漂流する円、広がる資産防衛の投資シフト
はじめに
円安とインフレの同時進行が、日本の個人の資産運用を大きく変えつつあります。2025年9月末時点で、家計の金融資産に占める現預金の比率が49.1%となり、18年ぶりに50%を割り込みました。「銀行預金に置いておけば安心」という従来の常識が揺らいでいます。
物価高が加速する中、建築コストや生活費の上昇は家計だけでなく、寺院や自営業者の経営にも深刻な影響を与えています。こうした環境下で、住職が米国株に投資するといった事例に象徴されるように、これまで投資と縁遠かった層にまで資産防衛の意識が広がっています。
本記事では、円安・インフレ時代における日本の資産防衛の実態と、個人投資家が取り得る戦略について解説します。
円安長期化の構造的背景
日米金利差が生む円安圧力
円安の最大の要因は日米の金利差です。米国では2022年以降のインフレ対策として大幅な利上げが実施され、長期金利は4%台で推移しています。一方、日本は長年の低金利政策からの転換を模索している段階にあります。
2026年2月時点で、ドル円は150円台を中心に推移しています。野村證券は2026年末の着地水準を150円と予測し、三井住友DSアセットマネジメントは年後半に140円台前半への調整を見込んでいます。いずれにせよ、円安基調が短期間で解消される見通しは立っていません。
日銀は利上げペースの加速を検討しており、2026年6月までの利上げ確率は73%とされています。しかし、利上げが実施されても日米の金利差が大幅に縮まるには時間がかかるのが現実です。
高市政権の円安許容姿勢
高市早苗首相が掲げる「責任ある積極財政」は、大規模な財政出動を伴うため、円安圧力を強める可能性があります。2026年度予算案は過去最大の122兆円規模に達しており、市場では「高市政権の円安許容度」を試す展開が続いています。
野村證券のレポートでは、ドル円の見通しを円安方向に修正し、高市政権の政策スタンスが為替相場に与える影響を注視する必要があると指摘しています。
インフレが蝕む「預金だけ」の資産
現預金の実質価値が目減り
インフレ環境下では、預金の実質的な価値は日々目減りしていきます。年3%のインフレが続いた場合、100万円の現金は3年後に約91万円、5年後に約86万円、10年後には約74万円の実質価値にまで減少するという試算があります。
日本の消費者物価上昇率はG7の中でも高水準にあり、3.6%に達しています。食品やエネルギーを中心とした値上げは家計を直撃し、建築コストも2015年比で約30%上昇しています。建設工事費指数は2024年度に128.9、2025年8月には130.9に達しました。
あらゆる層に広がるインフレの影響
物価高の影響は一般家庭だけにとどまりません。寺院のような伝統的な組織も、インフレの直撃を受けています。本堂の建て替えを計画している寺院では、建築コストが当初の想定を大幅に上回り、数千万円規模に膨らむケースが報告されています。
「寺院経営はインフレに弱い」という現場の声が示すように、檀家からの布施収入が物価上昇に連動しにくい業種ほど、資産運用による収益確保の必要性が高まっています。こうした背景から、個別株投資や米国株への投資を積極的に行う住職も現れています。
広がる「貯蓄から投資へ」の波
家計の現預金比率が50%割れ
日銀が発表した2025年9月末の資金循環統計によると、家計の金融資産残高は2,286兆円と過去最高を更新しました。注目すべきは、その構成の変化です。
現預金は1,122兆円で構成比49.1%と、2007年以来18年ぶりに50%を割り込みました。一方、株式等は317兆円(13.9%)、投資信託は153兆円(6.7%)と、いずれも拡大傾向にあります。インフレが定常化してから現預金比率は着実に低下し、対照的にリスク資産の比率が上昇を続けています。
新NISAが加速させた投資シフト
2024年にスタートした新NISAは、この動きを大きく後押ししました。年間投資枠は「つみたて投資枠」120万円と「成長投資枠」240万円の合計360万円、生涯投資枠は1,800万円です。
人気を集めているのは、eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)やeMAXIS Slim米国株式(S&P500)といった低コストのインデックスファンドです。新NISAのスタートから約2年で、長期・積立・分散投資を実践する個人投資家が着実に増えています。
米国株は過去の成長実績が安定しており、円安局面では円換算のリターンが増える効果も期待できます。為替と株価の両方の上昇を取り込める点が、円安時代の投資先として支持される理由です。
多様化する投資先
2025年を振り返ると、S&P500やオール・カントリーよりも好成績を収めた資産があります。金(ゴールド)ファンドやAI関連株式ファンド、新興国株式ファンドなどが相対的に高いリターンを記録しました。
外貨預金も資産防衛の選択肢として注目されています。通貨を分散して保有することで、円の価値が下がった場合でも資産全体への影響を抑える効果が期待できます。富裕層の間では、外貨預金で金利差による「利」を稼ぐ戦略も広がっています。
注意点・展望
為替リスクへの警戒
米国株や外貨建て資産への投資は、円安局面では有利に働きますが、円高に転じた場合は逆に為替差損が発生します。2026年後半には日銀の利上げやFRBの利下げにより、円安が修正される可能性も指摘されています。
為替リスクを軽減するには、一度に大きな金額を投資するのではなく、積立投資で購入時期を分散させることが有効です。個人投資家であれば「ドルコスト平均法」による定期的な積立が、為替変動リスクの平準化に役立ちます。
過度な集中投資のリスク
米国株一辺倒の投資には注意が必要です。地域・資産クラスの分散を意識し、国内株式、不動産、金などインフレに強い実物資産も組み合わせることで、ポートフォリオ全体の安定性を高めることが重要です。
不動産は実体を持つ実物資産であり、インフレ時にも価値が下がりにくい特性があります。金もまた、通貨価値の下落に対するヘッジとして機能します。
まとめ
円安とインフレの長期化は、日本の家計に「預金だけでは資産を守れない」という現実を突きつけています。現預金比率の50%割れは、この意識変化を象徴する出来事です。
住職が米国株に投資する時代は、もはや特異な事例ではなく、日本社会全体で進む「資産防衛」の一断面です。新NISAの活用、積立投資の継続、そして資産の分散が、インフレ時代を乗り切る基本戦略となります。まずは自身の資産構成を見直し、預金に偏りすぎていないか確認することから始めてみてはいかがでしょうか。
参考資料:
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