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by nicoxz

上野動物園パンダ、中国へ帰る:半世紀ぶり国内ゼロの意味

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はじめに

2026年1月25日、上野動物園(東京・台東)の双子のジャイアントパンダ、シャオシャオとレイレイの最終観覧日を迎えました。多くのファンが別れを惜しむ中、2頭は27日に中国へ返還されます。

この返還により、日本国内で飼育されるジャイアントパンダはゼロになります。1972年にカンカンとランランが来日して以来、約半世紀にわたって続いてきた「パンダのいる日本」が、いったん途切れることになります。日中友好の象徴とされてきたパンダの不在は、何を意味するのでしょうか。

シャオシャオとレイレイの返還

最終観覧日の様子

2026年1月25日、最終観覧日の上野動物園には多くのファンが詰めかけました。観覧枠は4,400人で、抽選倍率は約25倍の狭き門となりました。観覧客からは「バイバイ」の声が飛び、別れを惜しむ姿が見られました。

返還の経緯

シャオシャオとレイレイは2021年6月に上野動物園で誕生した双子です。中国との協定では2026年2月が返還期限となっており、日中共同の繁殖研究として飼育されてきました。

日本国内で生まれたパンダであっても、所有権は中国側にあります。これは「ブリーディング・ローン」と呼ばれる国際的な取り決めによるもので、繁殖・研究を目的とした貸与形式となっています。

国内パンダゼロへ

2025年6月には和歌山県のアドベンチャーワールドで飼育されていた4頭も中国に返還されており、残るは上野動物園の2頭のみとなっていました。シャオシャオとレイレイの返還により、日本国内のパンダ飼育数は1972年以来初めてゼロとなります。

パンダ外交の歴史

1972年:カンカンとランラン来日

パンダと日本の関係は、1972年の日中国交正常化に遡ります。この年の9月、日中間の国交が結ばれた記念として、中国から日本に2頭のジャイアントパンダが贈られました。カンカン(康康)とランラン(蘭蘭)です。

当時、北京動物園で飼育されていた個体の中から、容姿・性格など最も優れた2頭が選ばれました。中国名はシンシン(新興)とアルシン(二興)でしたが、来日時に改めて命名されました。

空前のパンダフィーバー

1972年10月28日、羽田空港には当時の内閣官房長官・二階堂進が赴いて専用機を出迎えました。パンダのおりは飛行機の1等客室の位置に置かれ、羽田空港からはパトカーの先導で上野動物園へ向かいました。コンテナの箱には「中国人民から日本人民へ贈る」の文字がありました。

11月5日に一般公開が始まると、上野動物園とその周辺には愛らしい姿を一目見ようという人で長い行列ができました。2時間待って30秒しか見られなくても、人々は辛抱強く待ち続けました。

「贈与」から「貸与」へ

当時のカンカンとランランは、友好の証として「贈与」された個体でした。返還の義務や、生まれた子を中国側に引き渡す義務はありませんでした。

しかし1981年に中国がワシントン条約に加盟すると、絶滅危惧種のパンダは保護対象となります。以降、パンダの国際移動は「贈与」から繁殖・研究を目的とした「貸与(ブリーディング・ローン)」へと変わりました。現在のシャオシャオとレイレイも、この枠組みで飼育されていたのです。

パンダ外交の意味

中国の外交戦略

中華人民共和国は1950年代からパンダ外交を展開してきました。1957年から1983年にかけて、24頭のパンダがソビエト連邦や朝鮮民主主義人民共和国、アメリカ合衆国、イギリスを含む9か国に友好の印として送られました。

特に象徴的だったのは1972年4月、ニクソン大統領の訪中を機にアメリカに贈られたリンリンとシンシンです。ワシントン国立動物園では初日だけで2万人以上、初年度には約1,100万人が見物に訪れました。この成功は、中国がアメリカとの国交正常化を熱望している証拠とも見なされました。

日中関係とパンダ

日本にとってパンダは、日中友好の象徴として特別な存在でした。国交正常化の記念として贈られたカンカンとランラン以来、上野動物園のパンダは日中関係の良好さを示すバロメーターともなってきました。

その存在が消えることは、日中間の文化的なパイプが一つ細くなることを意味するとの見方もあります。

新たなパンダ貸与の行方

都の交渉

東京都は中国側に対し、新たなペアの貸与を求めていますが、現時点で実現の見通しは立っていません。

パンダの貸与には中国との外交関係が大きく影響します。近年の日中関係は、尖閣諸島問題や台湾海峡をめぐる緊張など、必ずしも良好とは言えない状況が続いています。

他の動物園の動向

アドベンチャーワールドも新たなパンダ受け入れを模索していますが、こちらも具体的な進展は報じられていません。

パンダの年間レンタル料は1頭あたり約1億円とも言われ、飼育施設の維持費も含めると多額のコストがかかります。経済的な側面も、新規受け入れのハードルとなっています。

「パンダロス」と日本社会

経済効果

上野動物園のパンダは、年間数百億円の経済効果をもたらしてきたとされています。パンダグッズの販売、周辺商店街への来客、メディアでの露出など、その影響は動物園の入場料収入をはるかに超えるものでした。

シャオシャオとレイレイの返還は、上野地域の経済にも少なからぬ影響を与えることが予想されます。

文化的な喪失感

約半世紀にわたって日本人に愛されてきたパンダ。その不在は、単なる動物園の展示動物が減るという話ではありません。多くの日本人にとって、パンダは子供の頃の記憶や、家族との思い出と結びついた存在でもあります。

「パンダのいない日本」という現実は、世代を超えた文化的な喪失感をもたらす可能性があります。

今後の展望

再びパンダが来る日

日中関係の改善とともに、新たなパンダが来日する可能性は残されています。外交関係は常に変化するものであり、未来永劫パンダが来ないということではありません。

ただし、それがいつになるかは政治・外交情勢に大きく左右されます。

パンダを待つ間に

パンダがいない期間、日本の動物園は他の魅力的な動物たちに光を当てる機会ともなります。ゾウ、キリン、ゴリラなど、それぞれに興味深い生態を持つ動物たちへの関心を高めるきっかけになるかもしれません。

まとめ

上野動物園のシャオシャオとレイレイが中国へ帰り、日本は約半世紀ぶりに「パンダのいない国」となります。1972年のカンカン・ランラン来日以来、パンダは日中友好の象徴として日本人に愛されてきました。

新たなパンダの貸与交渉は続いていますが、実現の見通しは立っていません。パンダの不在は、日中関係の現状を映し出す鏡でもあります。再びパンダが来る日を待ちながら、私たちはこの半世紀の日中関係の歴史を振り返る機会を得たのかもしれません。

参考資料:

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