高市首相「台湾有事で逃げれば日米同盟つぶれる」発言の真意
はじめに
高市早苗首相は2026年1月26日のテレビ朝日番組で、台湾有事への対応について踏み込んだ発言をしました。日米が台湾にいる邦人らの退避作戦を行うケースに触れ、「米軍が攻撃を受けたときに日本が何もせずに逃げ帰るところで日米同盟がつぶれる」と述べたのです。
この発言は、2025年11月の「台湾有事は存立危機事態になり得る」答弁に続くもので、日本の安全保障政策における重大な論点を浮き彫りにしています。本記事では、高市首相の発言の背景と、台湾有事における日本の対応について解説します。
発言の内容と文脈
テレビ番組での首相発言
高市首相は番組内で「大変なことが起きたときに台湾にいる日本人や米国人を救いに行かなければいけない」と、退避作戦の必要性に言及しました。そして、その作戦中に米軍が攻撃を受けた場合の対応について、「現在の法律の範囲内でそこで起きている事象を総合的に判断しながら対応する」との考えを示しました。
「逃げ帰れば日米同盟がつぶれる」という表現は強いものですが、これは日米同盟の本質、すなわち有事における相互支援の重要性を端的に示したものといえます。
2025年11月の「存立危機事態」答弁
今回の発言の前提として、2025年11月7日の衆議院予算委員会での答弁があります。高市首相は、集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」の具体例を問われ、台湾有事について「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と答弁しました。
歴代の首相で台湾有事が日本における存立危機事態の可能性があると明言したのは高市首相が初めてです。この答弁は国内外で大きな反響を呼び、中国は国連のグテレス事務総長宛てに撤回を求める書簡を送るなど、外交問題にも発展しています。
存立危機事態と集団的自衛権
安保法制による新たな枠組み
存立危機事態とは、日本が直接攻撃を受けていなくても、密接な関係にある他国を守るために集団的自衛権を行使し、武力で反撃することが可能になる状況を指します。
戦後の日本は憲法9条の下、自国防衛のための「個別的自衛権」しか行使できませんでした。しかし、2015年に成立した安全保障関連法で存立危機事態が新設され、限定的ながら集団的自衛権の行使も認められるようになりました。
具体的には、「日本と密接な関係にある国が武力攻撃を受け、そのまま放置すれば日本の存立が脅かされ、国民の生命・自由が根底から覆される明白な危険がある場合」に、武力行使が可能となります。
日本の対応の限界
ただし、存立危機事態においても、日本の集団的自衛権の行使は限定的な範囲にとどまります。政府見解によれば、本格的な戦闘行為には参加せず、原則として後方支援、遭難した戦闘員の捜索救助、そして戦闘に参加する米軍等の部隊の防護に限定されています。
高市首相の発言も、この枠組みの中での対応を念頭に置いたものと考えられます。
台湾有事のシナリオと日本への影響
在日米軍基地の役割
台湾周辺に派遣される米軍の兵力は、沖縄、横須賀、佐世保などの在日米軍基地所在の部隊が中心となります。これらの基地は台湾有事における策源地となるため、日本は直接攻撃を受けなくても、重要な後方拠点として巻き込まれる可能性が高いのです。
仮に在日米軍基地や日本の港湾が攻撃を受けた場合、日本は「武力攻撃事態」を認定し、個別的自衛権を発動することになります。つまり、台湾有事は高い確率で日本有事に直結する構造になっています。
邦人退避の課題
台湾には多くの日本人が居住・滞在しています。有事の際の邦人退避は日本政府の重要な責務ですが、戦闘状態での退避作戦は極めて困難を伴います。
高市首相が言及した「台湾にいる日本人や米国人を救いに行く」作戦では、自衛隊と米軍の協力が不可欠です。その際に米軍が攻撃を受ければ、日本がどう対応するかが問われることになります。首相の「逃げ帰れば日米同盟がつぶれる」という発言は、この局面での判断の重要性を強調したものです。
日米同盟の本質
相互防衛の義務
日米安全保障条約は、日本が攻撃を受けた場合に米国が防衛する義務を定めています。一方、長らく日本には米国を防衛する義務はありませんでした。この「非対称性」は、憲法9条による制約として国際的にも理解されてきました。
しかし、2015年の安保法制成立により、限定的ではあるものの日本も米軍を防護できるようになりました。これにより、日米同盟はより対等な相互防衛の方向へ進化しています。
同盟の信頼性
高市首相の発言が示唆しているのは、同盟の信頼性の問題です。有事に「逃げる」選択をすれば、日米同盟の根幹が揺らぎます。平時における同盟の抑止力も、有事における相互支援の確実性があってこそ機能するからです。
もちろん、これは日本が無条件で米国の軍事行動に追随すべきという意味ではありません。法的枠組みと国益に基づいた判断が求められますが、同盟国としての責任を果たす姿勢が重要だということです。
国際的な反応と課題
中国の反発
高市首相の一連の台湾有事発言に対し、中国は強く反発しています。中国の傅聡国連大使は、国連のグテレス事務総長宛てに発言撤回を求める書簡を2回にわたり送付しました。
中国は2025年から対日輸出規制を強化しており、レアアース、石墨、塩酸乙醇など160項目以上の軍民両用物資を規制対象としています。2026年1月6日には、これらの物資が日本の軍事用途に流れることを明確に禁止する措置を追加しました。
国内での議論
国内でも高市首相の発言については賛否両論があります。東京弁護士会は「台湾有事は存立危機事態」とした高市発言について憲法上の問題点を指摘しています。一方で、安全保障の観点から踏み込んだ発言を評価する声もあります。
重要なのは、「重要影響事態」や「存立危機事態」の認定がこれまで一度も行われたことがないという点です。実際の有事において、迅速かつ適切な判断ができるかどうかは未知数であり、国内議論の混乱が政府の判断を困難にする可能性も指摘されています。
今後の展望
衆院選と安全保障政策
2月8日投開票の衆院選を控え、台湾有事への対応は重要な争点の一つとなっています。高市首相の発言は、有権者に対して日米同盟と安全保障政策の方向性を明確に示すものといえます。
選挙後の政権がどのような安全保障政策を進めるか、そして国会での議論がどのように深まるかが注目されます。
日中関係の行方
高市首相の台湾有事発言は、日中関係にも大きな影響を与えています。中国による経済的な報復措置が続く中、外交と安全保障のバランスをどう取るかが課題となっています。
首相は北朝鮮を「核保有国」と述べた同じ番組で、中国・ロシア・北朝鮮の3カ国に対し「外交を強くしなければならない」とも強調しています。抑止力の強化と対話の両面からの取り組みが求められる局面です。
まとめ
高市首相の「台湾有事で逃げれば日米同盟がつぶれる」発言は、日本の安全保障政策における根本的な問いを投げかけています。有事の際に同盟国としての責任をどう果たすか、それは同時に日米同盟の抑止力を維持するために不可欠な要素でもあります。
台湾有事が「存立危機事態」になり得るという認識、そして邦人退避作戦中の米軍防護の問題は、いずれも法的・政治的に複雑な判断を要します。2月の衆院選を経て、こうした安全保障上の課題について国民的な議論が深まることが期待されます。
参考資料:
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