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by nicoxz

衆院選YouTube動画の7割が匿名発信、その影響と課題

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はじめに

2024年は「SNS選挙元年」と呼ばれました。東京都知事選、兵庫県知事選、そして衆議院選挙において、YouTubeで話題になった候補者や政党が軒並み躍進したのです。

特に注目すべきは、選挙関連動画の投稿者の多くが匿名であり、その視聴回数が政党公式チャンネルを大きく上回っている点です。選挙ドットコムの調査によると、2024年10月の衆院選期間中、YouTubeで発信された関連動画の総再生回数は2億7,492万回に達し、その約6割が政治系YouTuberら「第三者」によるものでした。

この記事では、匿名投稿者による選挙動画の実態、ショート動画の特性、そしてフィルターバブルやエコーチェンバーといった課題について、独自調査に基づき解説します。有権者として知っておくべき情報リテラシーのポイントもお伝えします。

匿名投稿者が選挙動画の主役に

第三者動画が政党公式を圧倒

2024年衆院選のYouTube動画を分析すると、驚くべき構図が浮かび上がります。政治系YouTuberや個人による「第三者」動画が全体の58.9%を占め、政党公式(33.4%)、候補者公式(7.7%)を大きく上回りました。

2025年の都議選ではさらに顕著で、合計動画再生数の93.5%がサードパーティ(第三者)によるものでした。政党や候補者の公式チャンネルではなく、「切り抜き動画」や「応援チャンネル」が圧倒的な存在感を示しているのです。

また、2025年参院選では視聴上位の動画を分析したところ、テレビ局が投稿したものはわずか9%にとどまり、ほとんどが独立系YouTuberの配信でした。従来のマスメディアとは全く異なる情報流通構造が生まれています。

切り抜き動画の制作者たち

では、こうした動画を作成しているのはどのような人々なのでしょうか。東京新聞などの取材によると、多くは匿名や仮名で活動する一般の人々です。

北海道在住の会社員は、2024年夏の東京都知事選で話題となった石丸伸二氏の「推し活」をきっかけにYouTuberになりました。埼玉県在住の40代男性は、石丸氏に関する切り抜き動画チャンネルを運営し、半年足らずで100本以上を投稿しています。AIソフトで自動的に字幕や音声ナレーションをつければ、作業時間はわずか1〜2時間だといいます。

収益面では「だいたい1,000回再生で150円くらい、ショート動画だと50円くらい」で、平均して月1万5,000円から2万円程度とのことです。ただし、専業で1日約16時間働くYouTuberの中には、会社員時代の倍の収入を得ている人もいます。

政党も「切り抜きOK」戦略を採用

この流れを逆手に取った政党もあります。国民民主党の玉木雄一郎代表は2024年衆院選の際、自身の動画を「自由に切り抜いて投稿してほしい」と呼びかけました。

結果として、「178万円の壁」や「手取りを増やす」といったワンフレーズが多数の切り抜き動画で拡散され、国民民主党の獲得議席はこれまでの4倍となる28議席に躍進しました。YouTubeのショート動画とライブ配信において、選挙期間中の視聴回数がそれぞれトップだったのも国民民主党でした。

ショート動画が選挙を左右する時代

10秒〜1分の動画が主流に

選挙関連動画の視聴傾向を見ると、再生数の7割が10秒〜1分程度のショート動画に集中しています。特に20代から40代の投票行動を決定づけたのは、スマートフォンで見る数十秒の「ショート動画」だったとされています。

選挙ドットコムの調査によると、2024年衆院選で投票の参考にしたメディアで「インターネット」と答えた人の割合は、30代以下でテレビや新聞よりも多く、20代では半数以上を占めました。若年層にとって、政治情報の主要な入手先はもはやYouTubeなのです。

2025年参院選では、選挙期間中の17日間でYouTube関連動画の総再生数は17億4,823万回を超えました。これは前年の衆院選投開票日の2倍以上のペースです。

ショート動画の中毒性と脳への影響

しかし、ショート動画には注意すべき点があります。専門家が指摘するのは、その高い中毒性です。

脳科学者の榊浩平氏によると、「ショート動画の視聴は、ほぼ脳を使わない受動的な行為でありながら、60秒という短いスパンで楽に報酬(刺激)が得られるため、ネットのあらゆるコンテンツの中でも、飛びぬけて依存性が高い」とのことです。

オーストラリアのグリフィス大学の研究では、短編動画の利用増加と認知機能の低下には中程度の負の相関が認められました。特に注意力と抑制制御への影響が顕著で、記憶力や言語能力にも弱い負の関連が見られました。

AIアルゴリズムによって配信される動画はランダムで、次にどんな動画が表示されるか分かりません。この不確実性がドーパミン分泌を促し、「もう1本だけ」という心理を生み出します。クリーブランド・クリニック・チルドレンズのマイケル・マノス医師は、「脳が絶え間ない変化に慣れてしまうと、デジタルではない環境、例えば読書などに集中することが難しくなる」と警告しています。

フィルターバブルとエコーチェンバーの罠

知らず知らずのうちに情報が偏る

YouTubeで一度、特定の政治的立場の動画を視聴すると、同じ傾向の動画ばかりがおすすめに表示されるようになります。これが「フィルターバブル」と呼ばれる現象です。

フィルターバブルとは、アルゴリズムによって無意識のうちに作られる情報の偏りを指します。私たちがどれほど情報に触れているように感じても、実際には「同じような情報」ばかりを繰り返し見ている可能性があるのです。

一方、「エコーチェンバー」は自ら選択した人間関係の中で起こる意見の偏りです。SNSでは自分と似た興味関心を持つユーザーをフォローする傾向があり、結果として自分と似た意見ばかりが返ってくる状況が生まれます。

YouTubeアルゴリズムの影響

ニューヨーク大学ソーシャルメディア・政治センターの研究によると、YouTubeのおすすめアルゴリズムは、大多数のユーザーを過激主義の「ウサギの穴」に落とし込むことはなかったものの、次第にコンテンツのイデオロギーの幅を狭めていくことが分かりました。研究者はこれを「マイルドなイデオロギーのエコーチェンバー」と呼んでいます。

グーグル傘下のAI企業ディープマインドの研究チームも、おすすめアルゴリズムがエコーチェンバーやフィルターバブルを引き起こす可能性があるとの調査結果を2019年に発表しています。

切り抜き動画が生む誤解

日本ファクトチェックセンターの古田大輔編集長は、切り抜き動画の問題点をこう指摘しています。「切り抜き動画って本当にごく一部しか抜き出せないから、元々の動画、元々の情報は間違ってなかったのに、切り抜いたことによって間違ったことになったっていうことはよくあります」。

文脈から切り離された発言は、本来の意図とは異なる解釈を生みやすいのです。さらに、収益目的で「バズる」ことを優先した投稿者が、センセーショナルな切り取り方をするケースもあります。

注意点・今後の展望

規制を巡る議論

こうした状況を受け、自民党は「SNS利用による収益関係」を課題の一つに挙げています。再生数を稼げる候補者の街頭演説や映像を切り取ってSNSで配信し収益をあげる「アテンションエコノミー」を問題視しているのです。

投稿閲覧や動画再生の回数を増やすため、投稿者は過激さを求めやすくなります。その結果、誹謗中傷や不正確な情報が拡散され、民主主義の基盤となる選挙の信頼性が揺らぐ懸念があります。

ただし、2013年にインターネットによる選挙活動が解禁された当時、想定されていたのは候補者本人のホームページやメールによる情報発信でした。SNSやショート動画の急激な普及に、公職選挙法が対応しきれていないのが現状です。

有権者ができる対策

政治コミュニケーション学の専門家は、SNSを使う際に「一歩引いた意識」を持つことを推奨しています。「手軽である情報というのは、本当に大切なのかどうか。『何でこれが私のところに表示されるのか』ちょっと立ち止まって欲しい」というアドバイスです。

具体的には以下の対策が有効です。

  • YouTubeのおすすめ欄だけでなく、検索機能や登録チャンネルから動画を選ぶ
  • 自分と違う立場の人のアカウントやメディアもフォローする
  • テレビ、新聞、専門家の発信など、複数の情報源からニュースを受け取る
  • 切り抜き動画を見たら、元の動画や一次情報を確認する

まとめ

日本の選挙において、YouTubeの匿名投稿者による動画が政党公式を大きく上回る影響力を持つ時代になりました。特にショート動画は若年層の投票行動に直結しており、その傾向は今後も強まると予想されます。

一方で、ショート動画の中毒性、フィルターバブルによる情報の偏り、切り抜きによる文脈の歪曲など、有権者が注意すべき課題も山積しています。

重要なのは、アルゴリズムに「選ばせる」のではなく、自分が「見たい」ものを意識して選ぶことです。複数の情報源に当たり、一次情報を確認する習慣を身につけることが、健全な民主主義を支える第一歩となります。

参考資料:

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