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by nicoxz

米自動車ビッグ3のEV損失8兆円超、中国接近の背景

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はじめに

米国の自動車大手3社、いわゆる「ビッグ3」が電気自動車(EV)事業で巨額の損失を計上しています。フォード・モーター、ゼネラルモーターズ(GM)、ステランティスの3社が公表したEV関連の減損・損失額は合計で550億ドル(約8兆円)を超えました。

この背景には、トランプ政権によるEV補助金の廃止や環境規制の緩和があります。かつて政府主導で進められたEVシフトが大きく後退するなか、各社は戦略の見直しを迫られています。特にフォードは低コストEVの開発で中国企業との提携を模索し始めており、脱炭素政策の転換が皮肉にも中国接近を招くという構図が浮かび上がっています。

本記事では、ビッグ3各社の損失の内訳と背景、そしてフォードの中国接近戦略について詳しく解説します。

ビッグ3のEV損失、その全体像

各社の損失規模を比較する

2025年度の決算で、ビッグ3はそろってEV事業の大規模な減損処理を発表しました。損失額の内訳は以下の通りです。

ステランティスは222億ユーロ(約265億ドル)と最大規模の減損を計上しました。これはEV需要の過大評価に伴う資産評価の見直しが主因です。フォードは195億ドルの減損処理を行い、2025年通年で82億ドルの純損失を計上しました。これは2008年の金融危機以来最悪の業績です。GMは約76億ドルのEV関連損失を計上し、このうち42億ドルは生産計画の縮小に伴うサプライヤーへの違約金として支払われます。

3社合計の損失額はおよそ536億ドル(約8兆2000億円)に達しており、自動車産業史上でも類を見ない規模の損失です。

なぜこれほどの損失が生じたのか

各社のCEOが口をそろえて指摘するのが「エネルギー転換のペースの過大評価」です。ステランティスのアントニオ・フィローザCEOは「本日発表された費用は、エネルギー転換のペースを過大評価したことによるコストを大きく反映しています」と述べています。

具体的には、EV専用プラットフォームや電池工場への過大投資、販売見込みに基づくサプライヤーとの長期契約、そしてEV専用モデルの開発費用などが減損対象となりました。需要が伸びなかったことで、これらの投資が回収不能と判断されたのです。

トランプ政権のEV政策転換が与えた衝撃

補助金廃止とEV販売の急減

トランプ政権は2025年9月末にEV購入補助金(1台あたり最大7500ドル)を廃止しました。この影響は販売台数に如実に表れています。

2024年には全新車販売に占めるEVの割合が10%を超えていました。しかし補助金廃止後の2025年11月には6.3%にまで低下しています。自動車情報サイトのエドマンズは2026年のEVシェアが6.0%にまで落ち込むと試算しています。

GMのEV販売台数は2025年の第3四半期から第4四半期にかけて43%も減少しました。政府のインセンティブにEV需要がいかに依存していたかを示すデータです。

長期見通しも大幅下方修正

中長期的な予測も大きく下方修正されています。ブルームバーグNEFは2030年時点における米国のEV販売割合を27%と予測していますが、これは2024年時点の予測値48%から大幅な引き下げです。

国際エネルギー機関(IEA)も2030年の米国EV販売割合を20.6%と予測し、以前の50%以上という見通しから大きく下方修正しました。米国のEV市場は当初の想定よりもはるかにゆっくりとした成長にとどまる見通しです。

フォードの中国接近戦略

CATL電池技術の採用で低コスト化を目指す

巨額損失に苦しむフォードが打ち出した再建策の柱が、中国企業との技術提携です。フォードは中国の電池大手CATL(寧徳時代新能源科技)からリン酸鉄リチウム(LFP)電池の技術をライセンス供与される形で、低コストEVの開発を進めています。

ミシガン州マーシャルに建設中のLFP電池工場は35億ドルを投資し、2026年の稼働を予定しています。ただし当初計画から生産能力は約43%縮小され、年間20ギガワット時に引き下げられました。雇用計画も2500人から1700人に削減されています。

LFP電池はコバルトやニッケルを使わないため、従来のリチウムイオン電池よりも大幅にコストを抑えられます。フォードはこの電池技術を活用して、3万ドル(約440万円)台の低価格EVを投入する計画です。

ルノーとの欧州提携で中国勢に対抗

フォードは2025年12月、フランスのルノーとの戦略的提携も発表しました。ルノーのAmpereプラットフォームを活用し、フォードブランドの手頃なEV2車種を開発します。生産はフランス北部のルノー工場で行われ、最初のモデルは2028年に欧州市場に投入予定です。

フォードのジム・ファーリーCEOは「我々は業界で生き残りをかけた戦いの中にいる」と述べており、中国の低価格EVメーカーに対抗するため、自社単独ではなく提携戦略で立ち向かう姿勢を鮮明にしています。

矛盾する政策と現実

ここに興味深い構図が浮かび上がります。トランプ政権は中国を意識した貿易政策を強化する一方で、EV補助金を廃止しました。しかしその結果、米自動車メーカーは自力でのEV開発コスト負担に耐えきれず、低コスト技術を持つ中国企業への依存を深めています。

脱炭素政策の後退が、結果的に中国の技術的影響力を米国自動車産業に浸透させるという逆説的な事態が生じているのです。

注意点・展望

EV黒字化は2029年以降か

フォードのシェリー・ハウスCFOは、EV事業の黒字化は2029年頃になるとの見通しを示しています。2026年もModel e部門(EV事業)で40億〜45億ドルの損失を見込んでいます。

一方、フォード全体としては2026年に調整後EBITで80億〜100億ドルを見込んでおり、トラックや商用車などの従来型事業がEV損失を補填する構図が続きます。

各社の戦略の行方に注目

今後の注目点は、各社がどの程度中国技術への依存を深めるかです。米国の政治環境では中国企業との提携に対する風当たりが強まる可能性があります。フォードのCATL電池工場も過去に政治的な批判を受けており、地政学リスクは無視できません。

また、テスラが独自の低コスト製造技術で市場をリードするなか、ビッグ3が提携戦略でどこまで追い上げられるかも重要な論点です。

まとめ

米自動車ビッグ3のEV関連損失は合計8兆円を超え、EVシフトの急激な後退が浮き彫りになりました。トランプ政権の補助金廃止によりEV需要は急減し、過大投資の代償が一気に表面化しています。

フォードは中国CATLの電池技術やルノーとの提携で低コストEV開発を進めていますが、黒字化までにはまだ数年を要する見通しです。脱炭素政策の後退が皮肉にも中国への技術依存を深めるという構図は、米国の自動車産業政策が抱える矛盾を象徴しています。

今後はEV市場の回復速度と各社の提携戦略の成否が、ビッグ3の命運を左右することになるでしょう。

参考資料:

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