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by nicoxz

IHIが原発部品増産に200億円投資、次世代原子炉需要を見据える

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はじめに

IHIは、原子力発電所向け部品の増産に向けて今後3年間で200億円程度を投資すると発表しました。横浜工場での製造ラインの追加や設備更新を検討し、原子炉圧力容器や格納容器といった主要機器の生産能力を引き上げます。

この投資判断の背景には、AIの普及に伴う電力需要の急増と、世界的な原子力発電の再評価があります。データセンターの電力消費が急拡大する中、米国テック大手が原発回帰を鮮明にし、日本政府も原子力の「最大限活用」へと政策を転換しました。

この記事では、IHIの原子力事業戦略、世界と日本の原発政策の変化、そして原発産業を支えるサプライチェーンの課題について解説します。

IHIの原子力事業戦略

200億円投資の内容

IHIは横浜工場(横浜市磯子区)で、原発部品の製造ラインの追加や設備更新を検討しています。生産能力の具体的な拡大幅については今後詰めていく方針ですが、増産対象となるのは原子炉圧力容器や原子炉格納容器といった原発の心臓部を構成する主要機器です。

横浜工場は1971年に東京電力福島第一原発1号機向けに日本初の原子炉圧力容器を納入して以来、国内外の原発に主要機器を供給してきた歴史があります。1973年には米国機械学会(ASME)認定のN/NPTスタンプを取得し、国際的な品質基準を満たす製造能力を有しています。

売上1000億円への成長目標

IHIは原子力事業の売上収益を2030年代に1000億円規模に引き上げる目標を掲げています。2024年度の原子力事業売上収益は420億円にとどまっており、国内の再稼働対応が一段落したことが要因です。

今後は大型・小型の次世代原子炉向けに原子炉圧力容器や格納容器をグローバル展開するほか、再処理・廃炉といったバックエンド事業の規模拡大も図ります。

小型モジュール炉(SMR)への取り組み

IHIは2021年に米国の小型モジュール炉(SMR)開発企業ニュースケール・パワーに約20億円を出資し、SMR市場への参入を果たしました。

2025年5月には、ニュースケール社のSMR向け「鋼製モジュール」の試作品を横浜工場で公開しました。サイズは約長さ9m×幅1.2m×高さ6m、重量約46トンで、原子炉建屋の壁として使用されます。高強度ステンレス鋼の溶接技術を確立し、実機製作への最終検証を進めています。

ニュースケール社はルーマニアでのSMR建設を計画しており、建設が正式決定するのは2026年頃の見込みです。IHIは同プロジェクトへの部材供給を見据えています。

AI時代の電力需要と原発回帰

データセンターの電力消費急増

国際エネルギー機関(IEA)は、世界の電力需要が今後3年間で年平均3.4%のペースで増加すると予測しています。特にデータセンター、AI、暗号通貨セクターの電力消費は、2026年までにほぼ倍増する見通しです。

2022年に世界全体で推定460TWhだったデータセンターの総電力消費量は、2026年には1000TWhを超える可能性があります。これは日本の年間電力消費量とほぼ同等の規模です。

米国テック大手の原発戦略

この電力需要急増に対応するため、米国のテック大手が原発回帰を鮮明にしています。グーグルは2024年10月、SMR開発企業カイロス・パワーとの間で電力調達契約を締結しました。2030年までに最初のSMRを稼働させ、2035年までに複数基を追加する計画です。

「脱炭素」と「電力需要増」という二つの要請に対応できる電源として、SMRへの期待が急速に高まっています。野心的な起業家が工場で量産可能な小型原子炉の開発に数十億ドルを投じる動きも出ています。

世界の原子力発電拡大

世界の原子力発電は拡大基調にあります。アジア地域のシェアは2026年に30%に達し、北米を抜いて最大の原子力発電設備容量を持つ地域になる見込みです。

中国の原子力発電シェアは2014年の5%から2023年には約16%に上昇しました。インド政府は2033年までに5基の国産SMRを稼働させるため、約25億ドルを投じると発表しています。韓国も2038年までに原発2基とSMR1基の新設を承認しました。

日本の原子力政策の転換

第7次エネルギー基本計画

日本政府は2025年2月に閣議決定した第7次エネルギー基本計画で、原子力政策を大きく転換しました。第6次計画では「原子力発電への依存度を可能な限り低減する」としていましたが、第7次では一転して「最大限活用する」方針を明記しました。

具体的には、安全確保を大前提とした運転期間延長、原発のリプレース(建て替え)や新増設、次世代革新炉の開発・建設、再処理・廃炉・最終処分のプロセス加速化が掲げられています。2040年度の原子力比率は2割程度を目指すとしています。

再稼働と新設の動向

2025年8月時点で再稼働している原発は14基です。新規制基準の設置変更許可を受けているのは、東京電力柏崎刈羽6・7号機、日本原子力発電東海第二、北海道電力泊3号機の合計4基です。

柏崎刈羽原発は2026年1月頃の6号機再稼働を目指していますが、テロ対策施設の建設完了が2029年(7号機)・2031年(6号機)にずれ込む見通しで、地元との調整も続いています。

新設に向けた動きも始まりました。関西電力は2025年7月、廃炉中の美浜原発1・2号機の敷地で、新たな原発設置に向けた地質調査に着手すると表明しました。福島第一原発事故後で建設に向けた動きが具体化するのは初めてです。

原発サプライチェーンの課題

撤退企業の増加

原発産業の復活には、部品供給を担うサプライチェーンの維持・強化が不可欠です。しかし、日本原子力産業協会の調査によると、福島第一事故があった2011年以降、約20社のメーカーが原子力部品製造から撤退しました。

2019年度と2020年度はそれぞれ5社ずつが撤退し、一部部品の供給が危うい状況になっています。原子力関連の固有技術を持つ企業は国内に400社以上存在しますが、新設がなかったことで経営状態が悪化した企業が多いのです。

技術・人材の維持

福島第一事故から20年後の2030年頃には、熟練人材の多くが現場を離れます。技術・技能の伝承が最大の課題として浮上しています。

特に深刻なのは、大型設備の製造時に必要な溶接工・組立工・機械工といった技能職の減少です。実際のプラントでの現場経験が減少し、技能伝承に苦慮している企業が多いと言われています。

メーカーの対応

三菱重工業は撤退企業から設計図面を受け取り、部品や工具の内製化に着手しています。2018年にはナットを締め付ける工具「スタッドテンショナー」を内製化しました。日立製作所も部品の内製化を選択肢に入れています。

プラントメーカー3社(日立、東芝、三菱重工)の原子力関係売上高は合計で約4900億円(2019年度)です。BWR事業については、人材・技術・サプライチェーンの維持に向けた共同事業化の検討も進められています。

注意点・展望

投資回収のリスク

IHIの200億円投資は、世界的な原発需要の拡大を見越したものですが、投資回収にはリスクも伴います。SMRの本格的な普及時期は見通しにくく、国内の原発新設も政治的な不確実性を抱えています。

ニュースケール社のルーマニアプロジェクトの正式決定は2026年頃とされていますが、建設から稼働までにはさらに時間がかかります。

サプライチェーン維持の重要性

IHIの投資は、原発サプライチェーン維持の観点からも意義があります。約20社のメーカーが撤退した中で、主要機器メーカーが生産能力を維持・強化することは、日本の原子力産業全体にとって重要です。

技術・人材の継承という観点でも、設備投資と併せて若手人材の育成が課題となります。

今後の注目点

今後は、ニュースケール社のルーマニアプロジェクトの進展、関西電力美浜原発での新設検討の行方、柏崎刈羽原発の再稼働動向が注目されます。これらの進展次第で、IHIの原子力事業の成長シナリオが現実味を帯びてきます。

まとめ

IHIの原発部品増産への200億円投資は、AI普及に伴う電力需要急増と世界的な原発回帰という大きなトレンドを見据えたものです。売上1000億円規模への成長を目指し、大型原子炉から小型モジュール炉まで幅広い市場をターゲットとしています。

日本の原子力政策も「最大限活用」へと転換し、再稼働の加速と新設への道が開かれつつあります。しかし、長年の新設停止で疲弊したサプライチェーンの立て直しは容易ではありません。

IHIの投資判断は、原発産業の復活に向けた先行投資として注目されます。世界の原発需要拡大を取り込みつつ、国内のサプライチェーン維持にも貢献できるか、今後の展開が注目されます。

参考資料:

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