働き方改革に残る昭和発想とトップと現場のすれ違い構図の実態分析
はじめに
働き方改革関連法の施行から7年が過ぎ、日本企業では残業規制の見直しをめぐる議論が再び熱を帯びています。経営側からは「若いうちはもっと働くべきだ」「副業するなら本業で力を出してほしい」といった声が聞かれますが、現場の不満はそれとは別の方向を向いています。長く働きたいわけではないが、短く働くだけでも納得できない。そこに、いまの職場のねじれがあります。
問題の本質は、昭和型の「長く会社にいる人ほど熱心で成長する」という発想が、制度だけでは消えていないことです。厚生労働省の総点検や民間調査をみると、若手が求めているのは単純な時短ではなく、対価、成長、納得感です。本稿では、残業規制7年後のデータを基に、経営と現場の不満がなぜすれ違うのかを整理します。
制度が変えても意識が変わり切らない構図
残業上限が示した最低ライン
厚生労働省の特設サイトによると、時間外労働の上限は原則として月45時間、年360時間です。特別条項付きでも年720時間以内、複数月平均80時間以内、月100時間未満という枠が設けられ、違反には罰則の可能性があります。法改正前は、法律上の残業上限がなく、実質的には行政指導頼みでした。つまり働き方改革は、まず「どこまで働かせてよいか」の最低ラインを法律で明確にした改革でした。
実際、残業時間は減少傾向にあります。dodaの2025年調査では、月間の平均残業時間は20.6時間で、3年連続の減少でした。20代に限ると16.5時間まで下がっています。数字だけ見れば改革は一定の成果を挙げたといえますが、それでも不満が消えないのは、削られたのが必ずしも「無駄な仕事」ではなく、仕事の量と評価の仕組みのずれだからです。
緩和を望む声は一部でも目立つ現実
厚労省が2026年2月に公表した「働き方改革関連法施行後5年の総点検」は、このねじれをよく示しています。労働者3000人への調査では、現在の労働時間について「このままでよい」が59.5%、「減らしたい」が30.0%で、「増やしたい」は10.5%にとどまりました。企業ヒアリングでも327社のうち201社が現状維持、73社が削減、53社が増加を希望しています。増やしたい企業は確かに存在しますが、多数派ではありません。
それでも経営側の「もっと働け」論が強く聞こえるのは、時間規制に対する不満が、組織改革の遅れと結びついているからです。人手不足や受注変動、管理業務の増加を抱える企業ほど、業務プロセスの見直しより先に「使える時間を増やしたい」と考えやすいのです。昭和型の発想が残るのは、根性論だけでなく、変革コストを避けたい組織の合理性とも結びついています。
現場が求めるのは時短より納得感
若手の許容ラインと対価意識
若手社員の感覚は、制度上の上限よりかなり手前にあります。ジェイックの2026年調査では、20代正社員の67.5%が「月20時間以上」の残業で働きすぎと感じると答えました。しかも、忙しくても前向きに頑張れる条件の1位は「仕事量や成果に見合った昇格・給与」で43.0%でした。若手が拒んでいるのは努力そのものではなく、見返りや意味づけが曖昧な努力です。
自由記述でも、「目的不明の会議」「紙ベースの回覧」「上司に挨拶をしてから帰るための待ち時間」といった不満が並びます。これは典型的な昭和型の職場慣行です。時間を使うこと自体が評価され、仕事の中身よりも同調や儀礼が優先されると、短時間労働の制度があっても現場の疲弊感はなくなりません。むしろ、限られた時間の中に無駄が詰め込まれるぶん、納得感は下がります。
つながりっぱなしと管理職の板挟み
Job総研の2026年調査では、勤務時間外の業務連絡を受けた経験がある人は6割に上り、4割が「つながりっぱなし」に不満を感じているとされました。残業時間が減っても、チャットやメールで常時接続が続けば、体感としての拘束感は残ります。現場から見れば、会社は労働時間を減らしたと言いながら、実際には境界線を曖昧にしただけだという受け止めになりやすいです。
その一方で、管理職も楽になっていません。アルーの2026年管理職レポートでは、Z世代育成を「難しい」とみる管理職が59.7%に達し、構造的な板挟みが指摘されています。部下には配慮と自律を求められ、上からは成果とスピードを求められるなかで、管理職は自分の時間を削って調整役に回りがちです。リクルートマネジメントソリューションズの調査でも、一般社員の6割超が管理職になることに否定的でした。責任の重さと報われなさが、次の担い手不足につながっています。
注意点・展望
この問題で注意すべきなのは、「現場は楽をしたいだけ」「経営者は古いだけ」と単純化しないことです。現場には賃上げや成長への期待があり、経営には人手不足や競争激化への焦りがあります。すれ違いを深めているのは、その間を埋める業務設計と評価制度の更新が遅いことです。PwC Japanの2026年公表資料でも、日本企業はグローバルと比べてAI活用が遅れていると指摘されました。生産性向上を時間投入で補う発想が残りやすい土壌です。
今後の論点は、労働時間規制を緩めるかどうかよりも、何を成果として測るかへ移るはずです。会議削減、書類のデジタル化、勤務時間外連絡のルール整備、管理職の役割分担見直しが進まなければ、規制を緩めても不満は解消しません。逆に、対価と成長機会が見える設計ができれば、若手は一定の負荷を受け入れる余地があります。
まとめ
働き方改革に残る昭和の影とは、長時間労働そのものより、「時間を差し出すことが忠誠や成長の証しだ」という発想です。制度は変わっても、会議、即レス、対面主義、管理職への過剰な期待が残れば、トップと現場の不満は噛み合いません。厚労省の総点検が示したのは、労働者の多数が今より長く働きたいわけではないという現実でした。
このテーマを追うときは、残業時間の多寡だけでなく、何が無駄として放置されているのか、忙しさに見合う対価と成長があるのかを見ることが重要です。働き方改革の次の段階は、時間管理の厳格化ではなく、昭和型の評価観をどう更新するかにあります。
参考資料:
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