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by nicoxz

いじめ暴行動画のSNS拡散が問う告発と私刑の境界線

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はじめに

2026年に入り、中高生による暴行を撮影した動画がSNS上で拡散される事案が全国各地で相次いでいます。栃木県立高校、大分市立中学校、大阪、熊本と、わずか数週間の間に複数の動画が広まり、社会に大きな衝撃を与えました。

これらの動画拡散は、学校や教育委員会が把握しきれなかったいじめの実態を浮き彫りにした一方で、加害者とされる生徒への個人情報の暴露や誹謗中傷といった「ネット私刑」を引き起こしています。背景には、生徒間の序列構造「スクールカースト」の存在と、既存の相談窓口への不信感があります。

本記事では、暴行動画拡散の実態と法的リスク、スクールカーストの構造、そして政府の対応策について多角的に解説します。

相次ぐ暴行動画の拡散とその背景

2026年1月に集中した事案の概要

2026年1月、最初に大きな注目を集めたのは栃木県立真岡北稜高校の事案です。男子トイレ内で生徒が別の生徒の顔面を殴る動画がSNS上に投稿され、瞬く間に拡散しました。動画には周囲の生徒が暴行を止めるどころか、あおる声まで記録されていました。県教育委員会は2026年1月7日に記者会見を開き、「いじめ防止対策推進法のいじめの定義に該当しうる」との認識を示しています。

続いて1月8日には、大分市立中学校でも男子生徒による暴行動画がSNS上で確認されました。この暴行は2025年7月頃に発生しており、教育用タブレットを使って撮影されたとされています。さらに大阪では中学生が小学生に暴行を加え、海に落とす場面を映した動画が拡散し、大阪市教育委員会はいじめの「重大事態」と認定しました。

なぜ動画は拡散されるのか

これらの動画が拡散される背景には、いわゆる「暴露系インフルエンサー」の存在があります。「DEATHDOL NOTE」をはじめとするアカウントが、投稿された動画を取り上げて拡散する構造が確立されつつあります。

動画を拡散する側には「学校や警察に相談しても動いてくれない」という強い不信感があります。実際、過去のいじめ事案では学校が問題を把握しながら適切な対応を取らなかったケースも少なくありません。「正規の手続きでは解決しない」という絶望感が、SNSによる告発という手段を選ばせているのです。

告発と私刑のはざまで揺れる法的問題

いじめ告発としての側面

暴行動画の拡散がいじめの早期発見につながった事例は実際に存在します。大分市の事案では、動画の拡散を受けて市教育委員会が異例の速さで対応に動きました。東洋経済オンラインの報道によれば、この「爆速対応」はSNSでの炎上がなければ実現しなかった可能性があります。

学校内部の問題が外部に可視化されることで、教育委員会や行政が動かざるを得ない状況が生まれます。この意味で、動画拡散にはいじめの「告発」としての機能があることは否定できません。

肖像権侵害とネット私刑のリスク

しかし、動画の無断投稿は深刻な法的リスクをはらんでいます。弁護士ドットコムの解説によれば、たとえ加害者であっても、本人の同意なく動画を公開することは肖像権の侵害に該当する可能性があります。「加害生徒の行為が違法だからといって、動画を拡散して社会的評価を低下させていいということにはならない」と法律の専門家は指摘しています。

さらに深刻なのは、SNS上で加害者とされる生徒の氏名、住所、学校名などの個人情報が次々と暴露される「ネット私刑」の発生です。松本文部科学大臣も「新たな人権侵害を生むことにつながる」と強い危機感を表明しています。

福井県立坂井高校の事案では、拡散された動画が実は当事者間で合意のあった行為であり、被害者とされた本人が動画の削除を求めるという事態も起きました。投稿をうのみにすることの危険性を如実に示す事例です。

スクールカーストといじめの構造的関係

見えにくくなるいじめの実態

スクールカーストとは、学校のクラス内における生徒間の序列構造を指す言葉です。「一軍・二軍・三軍」あるいは「A・B・C」と呼ばれるグループ間の力関係が形成され、上位グループに属する生徒が下位グループの生徒に対して優位に立つという構造です。

研究によれば、全国の中高生の約7割がスクールカーストの存在を認識しています。中学生を対象にした水野・太田の研究(約1,100人を調査)では、スクールカーストの上位グループの生徒ほど、グループ間の上下関係を肯定する価値観を持っていることが明らかになっています。

問題は、このカースト構造の中で行われるいじめが外部から非常に見えにくいことです。上位グループの生徒が下位グループの生徒に暴力や嫌がらせを行っても、周囲の生徒は報復を恐れて声を上げられません。教師も生徒間の微妙な力関係を把握しきれないケースが多いのが実態です。

SNSが変えた力学

従来、スクールカーストの影響は学校内にとどまっていました。しかし、SNSの普及によって状況は大きく変化しています。教室での序列がオンライン空間にも持ち込まれ、LINEグループからの排除やSNS上での陰口など、学校外でもカーストの影響を受け続ける環境が生まれています。

一方で、SNSはカースト構造の下位にいる生徒にとって「外部への発信手段」にもなりました。学校内では声を上げられなくても、動画を投稿することで社会に助けを求めることができます。今回の一連の動画拡散は、こうしたSNS時代の新しい力学を反映したものといえます。

政府と教育現場の対応

文科省の緊急対策

2026年1月14日、文部科学省は都道府県や政令指定都市の教育長らを対象に、いじめ防止に関する緊急オンライン会議を開催しました。見過ごされている暴力行為やいじめがないかの点検、警察との連携強化、情報モラル教育の実施を各教育委員会に求めています。

さらに1月16日には、文部科学省、こども家庭庁、警察庁などによる関係省庁連絡会議が開催されました。人権侵害につながる動画の削除要請の方法や、悪質な書き込みが名誉毀損罪・侮辱罪の対象になり得ることの周知を確認しています。

いじめ認知件数の増加傾向

文部科学省の最新統計(令和5年度)によれば、いじめの認知件数は73万2,568件と過去最多を更新しました。前年度から約5万件、7.4%の増加です。特に注目すべきは重大事態の発生件数で、1,306件と前年度から42.1%も増加しています。

認知件数の増加は、いじめの積極的な認知が進んだ結果でもありますが、SNS上のいじめの把握が進んだことも一因とされています。

注意点・今後の展望

安易な拡散がもたらす二次被害

暴行動画の拡散を「正義」と捉える風潮には注意が必要です。東京新聞の報道では、専門家が「ゆがんだ正義感」に基づく投稿のリスクを指摘しています。動画の文脈が正しく伝わらないまま拡散されれば、無関係な人物が加害者と誤認されたり、被害者自身がさらなる精神的苦痛を受けたりする可能性があります。

いじめの「陰湿化」への懸念

専門家は今後、暴露系インフルエンサーによる告発が広まることで、いじめが「証拠を残さない」方向に陰湿化する可能性を指摘しています。動画や写真などの物的証拠が残らない形での嫌がらせや、被害者を「加害者」に仕立て上げるなりすまし型のいじめが増える恐れがあります。

制度的な課題

根本的な問題は、学校内のいじめ対応体制への信頼が損なわれていることです。いじめ防止対策推進法は2013年に施行されましたが、法律があっても運用が十分でなければ、生徒や保護者はSNSという「非公式チャンネル」に頼らざるを得ません。相談窓口の充実と、実効性のある対応体制の構築が急務です。

まとめ

暴行動画のSNS拡散は、学校が見過ごしてきたいじめの実態を社会に突きつけました。しかし、動画の無断公開は肖像権侵害やネット私刑という新たな人権問題を生み出しています。

スクールカーストという構造的な問題が背景にある以上、動画拡散だけでは根本的な解決にはなりません。教育現場における相談体制の強化、いじめ対応の実効性向上、そして情報モラル教育の充実が不可欠です。いじめに苦しむ子どもたちが、SNSではなく信頼できる大人や機関に助けを求められる環境を整えることが、社会全体の課題です。

参考資料:

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