高市首相が北朝鮮を「核保有国」発言、政府見解との違いは
はじめに
高市早苗首相は2026年1月26日のテレビ朝日番組で、中国、ロシア、北朝鮮の関係緊密化に触れ「いずれも核保有国」と発言しました。日本政府はこれまで北朝鮮を「核保有国」として公式には認めておらず、首相発言と政府の立場との相違が注目を集めています。
この発言は、中露朝の軍事連携が深まる中で出されたものです。本記事では、日本政府の核保有国に関する公式見解、NPT(核拡散防止条約)体制の概要、そして発言の背景にある東アジアの安全保障環境について解説します。
発言の内容と文脈
テレビ番組での首相発言
高市首相は番組内で、中国・ロシア・北朝鮮の3カ国について「いずれも核保有国」と述べ、「日本は国土を構えているという現実がある。外交を強くしなければならない」と強調しました。
この発言は、3カ国との関係において日本が直面する安全保障上の課題を説明する文脈で行われました。首相は、核兵器を保有する国々に囲まれているという地政学的現実を踏まえ、外交力の強化が必要との認識を示したものです。
政府の公式立場との相違
日本政府は、NPT(核拡散防止条約)の枠組みに基づき、北朝鮮を「核保有国」として認めていません。北朝鮮が核実験を行い、核兵器を保有している技術的事実は認識していますが、国際法上の「核兵器国」としては扱っていないのです。
過去にも同様の議論がありました。2018年1月の参議院予算委員会で、当時の安倍首相が北朝鮮について「核保有国が非核保有国を核の使用で恫喝した」と答弁した際、政府見解との整合性を問う質問主意書が提出されています。
NPT体制と「核兵器国」の定義
条約上の核兵器国
NPT第9条3項では「核兵器国」を「1967年1月1日前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国」と定義しています。この定義に該当するのは、米国、ロシア、英国、フランス、中国の5カ国のみです。
つまり、NPT上の「核兵器国」は条約で固定されており、その後どの国が核兵器を開発しても、条約上の核兵器国には該当しません。北朝鮮、インド、パキスタン、イスラエルなどは「事実上の核保有国」とされますが、NPT上の核兵器国ではありません。
北朝鮮のNPT脱退と核開発
北朝鮮は2003年1月にNPTからの脱退を通告し、2005年2月には公式に核兵器の保有を宣言しました。2006年10月に最初の地下核実験を実施し、以降計6回の核実験を行っています。
2013年には金正恩委員長が「経済建設と核武力建設の並進路線」を総路線として宣言し、核保有の恒久化を明確にしました。北朝鮮自身は核保有国であることを正式に主張しています。
日本の立場
日本はNPTを国際的な核軍縮・不拡散を実現するための最も重要な基礎と位置付けています。1970年2月に署名、1976年6月に批准しました。
この枠組みの中で、日本は北朝鮮の核保有を認めないという立場を維持してきました。核保有を認めることは、NPT体制の形骸化につながり、他の国々の核開発を正当化しかねないという懸念があるためです。
中露朝の軍事連携と安全保障環境
歴史的な三首脳会談
高市首相の発言の背景には、中露朝の軍事連携強化があります。2025年9月3日、北京の天安門で中国の習近平国家主席、ロシアのプーチン大統領、北朝鮮の金正恩総書記が初めて一堂に会しました。「抗日戦争勝利80年」を記念する軍事パレードを観閲するためでしたが、三国の結束を世界に示す機会ともなりました。
防衛省の防衛研究所は、この軍事パレードへの両首脳参加を契機に中露朝の「戦略的連携」が図られる可能性があると危機感を示しています。「日米韓」対「中露朝」という対立構図が北東アジアで強まる可能性が指摘されています。
ロシア・北朝鮮の軍事同盟
ロシアと北朝鮮は2024年に包括的戦略パートナーシップ条約に署名し、事実上の軍事同盟を復活させました。北朝鮮はロシアに派兵し、ウクライナ戦争でロシアを軍事支援しています。ロシアは北朝鮮から弾道ミサイルを含む武器・弾薬を調達していることも報告されています。
日本の認識
2025年版の日本の外交青書では、日本周辺でロシアと中国の軍が連携を強めている点について「重大な懸念を持って注視」すると記載されています。また、ロシアと北朝鮮の軍事協力については「深刻に憂慮するべきものだ」と強調しています。
2025年版防衛白書は、中国・ロシア・北朝鮮が東アジアで軍事活動を活発化させており、日本は第2次世界大戦以降で最も厳しい安全保障環境に直面していると述べています。
政権内の核をめぐる発言
首相補佐官の核保有発言
高市首相の発言に先立ち、2025年12月には核に関する別の発言が議論を呼びました。高市政権で安全保障政策を担当する尾上定正総理大臣補佐官が、非公式取材で「私は核を持つべきだと思っている」と発言したのです。
尾上補佐官は核軍縮・不拡散問題担当という立場にあり、この発言は国内外で批判を招きました。広島市の松井一実市長は「非核三原則は国是であり、揺るがない事実」と述べ、批判的な姿勢を示しています。
「事実上の核保有国」と「核兵器国」
今回の高市首相の発言は、北朝鮮を国際法上の「核兵器国」と認めたものではなく、「事実上核兵器を保有している国」という現実を述べたものと解釈することもできます。しかし、首相という立場での公の発言であるだけに、従来の政府見解との整合性が問われることになりました。
今後の展望
外交上の意味
首相が北朝鮮を「核保有国」と公言することは、外交上の含意を持ちます。現実認識としては正しくとも、これを公式に認めることでNPT体制の形骸化につながる懸念や、北朝鮮に対する交渉カードを失う可能性も指摘されています。
一方で、核の脅威という現実を直視し、それに対応した安全保障政策を進めるべきとの声もあります。2月8日投開票の衆院選を控え、安全保障政策は重要な争点の一つとなっています。
地域の安全保障
中露朝の連携が深まる中、日本の安全保障環境は厳しさを増しています。日米同盟の強化、日米韓の協力推進とともに、外交による緊張緩和の努力も求められます。高市首相が強調した「外交を強くしなければならない」という認識は、こうした課題への対応を示唆するものといえます。
まとめ
高市首相の「北朝鮮も核保有国」発言は、日本政府の公式立場との相違が指摘される一方で、東アジアの安全保障環境の厳しさを反映したものでもあります。
NPT体制において、北朝鮮は条約上の「核兵器国」ではありませんが、事実上核兵器を保有していることは否定できません。中露朝の軍事連携が深まる中、日本がこの現実にどう向き合い、外交・安全保障政策を展開していくかが問われています。
参考資料:
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