アパホテル53期連続黒字の秘密はIT活用にあり
はじめに
ホテル業界において、圧倒的な収益性を誇る企業があります。「アパホテル」を運営するアパグループです。同社は53期連続黒字という驚異的な記録を達成し、営業利益率は36%に達しています。一般的なホテル企業の営業利益率が5〜10%程度とされる中、この数字は群を抜いています。
2024年11月期の連結決算では、売上高が前期比18%増の2,259億円、営業利益は45%増の821億円を記録。2期連続で過去最高を更新しました。この高収益を支える柱の一つが、徹底したITの活用です。
本記事では、アパホテルがなぜここまでの収益力を実現できているのか、そのIT戦略とDX(デジタルトランスフォーメーション)の全貌を解説します。
業界初のIT導入から始まった先見性
1984年、自動チェックイン機を世界初導入
アパホテルのIT活用の歴史は、1984年の第1号店「アパホテル〈金沢片町〉」の開業時に遡ります。同社はオムロンと共同で、世界で初めて自動チェックイン機を開発・導入しました。
当時はまだ銀行のATMも珍しかった時代です。自動チェックイン機を利用する宿泊客はほとんどいませんでした。しかし、元谷芙美子社長は「広い世界に目を向け、先見性や独創性を磨いておくこと」を重視し、時代を先取りした投資を続けてきました。
約10年前からIT専門部署を設立
アパグループは、ホテル業界としては珍しく約10年も前からIT専門部署を設立し、積極的なICT活用を進めてきました。元谷社長は「同じ業界で他社の後追いをしているようでは、経営者として失格。物まねではトップに立てない」という考えを持っています。
この先見性と独創性が、現在の圧倒的な収益力の基盤となっています。
「アパトリプルワン」システムの革新性
1秒チェックイン、1秒チェックアウトの実現
アパホテルのDX戦略の象徴が「アパトリプルワン」システムです。これは「1ステップ予約」「1秒チェックイン」「1秒チェックアウト」を実現するアパ独自のデジタルサービスの総称です。
公式アプリ「アパ直」で事前にオンライン決済を済ませておけば、宿泊当日はQRコードをかざすだけでフロントでの手続きが完了します。チェックアウト時はカードキーを専用ボックスに投函するだけ。「非接触」「待たない」「並ばない」ストレスフリーの宿泊体験を提供しています。
企画から導入まで277日のスピード感
アパトリプルワンの企画提案から実際にサービスインするまでの延べ日数はわずか277日でした。このスピード感は、上場せず家族経営を続けるオーナー会社だからこそ実現できたものです。
特筆すべきは、このシステムがコロナ禍が始まる直前にサービスインできていた点です。非接触ニーズが急増した2020年以降、アパホテルは準備万端の状態で対応できました。国土交通省観光庁の「持続可能な観光の実現に向けた先進事例集2020年度」にも掲載されています。
従業員の業務効率化とサービス向上
清掃連携の自動化
トリプルワンシステムの導入効果は、宿泊客だけでなく従業員にも及んでいます。チェックアウト情報がリアルタイムで従業員に通知されるシステムが構築されており、清掃スタッフへの連携が即座に行われます。
これにより、客室の稼働率を最大化しながら、従業員の待機時間を削減することに成功しています。アパホテルの客室稼働率が「100%超」を実現できる背景には、このIT連携があります。
事務作業の削減で接客に集中
社内においても事務的な業務をなるべく削減することで、スタッフがホテル本来の仕事である接客に集中できる環境を整えています。2016年にはペーパーレス会議システムを導入し、全国のアパホテルから数百人規模が参加する会議や社員研修の効率化を実現しました。
客室のテレビには「アパデジタルインフォメーションシステム」で館内案内を表示し、紙の削減も進めています。
「3階建ての収益構造」とIT活用の相乗効果
所有・運営・ブランドの一体化
アパグループの強みは、所有・運営・ブランドのすべてを自社で一貫して手掛ける「3階建ての収益構造」にあります。不動産開発からホテル運営までを一体化することで、外部委託のコストを削減し、収益を最大化しています。
この垂直統合モデルにIT活用を組み合わせることで、業界平均を大きく上回る営業利益率36%を実現しています。高収益企業として知られる東横インでも2025年3月期の営業利益率は17%程度であり、アパの収益力がいかに突出しているかがわかります。
非上場経営のメリット
アパグループ代表の元谷外志雄氏は「上場を目指さない経営を創業当時から考えていたというのが、成功の大きな要因の一つ」と語っています。上場企業であれば株主への説明責任から短期的な利益を求められがちですが、非上場であることで長期的なIT投資や設備投資を思い切って行えます。
トリプルワンシステムの開発期間が277日で済んだのも、経営判断のスピードがあってこそです。
今後の展望と課題
2027年に15万室、市場10%のシェアを目指す
アパグループは2025年12月時点で全国998ホテル、約13万室を展開しており、日本最大のホテルチェーンとなっています。同社は2027年3月期に15万室、全国ホテル・旅館市場の10%寡占化を目指しています。
2025年11月期は売上高2,700億円、経常利益950億円程度を見込んでおり、3期連続での過去最高更新が確実視されています。インバウンド需要の回復も追い風となっており、現在アパホテルの利用客の約25%が訪日外国人です。
世代交代と組織型経営への移行
2022年4月には創業者の元谷外志雄氏が会長となり、長男の元谷一志氏が社長兼CEOに就任しました。一志社長はこれまでのトップダウン経営から組織型経営への移行を宣言しています。
ITシステムの開発・運用も、創業者のカリスマ性に依存しない組織的な体制へと移行していく必要があります。53期連続黒字の実績を次世代にどう引き継いでいくかが、今後の課題となるでしょう。
まとめ
アパホテルの53期連続黒字と営業利益率36%という驚異的な収益力は、1984年から続くIT先行投資の成果です。「同じ業界で他社の後追いをしていてはトップに立てない」という元谷社長の哲学のもと、自動チェックイン機の世界初導入から「アパトリプルワン」システムまで、常に業界をリードしてきました。
所有・運営・ブランドを一体化した「3階建ての収益構造」と、非上場経営による迅速な意思決定が、IT投資の効果を最大化しています。今後15万室を目指す中で、この成功モデルをいかにスケールさせていくかが注目されます。
ホテル業界に限らず、「ITを駆使しなければトップになれない」という言葉は、多くの経営者にとって示唆に富むメッセージといえるでしょう。
参考資料:
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