Research
Research

by nicoxz

積水ハウスが幸せ度を測る理由と人的資本経営の実践論点

by nicoxz
URLをコピーしました

はじめに

企業経営で「幸せ」を測ると言うと、抽象的であいまいな話に聞こえがちです。ところが近年は、従業員の健康、働きがい、成長実感、安心感といった主観的な状態を、人的資本の重要な指標として扱う企業が増えています。積水ハウスが進める「幸せ度調査」は、その流れを象徴する先行事例です。

この取り組みが興味深いのは、単に従業員満足度を測るのではなく、「自分にとっての幸せ」と「職場の幸せ」を分けて可視化し、制度運用や対話に結びつけている点です。山田実和氏が担ってきた男性育休やダイバーシティ推進も、別々の施策ではなく、この幸福指標とつながっています。本稿では、積水ハウスが何をどう測っているのか、なぜそれが経営の武器になるのかを整理します。

幸せを経営指標に組み込む発想

満足度ではなく主観的な幸せの把握

積水ハウスは公式サイトで、幸福度とエンゲージメントは別物だと明確に説明しています。エンゲージメントが会社への愛着や貢献意欲を示すのに対し、幸福度は仕事だけでなくプライベートを含む人生全体の主観的な指標です。そのうえで同社は2020年から、全従業員を対象とした年1回の「幸せ度調査」を始めました。

Value Report 2025によると、この調査は「帰属意識や仕事への熱意」を測ることを目的にしていません。従業員自身が、主観的な幸せ、自己実現、成長、安心感、仕事や職場との関係性を包括的に把握することが主眼です。ここが重要です。会社に都合のよい忠誠心を測るのではなく、本人の人生にとってよい状態かを問う設計になっているからです。

調査の手法も比較的踏み込んでいます。積水ハウスは、前野隆司氏監修の「幸福度診断 Well-Being Circle」72問と、「職場の幸せ・不幸せ診断」42問を組み合わせて運用しています。幸せを単一の点数に押し込めず、多面的に捉えようとしている点に特徴があります。

可視化の目的は管理より対話

同社の公式説明では、幸せ度調査は「自分と職場の幸せを見える化」し、結果をもとに対話やワークショップを行うためのものです。積水ハウスが慎重なのは、細かい順位づけや管理強化に使うのではなく、従業員が率直に答えられる環境を守ることを重視している点です。Value Reportでも、詳細データの開示より、傾向や課題の共有を優先する姿勢が示されています。

この考え方は、デジタル庁や内閣府がWell-Being指標で示している「数値化は比較のためだけではなく、対話や施策改善の起点にするもの」という発想と重なります。幸福度の見える化は、正解を一つに定めるためではなく、何が人の安心感や成長実感につながるのかを探るための道具だと言えます。

山田実和氏の施策と幸せ度経営の接点

男性育休を幸せの基盤に置く理由

山田実和氏は長くダイバーシティ推進を担い、現在は積水ハウスの執行役員としてESG経営推進本部を率いています。関西経済連合会やツギノジダイのインタビューでは、同社が男性育休を福利厚生ではなく経営戦略として位置づけてきたことが語られています。2018年9月に始めた制度では、3歳未満の子を持つ男性社員に1カ月以上の育休取得を推奨し、最初の1カ月は有給、最大4分割取得を可能にしました。

積水ハウスのValue Report 2025では、男性育休取得率は2024年度まで6年連続で100%、平均取得日数は33.21日でした。これは単なる制度の有無ではなく、取得を前提に上司面談や家族ミーティングシートまで組み込んだ運用の成果です。山田氏が一貫して強調してきたのも、制度を作るだけでは人は幸せにならず、安心して使える文化まで整えなければ意味がないという点でした。

幸せ度調査との関係で見ると、この男性育休は「仕事と家庭の両立支援」以上の意味を持ちます。出産や育児は、従業員の人生満足度と安心感に直結する出来事です。そこを会社が正面から支えることで、幸福度を損なう要因を減らし、自律的に働ける土台を作ろうとしているわけです。

幸せ、自律、成果をつなぐ仮説

積水ハウスの報告書で特に興味深いのは、「幸せだから、自律する。自律しているから幸せとは限らない」「幸せだから、業績評価が高い」と整理している点です。2023年度の幸せ度調査をもとにした分析では、幸福度が自律や業績に与える影響が、自律から業績への影響に比べて1.5〜2倍程度大きいことが示されています。

この整理は、経営の順番を変えます。先に成果を求め、その結果として幸せになるだろうと考えるのではなく、幸せであることが主体性や成果を生むと見る発想です。山田氏の施策が、評価制度より前に育休、対話、心理的安全性、キャリア自律支援へ向かう理由もここにあります。

実際、2024年度の幸せ度調査では、Well-Being Circle総合値が66.57ポイントと一般平均62.92ポイントを上回りました。2020年度から2024年度までの5年間で、個人の幸せ34項目のうち16項目が向上し、職場の幸せでも他者承認、チームワーク、自己裁量が改善しています。一方で、オーバーワークや自己活力は課題として残されており、可視化が万能ではないことも示しています。

注意点・展望

このテーマで気をつけたいのは、「幸せを数値化すれば経営が良くなる」と単純化しないことです。幸福は主観的で、部署や年齢、ライフステージで意味が大きく変わります。数値だけを追えば、かえって本音を言いにくい組織になる危険もあります。積水ハウスが、結果の細かな公開より率直な回答環境を優先しているのは妥当です。

もうひとつの論点は、幸福指標が制度の正当化に終わるのか、実際の職場改善につながるのかです。積水ハウスは、男性育休、キャリア面談、ジョブローテーション、表彰制度、幸せ度調査を一つの流れに置いています。この統合性が維持される限り、幸せの可視化は人的資本経営の中核になり得ます。逆に、指標だけを輸入しても、上司の対話力や働き方の実態が変わらなければ形骸化しやすいでしょう。

まとめ

積水ハウスが測っているのは、会社への愛着だけではなく、従業員一人ひとりの人生にとっての幸せです。山田実和氏が担ってきた男性育休やダイバーシティ推進は、その幸せを支える制度基盤として位置づけられています。可視化の目的も、管理強化ではなく、対話と改善の起点づくりにあります。

この事例が示すのは、人的資本経営の本質が「人を数字で管理すること」ではなく、「人の主観的な良い状態をどう仕事の設計に埋め込むか」にあるという点です。幸せ度調査は、その難しい問いに企業が正面から向き合うための実験として見ると、価値がよく分かります。

参考資料:

関連記事

育休がビジネス力を鍛える?不確実性への耐性と組織強化の新常識

男性育休取得率が40%を超えた今、育児休業が個人のスキル向上や組織のレジリエンス強化につながるという新たな視点が注目されています。三井住友銀行の先進事例とともに、育休の意外な経営効果を解説します。

最新ニュース