融業界特化型AIエージェント「Agentforce for Financial Services」を国内で初めて導入することを決定しました。このシステムは金融業における主要なタスクを自動化する業種別の事前作成済アクションを200種類以上備えています。
具体的には、面談前の顧客インサイト提示、面談中のフォロー、面談後の営業担当者向けフォローアップなど、営業活動の全プロセスをAIエージェントがサポートします。営業担当者とAIエージェントの協働により、顧客対応の高度化を目指しています。
他の金融機関での動向
国内メガバンクの取り組み
みずほ銀行でも、AIエージェントの活用が進んでいます。加藤勝彦頭取自らがAIエージェントの構築を体験し、自然言語による簡単な指示だけでAIエージェントが自律的にタスクを分解し、わずか1分程度で来店予約システムのプロトタイプを完成させる様子を実見しました。
大和証券などの証券会社でもAIエージェントを活用した業務効率化が進んでおり、金融業界全体でAIエージェントの導入競争が加速しています。
海外金融機関の先行事例
米国の大手金融機関も積極的にAIエージェントを導入しています。BNYはコーディングや支払い指示の検証といった分野でAIエージェントが自律的に業務を遂行する取り組みを進めています。
JPモルガン・チェースは法務分野で「LAW(Legal Agentic Workflows for Custody and Fund Services Contracts)」を導入し、複雑な法的文書に対する問い合わせを92.9%の精度で処理しています。AIエージェントが専門的な知識を要する分野でも実用レベルに達していることを示す事例です。
今後の展望と課題
2026年度末の目標
三菱UFJは中期経営計画の完了時点(2026年度末)に向けて、「単なる効率化に留めず、いたるところでAIが使われている状態」を目指しています。AIの視点から業務、システム、データを整備し、AIがより真価を発揮しやすい環境を整備していく方針です。
Sakana AIとの協業
三菱UFJ銀行は2025年5月、AI開発企業であるSakana AIとパートナーシップ契約を締結しました。複雑な思考や高度な専門知識を必要とする社内外文書作成プロセスの自動化に取り組んでいます。独自のAI技術開発も視野に入れた、より深い次元でのAI活用を目指しています。
課題と注意点
AIエージェントの導入には課題もあります。金融機関では顧客情報の保護やコンプライアンスが極めて重要であり、AIの判断が適切かどうかを人間が監視する仕組みが必要です。また、AIが誤った判断をした場合の責任の所在も明確にする必要があります。
さらに、行員のスキル変化への対応も重要です。AIが定型業務を担うようになると、人間の行員には、より高度な判断や顧客との関係構築といった、AIにはできない業務への集中が求められます。
まとめ
三菱UFJが導入する「AI行員」は、金融機関におけるAI活用の新たな段階を示すものです。600億円の投資と4万人体制での導入は、日本の金融業界において前例のない規模のAIトランスフォーメーションと言えます。
AIエージェントは単なる業務効率化ツールではなく、業務を自律的に遂行する「主体」として機能します。融資稟議書作成で95%の時間削減を実現した事例が示すように、AIエージェントは金融業務の根本的な変革をもたらす可能性を秘めています。
今後、他の金融機関でも同様の取り組みが加速することが予想されます。AIと人間が協働する「AIネーティブ」な金融機関の姿が、少しずつ現実のものとなりつつあります。
参考資料:
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