ソニーがテレビ事業分離を決断した背景と戦略
はじめに
2026年1月20日、ソニーグループの子会社ソニーは、テレビ事業を分離し、中国の家電大手TCL Electronicsとの合弁会社に承継すると発表しました。「ソニー」「ブラビア」といったブランド名は新会社でも引き続き使用されますが、この決定は日本の家電業界に大きな衝撃を与えています。
テレビはソニーを世界的企業に押し上げた看板商品です。1968年のトリニトロン発売から66年、なぜ今このタイミングで事業分離を決断したのでしょうか。本記事では、コモディティー化だけではない、ソニーの経営哲学に基づく戦略的判断の背景を解説します。
テレビ事業分離の詳細
合弁会社の概要
新たに設立される合弁会社は、TCLが51%、ソニーが49%を出資する構成となります。テレビやホームオーディオといったソニーのホームエンタテインメント事業を承継し、開発・設計から製造、販売、物流、顧客サービスまで一貫してグローバルに事業運営を行います。
2026年3月末をめどに法的拘束力のある確定契約を締結し、関係当局の許認可取得などを条件に、2027年4月の事業開始を目指しています。サウンドバーやネックスピーカーなどのホームオーディオも移管対象となる一方、ヘッドフォンなどの「パーソナルオーディオ」やカメラ・レンズは移管対象外です。
両社の強みの融合
新会社では、ソニーが長年培ってきた高画質・高音質技術、ブランド力、オペレーションマネジメント力を基盤とします。これにTCLが持つ先端ディスプレイ技術、世界規模の事業基盤、コスト競争力、垂直統合型サプライチェーンの強みを組み合わせます。
具体的には、製造と部材調達はTCLが担当し、映像処理と画づくりのチューニングはソニーが担当する役割分担が想定されています。
事業分離に至った市場環境
テレビ市場の競争激化
世界のテレビ市場では、韓国のサムスンが首位を維持する中、中国のTCLやハイセンスが急速にシェアを拡大しています。2024年の世界シェアランキングでは、1位サムスン、2位TCL、3位ハイセンス、4位LG、5位ソニーという順位になっています。
テレビは生産コストの大半をディスプレイパネルが占めるため、パネルを大量に調達できる企業ほど有利です。TCLは傘下にCSOT(華星光電)という液晶・有機ELパネルメーカーを持ち、サムスン同様の垂直統合型ビジネスモデルを構築しています。
ソニーのテレビ事業の現状
ソニーのテレビ事業の売上高は近年、減少傾向が続いています。2021年度にはコロナ禍の巣ごもり需要と東京オリンピック特需で8588億円を売り上げましたが、2024年度には5641億円まで34%も落ち込みました。
日本国内市場でも、かつてソニーが圧倒的な存在感を示していた地位は変化しています。現在、日本のテレビ市場首位の座はTVS REGZA(東芝からの事業承継会社)が占めており、ソニーの国内シェアも低下傾向にあります。
経営哲学に基づく戦略的判断
出井伸之氏の時代から続く構造改革
テレビ事業の分離は、30年以上前から続くソニーの経営改革の延長線上にあります。1995年に社長に就任した出井伸之氏は、「Re Generation」(第二創業)を掲げ、ソニーをAV企業からAV/IT企業へと転換させました。
出井氏は取締役と執行役を分離する執行役員制を日本で最初に導入し、社外取締役の起用など、コーポレート・ガバナンスの改革に取り組みました。「執行役員」という言葉自体、出井氏の造語です。この時代に始まった「事業の選択と集中」の考え方が、今回のテレビ事業分離にもつながっています。
エンタテインメント企業への進化
現在のソニーグループは、ゲーム(PlayStation)、音楽、映画といったエンタテインメント事業が収益の柱となっています。テレビ事業を合弁会社化することで、経営資源をより成長性の高いコンテンツ事業に集中できます。
今回の決定は「日本家電の敗北」という単純な構図ではなく、グローバル企業として生き残るための合理的な判断といえます。ブランドと技術は維持しながら、製造コストの最適化を図る戦略です。
プレミアム市場での存在感
高価格帯での強み
ソニーは全体のシェアでは5位に甘んじているものの、1500ドル以上のプレミアムテレビ市場では依然として強い存在感を示しています。特にミニLED液晶テレビの「BRAVIA 9」は、ローカルディミングの精度でライバル不在の独走状態と評価されています。
プレミアム有機ELテレビ市場でも、ソニーは一時44%のトップシェアを獲得した実績があります。TCLとの合弁後も、ソニーの映像処理技術と画づくりのノウハウは継続されるため、高画質を求めるユーザー向けの製品開発は維持される見込みです。
課題と競争環境
一方で、2024年モデルの有機ELテレビでは、パナソニックやLGとの競争でソニーが後退している状況も指摘されています。プレミアム市場での優位性を維持しつつ、中価格帯でのコスト競争力をどう強化するかが、新会社の課題となります。
注意点・今後の展望
ブランド価値の維持
消費者にとって最も気になるのは、「ソニー」「ブラビア」というブランドの品質が維持されるかどうかでしょう。合弁会社ではソニーが49%の出資比率を持ち、映像処理技術を担当することで、画質面でのソニーらしさは継承される方針です。
しかし、製造がTCL主導になることで、製品の質感や細部へのこだわりがどう変化するかは、実際の製品が市場に出るまでわかりません。
日本家電産業への示唆
ソニーのテレビ事業分離は、日本の家電メーカー全体にとっても重要な先例となります。自前主義にこだわらず、強みを持つパートナーと組むことで事業を継続・発展させるモデルは、他のメーカーにとっても参考になる可能性があります。
東芝のテレビ事業がTVS REGZAとして再編されたように、日本の家電ブランドが新たな形で生き残る道を模索する動きは今後も続くでしょう。
まとめ
ソニーのテレビ事業分離は、66年にわたる看板事業に区切りをつける歴史的な決断です。しかし、これは単なる撤退ではなく、TCLの製造力とソニーの技術・ブランドを組み合わせた新たな事業形態への移行といえます。
30年前から続くソニーの経営改革の流れを汲み、エンタテインメント企業としての進化を加速させる戦略的判断です。2027年4月の新会社スタート後、「ソニー」「ブラビア」がどのような製品を世に送り出すのか、消費者として注目していく価値があります。
参考資料:
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