特定技能「外食業」受け入れ停止の背景と今後
はじめに
2026年4月13日、日本の外国人労働者受け入れ政策が一つの転換点を迎えます。出入国在留管理庁は、特定技能1号「外食業分野」における新規の在留資格認定証明書の交付を原則停止すると発表しました。2019年の制度創設以来、特定の分野で受け入れが全面的に止まるのは初めてのことです。
背景にあるのは、在留者数の急増です。2026年2月末時点で外食業分野の特定技能1号在留者数は約4万6,000人に達し、2024年3月の閣議決定で設定された5年間の受け入れ上限5万人に迫っています。このまま推移すれば、5月頃には上限を超過する見通しとなりました。
本記事では、停止措置の詳細と例外規定、飲食業界への影響、そして他分野にも迫る「上限の壁」について解説します。
特定技能制度と外食業分野の現状
制度の基本構造
特定技能制度は、深刻化する人手不足に対応するため2019年4月に創設された在留資格です。一定の専門性・技能を持つ外国人を、人手不足が深刻な分野で受け入れる仕組みとして設計されました。
特定技能には1号と2号があります。1号は在留期間が最長5年で、家族の帯同は認められません。2号は在留期間の更新に上限がなく、家族の帯同も可能です。外食業分野では2023年から2号の対象にも追加されています。
2024年3月の閣議決定により、2024年度から2028年度までの5年間の受け入れ見込み数が全分野合計で約82万人に再設定されました。前回(2019年度〜2023年度)の約34万5,000人から約2.4倍に拡大された形です。
外食業分野の急成長
外食業分野の受け入れ上限は5年間で5万人と設定されていますが、在留者数の伸びは当初の想定を大きく上回りました。コロナ禍からのインバウンド需要の急回復、そして国内の飲食業界における慢性的な人手不足が重なり、特定技能での外国人材の採用が加速したためです。
時事通信の報道によれば、2025年末時点の特定技能在留外国人数は全分野合計で約39万人に達し、過去最多を更新しました。外食業はその中でも特に伸びが顕著な分野の一つです。
4月13日からの停止措置の詳細
原則停止の対象
出入国在留管理庁が公表した運用方針によると、2026年4月13日以降に受理された以下の申請は、原則として不交付・不許可となります。
- 海外からの新規入国に必要な在留資格認定証明書の交付申請
- 留学や他の在留資格からの「特定技能1号(外食業)」への変更申請
- 他の特定技能分野から外食業分野への変更申請
また、外食業分野の特定技能1号技能測定試験についても、試験予約の受付が停止されています。試験実施機関であるOTAFF(外国人食品産業技能評価機構)とプロメトリック社が、試験の実施停止を正式に告知しました。
引き続き認められる例外
一方で、以下のケースは引き続き審査の対象とされています。
第一に、すでに外食業分野で特定技能1号として在留している人が、同じ外食業分野内で転職する場合の在留資格変更申請です。第二に、技能実習(医療・福祉施設給食製造作業)を修了した人が特定技能1号へ移行する申請です。第三に、すでに「特定活動(特定技能1号移行準備)」の許可を受けている人が特定技能1号(外食業)に移行する申請です。
これらの例外は、すでに日本で就労している外国人の権利を保護し、急激な人材流出を防ぐための措置と位置づけられています。
飲食業界を襲う三つの衝撃
出店・営業計画の停滞
外食企業にとって、最も直接的な打撃は人員計画の見直しを迫られることです。飲食チェーンでは通常、半年から1年先の開業を見越して逆算的に人材採用を進めます。新規出店の計画があっても、人員が揃わなければ店舗が完成しても開業できません。
既存店舗においても、シフトが回らなくなれば営業時間の短縮や定休日の新設を余儀なくされます。売上機会の損失は避けられません。
採用コストの損失
特定技能外国人の採用には、現地での面接渡航費、人材紹介会社への手数料、ビザ申請費用など、一人あたり数十万円規模の投資が必要です。すでに採用プロセスを進めていた企業にとって、入国ができなくなれば、これらの費用が回収不能な損失となります。
長期的な人材パイプラインの断絶
外食業で特定技能外国人を積極活用してきた企業にとって、今回の停止は目先の人員不足だけでなく、将来の幹部候補の育成計画にも影響します。特定技能2号への移行を見据えた長期的な人材育成の起点が絶たれることになるためです。
給食大手のLEOCは、2024年3月時点で特定技能ビザ取得者が1,000名を突破し、年間約1,000人規模の受け入れを計画していました。グループ会社のONODERA USER RUNを通じて海外人材の採用・育成を一貫して手がける同社のようなモデルにとっても、新規受け入れの停止は事業計画の大幅な修正を迫る事態です。
他分野にも迫る「上限の壁」
飲食料品製造業の動向
外食業に続いて注目されるのが、飲食料品製造業分野です。2024年12月末時点の在留者数は約7万4,500人で、全分野の中で最多を記録しています。5年間の受け入れ上限は13万9,000人に設定されていますが、現在のペースで増加が続けば、期間の後半には上限に近づく可能性があります。
食品工場での人材確保が難しくなれば、コンビニ弁当やスーパーの惣菜といった中食市場にも波及しかねません。
制度全体の構造的課題
2024年3月の閣議決定では全分野合計で約82万人の受け入れ枠が設定されましたが、その後2025年12月には上限を約123万人に引き上げる方針案が示されるなど、需要の増大に制度が追いつかない構図が浮き彫りになっています。
分野ごとに上限が設けられている現行制度では、需要が集中する分野で早期に枠が埋まってしまう一方、余裕がある分野の枠は活用されないという非効率が生じます。分野横断的な枠の融通や、需給に応じた柔軟な上限の見直しといった制度改善が求められています。
飲食業界の構造的な人手不足
高い離職率と人材確保の困難
外食業が特定技能外国人に大きく依存する背景には、業界固有の構造的課題があります。飲食業の離職率は26.8%にのぼり、全産業平均の15.0%を大幅に上回っています。新卒入社者の3年以内離職率も49.7%に達するとされ、若年層の定着が極めて困難な状況です。
非正規従業員における人手不足感も深刻で、飲食業は全業種中最も高い85.2%の不足割合を示しています。長時間労働、低賃金、休日の少なさといったイメージが根強く、同等の賃金であれば小売業や事務職を選ぶ若者が増えています。
日本人を含めた「つなぎ留め」の重要性
今回の受け入れ停止は、外国人材の「新規流入」が止まることを意味します。しかし本質的な問題は、日本人を含め、すでに業界で働いている人材をいかに定着させるかにあります。
賃金の引き上げ、労働環境の改善、キャリアパスの明確化、そしてデジタル技術の活用による業務効率化など、従業員の満足度を高める施策が急務です。
注意点・展望
よくある誤解
今回の措置について、いくつか注意すべき点があります。まず、これは外食業分野の特定技能1号の「新規受け入れ」が停止されるものであり、すでに在留している外国人が強制帰国させられるわけではありません。在留期間内の就労は引き続き保護されます。
また、特定技能2号(外食業)への影響は現時点では発表されていません。1号から2号への移行は、上限の枠組みが異なるため、別途の判断となる見込みです。
今後の見通し
短期的には、2026年度内に上限の見直しや追加枠の設定が議論される可能性があります。政府は2025年12月に特定技能・育成就労の受け入れ上限を約123万人に拡大する方針案を示しており、外食業分野の枠も再設定される可能性は残されています。
中長期的には、配膳ロボットやセルフオーダーシステムなど、テクノロジーによる省人化投資が加速する見通しです。一方で、調理や接客といったホスピタリティの核心部分は、依然として人の手が欠かせない領域です。
外国人材に過度に依存するのでもなく、テクノロジーだけで解決するのでもない、バランスの取れた人材戦略の構築が、飲食業界全体に問われています。
まとめ
特定技能1号「外食業分野」の新規受け入れ停止は、日本の外国人材受け入れ政策が初めて直面する「上限の壁」です。2019年の制度創設からわずか7年で上限に到達したことは、飲食業界の人手不足がいかに深刻であるかを物語っています。
飲食料品製造業をはじめ、他の分野でも同様の事態が今後起こりうる中、制度の柔軟な運用と抜本的な見直しが急がれます。企業にとっては、既存人材の定着施策、省人化投資、そして複数の人材チャネルの確保が、今まさに求められる経営課題です。
参考資料:
- 特定技能「外食業分野」における受入れ上限の運用について | 出入国在留管理庁
- 「特定技能」過去最多39万人 2号急増、外食1号は停止 | 時事ドットコム
- 特定技能1号の「外食業」が上限を上回る 4月13日以降受け入れ一時停止へ | 観光経済新聞
- 外食の特定技能、4月に突然停止 出店断念やコスト損失、現場を襲う三つの影響 | Yahoo!ニュース
- LEOCの特定技能ビザ取得者が1,000名突破 | ONODERA GROUP
- 特定技能の受入れ見込数の再設定及び対象分野等の追加について | 出入国在留管理庁
- 飲食店への特定技能外国人の受け入れ、4月13日から一時停止へ | 飲食店ドットコム
- 特定技能「外食業分野」の新規受入れが停止へ|企業がとるべき実務対策 | ビザマネ
関連記事
特定技能外食の受け入れ停止で問われる上限規制の現実と課題とは
外食業の特定技能が上限到達で停止へ。受け入れ枠5万人の根拠、在留者急増の背景、人手不足の実態、外国人依存を巡る現場とのズレを公的データで解説します。
外国人労働者230万人突破、自動車産業で存在感増す
日本の外国人労働者が230万人を突破し過去最多を更新。自動車産業を含む製造業で存在感を増す中、2027年の「育成就労」制度開始に向けた準備が進んでいます。
在留外国人400万人時代、特定技能拡大が映す日本の構造変化と課題
在留外国人の急増を、特定技能・育成就労・人手不足・共生政策の四つで捉える視点
トヨタ「チームサラマッポ」に学ぶ外国人定着の新戦略
トヨタ自動車の元町工場で始まったフィリピン人従業員の定着策「チームサラマッポ」。製造業の深刻な人手不足に対応する外国人活用の最前線と、多文化共生の具体策を解説します。
JR東日本が外国人材で鉄道保守、人手不足の切り札となるか
JR東日本が鉄道保守を担う外国人材の研修を公開。運行トラブルが相次ぐ中、特定技能制度を活用した人材確保の取り組みと課題を詳しく解説します。
最新ニュース
「エビデンス本」急増の背景と子育てへの影響を読み解く
書名に「エビデンス」を含む書籍の刊行点数がこの10年で急増している。コロナ禍を契機に科学的根拠を重視する風潮が強まり、特に育児・教育分野でデータに基づく判断を求める親が増加。教育経済学の台頭やEBPMの推進が追い風となる一方、情報の真偽を見極めるリテラシーの重要性も浮き彫りになっている。エビデンス重視社会の光と影を多角的に解説する。
ナフサ高騰で住宅価格に波及、建材値上げの全容
中東情勢の緊迫化によるホルムズ海峡封鎖でナフサ価格が急騰し、断熱材や塩ビ管など住宅建材の大幅値上げが相次いでいる。カネカは断熱材を40%値上げ、信越化学は塩ビ樹脂を約2割引き上げるなど影響が拡大。建材メーカーの供給制限も始まり、住宅価格のさらなる上昇が避けられない状況を解説。
ラピダスが後工程試作ライン稼働、一貫生産体制へ前進
ラピダスが北海道千歳市のセイコーエプソン敷地内に開設した後工程研究開発拠点「Rapidus Chiplet Solutions(RCS)」が本格稼働を開始した。9000平方メートルのクリーンルームでチップレット技術の試作を進め、前工程と後工程の一貫生産を実現する。経産省の6315億円追加支援や富士通からのAI半導体受託など、2027年量産に向けた最新動向を解説。
サプリ過剰摂取の実態と健康リスクを徹底解説
東邦大学の調査でサプリメント利用者の約2割が摂取目安量を超過し、そのうち約6割が耐容上限量も超えていたことが判明。ビタミンAやナイアシンなど脂溶性ビタミンの蓄積リスク、紅麹問題を契機とした制度改正の動向、安全な摂取のために知っておくべきポイントを解説。
非公開AI「Mythos」の脅威 米政府と銀行が緊急会合した理由
Anthropicの非公開AIモデル「Claude Mythos」が数千のゼロデイ脆弱性を発見し、米財務省とFRBが大手銀行CEOを緊急招集した。27年間未発見だった脆弱性も検出するAIの衝撃的な能力と、金融システムを守るProject Glasswingの全容、そして銀行が直面するサイバーリスクの新時代を解説。