USTR代表が関税率の相互関税水準への復元を表明
はじめに
2026年2月25日、米通商代表部(USTR)のジェイミソン・グリア代表は、米FOXビジネスのインタビューにおいて、世界各国・地域に対する関税率を将来的に相互関税(レシプロカル・タリフ)の水準まで引き上げる方針を表明しました。この発言は、米連邦最高裁判所が2月20日にトランプ政権の相互関税を違憲と判断したわずか5日後のものです。最高裁判決を受けてトランプ政権は即座に1974年通商法122条を根拠とする暫定的な10%の追加関税を発動しましたが、グリア代表の発言は、政権が関税政策の後退を一時的なものにとどめる強い意思を持っていることを示しています。本記事では、一連の経緯と今後の見通しについて詳しく解説します。
最高裁のIEEPA関税違憲判決とその影響
判決の概要
2026年2月20日、米連邦最高裁判所は「Learning Resources, Inc. v. Trump」事件において、6対3の判決でトランプ大統領が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づいて課した関税措置を違法と判断しました。判決の核心は、合衆国憲法が関税を含む課税権限を大統領ではなく連邦議会に付与しているという点にあります。最高裁は、IEEPAの条文に「輸入の規制」という広い表現は含まれているものの、「関税」(tariff)という語は明示されておらず、同法が大統領に関税賦課の権限を委任しているとは解釈できないと結論づけました。
この判決により、トランプ政権が2025年4月の「解放の日」(Liberation Day)以降に発動してきた国別の相互関税がすべて無効化されました。相互関税は中国に対する最大145%を筆頭に、インドやブラジルに対しては最大50%、その他の多くの国に対しても10%から50%の範囲で課されており、米国の平均実効関税率は1930年代初頭以来の高水準となる約17%にまで上昇していました。
経済・外交への影響
最高裁判決は、1,000社以上の企業が提訴していた大規模な通商訴訟に決着をつけるものとなりました。判決を受けて、IEEPA関税の下で支払われた関税の還付を求める動きが活発化しています。イェール大学バジェットラボの分析によると、判決前の米国の関税構造は大幅に歪んでおり、今回の判決は貿易政策の法的基盤を根本から問い直す契機となりました。
一方で、トランプ政権が各国と締結してきた二国間貿易協定への影響も注目されています。インド(関税率を25%から18%に引き下げ)、インドネシア、台湾、バングラデシュなど、相互関税を交渉のてことして成立した合意の扱いが不透明になっています。
通商法122条の発動と関税率引き上げの方針
122条に基づく暫定関税の発動
最高裁判決からわずか数時間後、トランプ大統領は1974年通商法122条に基づく大統領令に署名し、全世界からの輸入品に対して一律10%の「グローバル関税」を課すことを発表しました。この関税は2月24日午前0時1分(東部標準時)に発効し、150日間の時限措置として運用されます。
通商法122条は、米国が「大規模かつ深刻な」国際収支赤字に直面した場合に、大統領が一時的な輸入制限措置を発動できるとする規定です。ただし、この条項が実際に発動されたのは今回が史上初めてであり、上限税率は15%、期間は150日に制限されています。ホワイトハウスは、米国が「根本的な国際支払い問題」を抱えていると宣言し、122条発動の根拠としました。
グリア代表の関税率復元発言
グリア代表は2月25日のFOXビジネスのインタビューで、現行の10%関税について「一部の国に対しては15%に引き上げ、さらにそれ以上になる国もある」と述べました。これは、122条の上限である15%を最大限活用しつつ、他の法的根拠を組み合わせることで相互関税と同等の水準を目指す方針を示唆するものです。
特に重要なのは、グリア代表が関税率を「相互関税並みに戻す」と明言した点です。これは、最高裁判決で一度は大幅に引き下げられた関税を、別の法的根拠を用いて元の水準に回復させるという政権の明確な意思表示です。グリア代表はまた、中国に対する関税については「現在の水準を超えて引き上げる意図はない」とし、既存の中国との合意を維持する方針も示しました。
通商法301条調査の開始
グリア代表は、122条関税の150日間を「調査と決定のための期間」として活用する考えも示しました。具体的には、USTR が通商法301条に基づく複数の新規調査を「加速されたスケジュール」で開始する計画を発表しています。301条調査の対象は広範にわたり、産業過剰生産能力、強制労働、医薬品の価格慣行、米国テクノロジー企業やデジタルサービスに対する差別的慣行、デジタルサービス税、海洋汚染、水産物・コメなどの貿易慣行が含まれるとされています。
301条は、不公正な貿易慣行に対して大統領に広範な制裁権限を付与する規定であり、IEEPAとは異なり関税賦課の法的根拠として確立されています。122条の150日間の時限措置が終了する2026年7月24日までに、301条調査の結果に基づく新たな関税措置を整備することが、政権の基本戦略と見られています。
法的課題と今後の展望
122条自体への法的挑戦
通商法122条に基づく関税も、法的挑戦を免れない可能性があります。CBSニュースの報道によると、複数の法律専門家が122条の発動要件に疑問を呈しています。同条は「国際収支の不均衡を是正するために他国と協力する」ことを前提としていますが、現在そのような国際的な協力の枠組みは存在しないとの指摘があります。
また、ピーターソン国際経済研究所(PIIE)の分析では、122条関税が法廷で争われる可能性は高いものの、150日間という短い期間のために、訴訟が決着する前に関税自体が失効する可能性が高いとされています。つまり、122条関税は法的に脆弱であっても、時間切れで実質的に争いようがないという状況が生まれうるのです。
301条調査の時間軸
301条調査は通常、開始から関税発動まで12カ月から18カ月を要するプロセスです。しかし、グリア代表は「加速されたスケジュール」での実施を明言しており、122条の150日間という期限内に一定の成果を出すことを目指していると考えられます。ただし、手続きの短縮が適正手続きの要件を満たすかどうかは、別途法的検討が必要です。
加えて、政権は232条(安全保障に基づく関税)に基づく調査も9件を進行中とされ、半導体から医療機器まで幅広い品目が対象となっています。301条と232条を組み合わせることで、IEEPA に依存しない新たな関税体系を構築する構想が浮かび上がります。
議会との関係
122条関税の150日間の期限切れ後に関税を延長するには、議会の承認が必要です。現在の政治環境では、議会が関税延長に賛成するかどうかは不透明です。共和党内でも自由貿易を支持する議員と保護主義的な議員の間で意見が分かれており、民主党は最高裁判決を支持する立場をとっています。議会の動向が、今後の関税政策の方向性を大きく左右する要因となるでしょう。
まとめ
グリアUSTR代表の「関税率を相互関税並みに戻す」という発言は、最高裁の違憲判決にもかかわらず、トランプ政権が高関税政策を放棄する意図がないことを明確にしました。通商法122条による150日間の暫定措置を「橋渡し」として、301条調査や232条調査など複数の法的根拠を組み合わせて新たな関税体系を構築する戦略が進行しています。ただし、122条自体の合法性、301条調査の時間的制約、議会との調整など、政権が乗り越えるべきハードルは少なくありません。企業や投資家にとっては、150日後の2026年7月下旬を一つの重要な節目として、通商政策の動向を注視する必要があります。
参考資料
- Supreme Court strikes down tariffs - SCOTUSblog
- Supreme Court Trump Tariffs Ruling: Analysis | Tax Foundation
- Ambassador Greer Issues Statement on Supreme Court IEEPA Decision | USTR
- Greer signals tariffs may rise to 15% or higher for some countries | Fox Business
- Fact Sheet: President Donald J. Trump Imposes a Temporary Import Duty | The White House
- How will Trump’s new 15 percent tariff fare in court? | PIIE
- From IEEPA to Section 122: What Changed on 20 February 2026 | Global Trade Alert
- The Supreme Court Clipped Trump’s Tariff Powers — and Opened New Trade Battlefronts | CFR
- In Response to U.S. Supreme Court IEEPA Tariff Ruling, USTR Plans to Initiate Section 301 Investigations | SmarTrade
- State of U.S. Tariffs: SCOTUS Ruling Update | Yale Budget Lab
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