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by nicoxz

下請法が取適法へ、手形払い禁止など企業が知るべき5つの変更点

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はじめに

2026年1月1日、「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」が約22年ぶりに抜本改正され、「中小受託取引適正化法(取適法)」として施行されました。

この改正の背景には、近年の急激な物価上昇と、中小企業を含むサプライチェーン全体での適切な価格転嫁の実現という課題があります。手形払いの禁止や価格協議義務の明確化など、商取引の見直しを迫られる企業は少なくありません。

本記事では、取適法で何が変わるのか、企業が備えるべきポイントを5つの変更点に分けて解説します。

変更点1:名称と用語の変更

「下請」から「中小受託」へ

今回の改正で最も象徴的なのは、法律の名称変更です。「下請法」は「中小受託取引適正化法(取適法)」に改められました。

「下請」という言葉には、委託側と受託側の上下関係を連想させる側面がありました。対等な取引関係を促進するという改正の趣旨を反映し、より中立的な表現に変更されています。

関連用語も一新

法律名の変更に伴い、関連する用語も変更されます。

  • 「親事業者」→「委託事業者」
  • 「下請事業者」→「中小受託事業者」
  • 「下請代金」→「製造委託等代金」

企業は、契約書のひな形や発注書面、社内規程・マニュアルなどに使われている旧名称や用語を確認し、改正後の用語に修正する必要があります。

変更点2:手形払いの禁止

手形での支払いが全面禁止に

今回の改正の目玉の一つが、手形払いの禁止です。製造委託等代金の支払いにおいて、手形を用いること自体が明確に禁止されました。

手形取引は発注側にとっては支払いを猶予できるメリットがある一方、受注する中小企業にとっては現金化まで一定期間を要するため、資金繰りの負担となっていました。この弊害を軽減し、中小企業の経営安定を図ることが狙いです。

電子記録債権やファクタリングも注意が必要

電子記録債権やファクタリングは、形式上は手形に代わる支払手段と見なされがちです。しかし、支払期日までに受注者が満額(手数料等を含む)を受領できない場合は、取適法違反となります。

なお、紙の約束手形・小切手は2027年3月末までに廃止される予定です。

企業への影響

発注側(委託事業者)は、現金決済を前提とした資金繰り計画の再構築が必要となります。経理部門や財務部門において、現金払いに対応できるフローを再設計することが不可欠です。

一方、受注側(中小受託事業者)にとっては、入金までの期間が短くなることで資金繰りの安定に直結するメリットがあります。

変更点3:協議なき一方的価格決定の禁止

価格協議への対応が義務化

中小受託事業者から「価格について協議したい」と求められた場合、委託事業者はこれに応じなければなりません。協議に応じずに一方的に代金を決定する行為は、取適法違反となります。

違反となるのは、協議を明示的に拒否する場合だけではありません。協議の求めを無視したり、協議を繰り返し先延ばしにするなど、協議を困難にさせた場合も違反に該当します。

価格転嫁の促進が背景

この改正の背景には、サプライチェーン全体での適切な価格転嫁を実現したいという政策意図があります。

昨今の急激なコスト上昇を踏まえ、中小企業が賃上げの原資を確保できるよう、発注側と受注側が対等な立場で価格交渉できる環境を整備することが目的です。

企業の対応

調達・営業担当者が改正内容を理解していないと、知らないうちに違反となるリスクがあります。「価格据え置きや交渉拒否はNG」といった実務に直結するポイントは、部門横断で共有する必要があります。

変更点4:適用対象の拡大

従業員基準の追加

従来の下請法では、資本金の額を基準に適用対象を判断していました。今回の改正では、従業員数による基準が新たに追加され、規制・保護の対象が拡大されます。

製造や修理などの委託取引では、発注側が従業員300人超、受注側が300人以下の企業であれば対象となります。情報成果物作成や役務提供などの場合は、発注側100人超、受注側100人以下が基準となります。

特定運送委託の追加

対象取引の範囲も拡大されます。従来の製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託に加え、新たに「特定運送委託」が追加されました。

特定運送委託とは、事業者が販売する物品や、製造・修理を請け負った物品などについて、その取引相手方に対し運送する場合に、運送業務を他の事業者に委託する取引のことです。

変更点5:振込手数料の負担明確化

発注者負担が合理的な商慣習

代金の振込手数料について、企業取引研究会では「発注者が負担することが合理的な商慣習である」との意見が示されました。

これを受け、振込手数料を受注者に負担させる行為は、合意の有無にかかわらず違反となるよう、運用基準が見直されることになりました。

実務上の注意点

これまで「契約で合意しているから」と振込手数料を受注者に負担させていた企業は、慣行の見直しが必要です。

フリーランスとの関係

二つの法律の適用関係

中小受託事業者がフリーランス(特定受託事業者)にも該当する場合、取適法と「フリーランス・事業者間取引適正化等法」の両方が適用される可能性があります。

両法に違反する行為が委託事業者から行われた場合は、原則としてフリーランス・事業者間取引適正化等法が優先適用されます。フリーランスとの取引がある企業は、両方の法律を理解しておく必要があります。

企業が今すぐ備えるべきこと

契約書・社内文書の見直し

法律名や用語の変更に伴い、以下の文書を確認・修正する必要があります。

  • 契約書のひな形
  • 発注書面(旧3条書面)
  • 保存書類(旧5条書類)
  • 社内規程・マニュアル
  • 帳簿類

支払い方法の見直し

手形払いを行っている企業は、現金払いへの移行が必須です。資金繰り計画の見直しと、社内の決裁フローの再設計を進めましょう。

社内研修の実施

調達・購買部門を中心に、改正内容の周知徹底が重要です。特に「価格協議への対応義務」は、日常業務に直接影響するポイントです。

まとめ

2026年1月1日に施行された取適法は、中小企業の取引環境を改善し、サプライチェーン全体での適切な価格転嫁を促進することを目的としています。

主な変更点は、名称・用語の変更、手形払いの禁止、協議なき一方的価格決定の禁止、適用対象の拡大、振込手数料負担の明確化の5つです。特に手形払いの禁止と価格協議義務は、多くの企業の業務フローに影響を与えます。

企業としては、契約書や社内文書の見直し、支払い方法の再構築、社内研修の実施など、早急な対応が求められます。法令違反リスクを回避するためにも、改正内容を正しく理解し、適切な対応を進めていきましょう。

参考資料:

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