下請法から取適法へ:中小企業の資金繰りを改善する法改正
はじめに
2026年1月1日、22年ぶりとなる下請法の抜本改正が施行されました。法律の名称も「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」から「中小受託取引適正化法(取適法)」に変更されています。
この改正の背景には、労務費や原材料費などのコスト上昇が続く中、中小企業が適切な価格転嫁を実現し、賃上げの原資を確保できる環境を整備する狙いがあります。特に注目すべきは、部品代金の現金化までの期間が最長120日から60日に短縮されること、そして手形による支払いが原則禁止されることです。
金利上昇局面において、中小企業の資金繰りを支援するこの法改正について、主な変更点と企業が取るべき対応を詳しく解説します。
取適法の主な変更点
法律名称と用語の変更
まず目につくのは、法律の名称変更です。「下請」という言葉には、委託側と受託側の上下関係を連想させる側面がありました。そのため、法律名を含む主要な用語が変更されています。
- 法律名:下請代金支払遅延等防止法 → 中小受託取引適正化法
- 親事業者 → 委託事業者
- 下請事業者 → 中小受託事業者
- 下請代金 → 製造委託等代金
この用語変更は、発注者と受注者の対等な関係を促進する意図が込められています。
適用対象の大幅拡大
従来の下請法は、発注者(親事業者)と受注者(下請事業者)の資本金規模によって適用対象が限定されていました。このため、発注者の資本金が小さい場合や、受注者が個人事業主(フリーランス)の場合など、法律の保護を受けられないケースが多く存在していました。
取適法では、従来の資本金基準に加え、従業員数による基準が新たに追加されました。
製造委託、修理委託、特定運送委託、一部の情報成果物・役務提供委託の場合:
- 委託事業者:常時使用する従業員が300人超
- 中小受託事業者:従業員数に応じて対象となる
その他の情報成果物作成委託・役務提供委託の場合:
- 委託事業者:常時使用する従業員が100人超
- 中小受託事業者:従業員数に応じて対象となる
この変更により、これまで「保護の穴」となっていた多くの取引が法律の適用対象となります。
特定運送委託の追加
対象取引として、新たに「特定運送委託」が追加されました。これにより、運送業界における下請取引の適正化も進むことが期待されています。
支払条件の改善:手形払い禁止と60日ルール
手形払いの禁止
取適法の最も注目すべき変更点の一つが、手形による支払いの禁止です。これは従来にはなかった新しいルールです。
従来、下請代金を手形で支払う場合、支払期日(納品から60日以内)から手形の満期日まで、さらに最長120日(繊維業は90日)のサイト(期間)が認められていました。これは、中小企業が実際に現金を手にするまでに、最長で180日(約6カ月)かかる可能性があったことを意味します。
2024年11月からは、公正取引委員会が手形サイトを60日以内に短縮するよう指導してきました。取適法では、これをさらに進めて手形払い自体を原則禁止としています。
電子記録債権やファクタリングについても、支払期日までに代金に相当する金銭(手数料等を含む満額)を得ることが困難であるものは禁止されます。
支払期限60日ルールの厳格化
従来から、下請代金の支払期日は「納品等から60日以内」とされていました。取適法ではこのルールが維持されつつ、手形払いが禁止されることで、中小企業が現金を手にするまでの期間が大幅に短縮されます。
従来の最長支払期間: 支払期日(60日)+ 手形サイト(120日)= 180日
取適法施行後: 支払期日(60日)= 60日
この変更は、金利上昇局面において中小企業の資金繰りを大きく改善する効果が期待されています。
新たな禁止行為:価格協議拒否の禁止
一方的な代金決定の禁止
取適法では、新たに「価格協議に応じない行為」が禁止行為として追加されました。
具体的には、中小受託事業者から価格協議の求めがあった場合に、これに応じずに一方的に代金を決定することが違反となります。協議を明示的に拒否する場合だけでなく、以下のような行為も違反に該当します。
- 協議の求めを無視する
- 協議を繰り返し先延ばしにする
- その他、協議を困難にさせる行為
この規定により、原材料費や労務費の上昇を取引価格に反映させるための交渉(価格転嫁交渉)が、より実効性のあるものとなることが期待されています。
従来からの禁止行為(11項目)
取適法では、従来の下請法から引き継いだ禁止行為と新設された禁止行為を合わせて、11項目の禁止行為が定められています。主なものを紹介します。
-
代金の減額禁止: 発注時に決定した代金を発注後に減額する行為。協賛金の徴収、原材料価格の下落など、名目や方法、金額にかかわらず、あらゆる減額行為が禁止されます。
-
返品の禁止: 発注した物品等を受領後に返品する行為。ただし、不良品などの場合は受領後6カ月以内であれば返品可能です。
-
買いたたきの禁止: 発注する物品・役務等に通常支払われる対価に比べて著しく低い代金を不当に設定する行為。
-
購入強制・利用強制の禁止: 委託事業者が指定する製品、原材料等の購入や、保険、リース等の利用を強制し、その対価を負担させる行為。
-
報復措置の禁止: 中小受託事業者が違反行為を公正取引委員会等に通報したことを理由に、取引停止や数量削減などの不利益な取り扱いをする行為。
委託事業者の義務
書面交付義務
委託事業者は中小受託事業者に対して製造委託等を行った場合、直ちに以下の事項を書面または電磁的方法により明示しなければなりません。
- 中小受託事業者の給付の内容
- 製造委託等代金の額
- 支払期日および支払方法
- その他公正取引委員会規則で定める事項
支払期日の遵守
委託事業者は、業務完了から60日以内に代金を支払う義務があります。この期日を過ぎた場合、遅延利息の支払いが求められます。
書類の保存義務
取引に関する書類を一定期間保存する義務も引き続き定められています。
違反した場合の措置
行政措置
取適法に違反した場合、委託事業者には以下の行政措置が取られる可能性があります。
- 公正取引委員会、中小企業庁、事業所管省庁からの指導・助言
- 公正取引委員会からの勧告
- 事業者名の公表
改正により、これまで公正取引委員会や中小企業庁のみが行っていた指導・助言について、事業所管省庁の主務大臣にも権限が付与されました。これにより、複数の省庁が連携して違反行為に対応する「面的執行」が強化されます。
刑事罰
以下の違反行為については、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
- 書面の交付義務違反
- 書類の作成・保存義務違反
- 公正取引委員会や中小企業庁への報告拒否、または虚偽の報告
中小企業を取り巻く環境
金利上昇の影響
日本銀行は2024年3月にマイナス金利政策を解除し、2025年1月には政策金利を0.5%に引き上げました。中小企業の借入金利水準判断DIは51まで上昇し、2007年以来の高水準となっています。
借入金依存度が高い中小企業にとって、金利上昇は利益を直接圧迫する要因となります。このような環境下で、取引代金の早期現金化を可能にする取適法の施行は、中小企業の資金繰り改善に大きく寄与することが期待されています。
価格転嫁の進捗
経済産業省の2025年9月調査によると、中小企業の価格転嫁率は53.5%となりました。コスト要素別では、原材料費55.0%、労務費50.0%、エネルギーコスト48.9%で、労務費の転嫁率は初めて50%に到達しています。
発注側企業からの申し入れにより価格交渉が行われた割合は34.6%となり、価格交渉できる雰囲気が醸成されつつあります。取適法の施行により、この流れがさらに加速することが期待されます。
企業が取るべき対応
委託事業者(発注側)の対応
- 支払条件の見直し:手形払いを廃止し、現金払いまたは振込に移行する
- 書面交付の徹底:取引条件を明記した書面を確実に交付する
- 価格協議への対応:中小受託事業者からの価格協議の求めに誠実に応じる体制を整える
- 社内研修の実施:取適法の内容を社内に周知し、コンプライアンス体制を強化する
中小受託事業者(受注側)の対応
- 取適法の内容を理解し、自社の権利を把握する
- 不当な取引条件に対しては、価格協議を求める
- 違反行為があった場合は、「取引かけこみ寺」(旧:下請かけこみ寺)に相談する
まとめ
2026年1月1日に施行された「中小受託取引適正化法(取適法)」は、22年ぶりとなる下請法の抜本改正です。手形払いの禁止により、中小企業が代金を現金化するまでの期間は最長180日から60日に短縮されました。
金利上昇局面において、この変更は中小企業の資金繰りを大きく改善する効果が期待されます。また、価格協議拒否の禁止により、原材料費や労務費の上昇を価格に転嫁するための交渉も、より実効性のあるものとなります。
委託事業者・中小受託事業者の双方が法律の内容を正しく理解し、適正な取引関係を構築することが、サプライチェーン全体の健全な発展につながります。
参考資料:
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