BYDがEV世界首位達成も、成長鈍化と価格競争の試練に直面
はじめに
2025年、電気自動車(EV)市場で歴史的な転換点が訪れました。中国の自動車大手BYD(比亜迪)が、年間販売台数225万台で初めてテスラを上回り、暦年ベースでのEV世界首位の座を獲得したのです。前年比28%増という成長率は一見堅調に見えますが、2023年の62%増、2024年の41%増と比較すると、成長の急速な鈍化が浮き彫りになっています。
一方、テスラは前年比8.6%減の163万6,129台と、2年連続で前年割れという厳しい結果でした。イーロン・マスクCEOの政治的発言への反発による不買運動や、トランプ政権下でのEV購入補助廃止が影響しています。こうして米中のEV主役が逆転した背景には、中国市場の熾烈な価格競争、補助金政策の変化、そしてBYDの積極的な海外展開があります。本記事では、BYDの快進撃と直面する課題を多角的に分析します。
BYDとテスラ―2025年の明暗
販売台数の逆転
BYDの2025年のEV乗用車販売台数は225万台で、前年比28%増でした。一方、テスラは163万6,129台で前年比8.6%減となり、約62万台もの差がつきました。BYDは四半期ベースでは2024年第4四半期以降、4四半期連続でテスラを上回っており、年間でもついに逆転を果たしました。
この差を生んだ最大の要因は、BYDの海外販売の急拡大です。2025年、BYDの海外販売台数は初めて100万台を突破し、輸出と現地展開の両面で飛躍的に拡大しました。対するテスラは、中国での競争激化に加え、米国でのEV購入補助廃止により主力市場での販売が減少しました。
テスラの苦境―マスク氏の影響と市場環境
テスラの販売減少には複合的な要因があります。最も象徴的なのは、マスクCEOの政治的言動への反発です。特に欧州市場での不買運動が深刻で、2025年5月のEU全体の新車登録台数は前年比40.5%減という大幅な落ち込みを記録しました。第2四半期(4-6月)には前年比13%減の38万4,122台となり、2四半期連続の二桁減少という異例の事態となっています。
ただし、すべての市場が不調だったわけではありません。日本市場では2025年1-3月期に前年同期比56%増と過去最高を更新しており、世界的な不買運動の影響をほとんど受けていない珍しい市場となっています。
トランプ政権下での米国のEV購入補助廃止も大きな打撃でした。テスラにとって米国は最重要市場であり、補助金政策の変更は直接的な販売減少につながりました。
「世界首位」の意味するもの
BYDのEV世界首位達成は、単なる販売台数の逆転以上の意味を持ちます。これは、中国の自動車産業が内燃機関車では追いつけなかった日米欧のメーカーを、EVという新領域で追い越したことを象徴しています。中国政府が国家戦略として推進してきた「新エネルギー車」政策の成果が、ここに結実したといえます。
また、技術面でもBYDは独自のバッテリー技術「ブレード電池」や、プラグインハイブリッド(PHEV)を含む幅広いラインナップで差別化を図っています。単なる低価格攻勢だけでなく、技術力に裏打ちされた競争力を持つ点が、持続的な成長の基盤となっています。
中国市場の試練―価格競争と成長鈍化
急減速する成長率
BYDの2025年の成長率28%は、過去の成長ペースと比較すると大幅な減速です。2023年62%増、2024年41%増という高成長から一転し、ほぼ半減しています。特に懸念されるのは、2025年10月の販売台数が44万1,700台と前年同月比12%減となり、初めて前年割れを記録したことです。
これは一時的な減速ではなく、構造的な問題を示唆しています。BYDの第3四半期(7-9月)決算は減収減益となり、国内市場での競争激化が直接的に業績に影響を及ぼしている状況です。
熾烈な価格競争
中国EV市場は「過当競争」という言葉では表現しきれないほどの激戦区です。2024年には少なくとも1車種以上のEVを販売しているブランドが123もあり、2024年には105社まで淘汰されましたが、それでも多くのメーカーが生き残りをかけて戦っています。興味深いことに、2023年に利益を出していたのはBYDと理想汽車(Li Auto)の2社だけだったという報告もあります。
BYDは「電比油低(電動車はガソリン車より安い)」をキャッチフレーズに、低価格モデルを次々に投入してきました。2024年6月には、EVおよびプラグインハイブリッド車の合計22車種で最大34%の値引きを実施し、業界全体に新たな価格競争の波を巻き起こしました。
2018年には中国市場の小型EV価格はエンジン車より71%高かったものが、2022年には逆に37%安くなっており、米独英市場と比べて中国市場のEV価格下落が際立っています。2024年1-8月の新車市場全体の割引率は17.4%に達し、ディーラーの損失額は1,380億元(約2兆8,980億円)に及んだとされています。
政府の抑制策と市場の反応
中国政府は2024年6月、過当競争を控えるよう呼びかけましたが、効果は限定的でした。7社が割引幅をさらに拡大し、他の13社も価格を据え置くなど、市場の競争圧力は政府の意向を上回っています。
背景にあるのは深刻な生産過剰です。中国には現在、年間4,000万台を生産する能力がありますが、国内販売台数はその半分の2,200万台前後にとどまっています。2023年の新エネルギー車の生産設備稼働率は57.47%という見方もあり、明らかな過剰状態です。
この状況下で、各メーカーは固定費を回収するために価格を下げてでも販売台数を確保せざるを得ません。BYDのような大手でさえ、この競争から逃れることはできないのです。
補助金政策の変化
中国のEV産業は政府補助金に支えられてきました。BYDは2022年だけで22億6,000万ドル(約3,480億円)の直接補助金を受け取っており、これは同年の収益の3.5%に相当します。間接補助金も含めれば、その額はさらに大きくなります。
しかし、補助金は縮小傾向にあります。当初1台あたり60-70万円だった補助金は、普及度の高まりにつれて現在は15-30万円の水準になっています。地方政府の予算枯渇も指摘されており、さらなる縮小や上限設定が懸念されています。
補助金縮小は、BYDのような大手には競争上の優位性をもたらす側面もあります。体力のない中小メーカーが淘汰され、市場が整理される可能性があるためです。しかし短期的には、補助金減少による需要減退というリスクもあります。
海外展開の光明と課題
海外販売100万台突破の意義
BYDの2025年の成長を支えたのは海外市場です。海外販売台数が初めて100万台を突破し、総販売の約22%を占めるまでになりました。BYDは2025年の海外販売目標を約80万台としていましたが、これを大幅に上回る達成となりました。
2025年1-4月の輸出台数は前年比約2.1倍の29万3,000台に急増し、奇瑞汽車(Chery Automobile)に次いで2位となっています。BYDは2026年までに合計容量6万7,000台の自動車運搬船8隻を建造し、年間輸送能力100万台超の体制を整える計画で、物流面でも海外展開を加速しています。
東南アジア―日本車の牙城への挑戦
東南アジアはBYDの海外戦略の最重要地域です。タイでは2025年に2万4,072台を販売し、バッテリーEV市場で35%のシェアを獲得して首位を維持しています。シンガポールでは4,667台を販売し、21ヶ月連続でNEV(新エネルギー車)販売トップを維持しました。インドネシアでは1万4,092台を販売しています。
これらの市場は伝統的に日本車が強い地域でしたが、BYDは低価格と先進的な電動化技術で市場シェアを奪いつつあります。多くの新興国では、環境意識の高まりと政府のEV推進政策が追い風となっており、BYDにとって有利な環境が整っています。
タイやフィリピンなどでの販売ネットワーク拡大により、かつて日本車が独占していた市場で存在感を示しています。価格面での優位性が、所得水準が比較的低い市場で特に効果を発揮している状況です。
欧州―成長と逆風の二面性
欧州市場はBYDにとって最も複雑な地域です。スペインでは月平均販売台数が1万台を超え、市場シェア9.7%を獲得しました。イタリアでは上半期の新車登録台数が9,000台を超え、市場シェアが10%を上回っています。
一方で、最大市場のドイツでは販売が減少し、中国製EVへの逆風が強まっています。EU全体でも、中国製EVへの関税引き上げや補助金調査など、保護主義的な動きが見られます。
BYDはこうした政治的リスクに対応するため、現地化戦略を加速しています。2024年5月16日にハンガリーのブダペストに欧州統括本部を設立し、販売・アフターサービス、車両認証・テスト、現地化された車両デザインと車載機能開発の3つの中核事業を展開しています。
欧州R&Dセンターでは、インテリジェント運転技術の統合と次世代電動化技術開発に注力し、ハンガリーの3つ以上の大学と共同で総額約2億5,000万ユーロ(約410億円)の2つの主要R&Dプロジェクトを立ち上げる計画です。
ブラジル・中南米での快進撃
中南米、特にブラジル市場はBYDにとって大きな成功を収めている地域です。2025年1-9月期の海外販売が前年比2倍の30万台に達した要因の一つが、ブラジルと東南アジアでの急成長でした。
ブラジルは環境規制が強化されつつあり、政府もEV導入を推進しています。BYDは現地生産も視野に入れており、輸送コスト削減と関税回避のメリットを享受できます。中南米全体での販売拡大は、北米市場へのアクセスが難しいBYDにとって、重要な成長エンジンとなっています。
競争力の源泉―価格と技術
圧倒的なコストパフォーマンス
BYDの最大の武器は、圧倒的なコストパフォーマンスです。垂直統合型のビジネスモデルにより、バッテリーから半導体まで主要部品を内製化し、コストを大幅に削減しています。創業当初から電池メーカーとして事業を展開してきた経験が、EVの心臓部であるバッテリー技術で優位性をもたらしています。
「ブレード電池」と呼ばれる独自のリン酸鉄リチウムイオン電池は、安全性が高く、長寿命で、コストも抑えられるという特徴があります。この技術により、BYDは他のEVメーカーと比較して価格競争力を持ちながらも、一定の利益を確保できています。
幅広い製品ラインナップ
BYDは純粋なEVだけでなく、プラグインハイブリッド(PHEV)も含めた幅広いラインナップを展開しています。これにより、充電インフラが未整備の地域や、長距離走行が必要な顧客層も取り込むことができます。
価格帯も、エントリーレベルから高級車まで多様です。「電比油低」戦略により、ガソリン車と同等かそれ以下の価格で電動車を提供し、大衆市場への浸透を図っています。同時に、高級ブランド「ヤンワン」(仰望)やスポーツブランド「方程豹」など、プレミアムセグメントへの進出も進めています。
技術革新の継続
価格だけでなく、技術面でも革新を続けています。2024年以降、BYDは航続距離2,000km超のPHEVモデルや、高速充電技術、先進運転支援システム(ADAS)の搭載など、次々に新技術を投入しています。
中国市場では、単に「安いEV」というだけでは差別化が難しくなっており、スマートコックピット、自動運転技術、コネクテッド機能など、ソフトウェア面での競争が激化しています。BYDはこうした分野でも投資を拡大し、競合との差別化を図っています。
今後の展望と課題
中国市場の構造変化
中国EV市場は成長期から成熟期への移行期にあります。都市部での普及が一巡し、今後は地方都市や農村部への浸透が焦点となりますが、そこでは充電インフラの整備や購買力の問題があります。また、買い替え需要が増える中で、顧客はより高品質・高機能な車を求めるようになっており、単なる価格競争では勝ち残れません。
BYDにとって、中国市場での成長鈍化をいかに海外展開でカバーするかが重要です。国内市場の競争激化により利益率が圧迫される中、海外市場での利益確保が経営の安定性を左右します。
地政学リスクへの対応
中国製EVに対する欧米の警戒感は高まっています。EUは中国製EVへの関税引き上げを検討しており、米国では既に実質的に市場から締め出されています。こうした保護主義的な動きは、BYDの海外展開にとって最大のリスクです。
対応策として、現地生産の拡大が不可欠です。ハンガリーでの欧州統括本部設立やブラジルでの現地生産検討は、この戦略の一環です。現地で雇用を創出し、地域経済に貢献することで、政治的な受容性を高める狙いがあります。
サプライチェーンと環境問題
BYDを含む中国EVメーカーは、サプライチェーンの透明性や環境・人権問題で欧米から厳しい目を向けられています。バッテリー材料の調達過程における環境負荷や労働条件、ウイグル自治区での強制労働疑惑など、複雑な問題が絡んでいます。
ESG(環境・社会・ガバナンス)への対応が不十分であれば、欧州市場での販売が制限される可能性があります。BYDは国際基準に適合したサプライチェーン管理を確立する必要があります。
テスラとの競争の行方
テスラは2025年に苦戦しましたが、依然として技術力とブランド力で優位性を持っています。自動運転技術やエネルギー事業との統合など、BYDにはない強みもあります。また、マスク氏の政治的影響力が今後どう作用するかは予測困難です。
BYDがテスラを超えて持続的な世界首位を維持するには、単なる販売台数だけでなく、ブランド価値や技術革新、収益性といった総合的な競争力を高める必要があります。
まとめ
BYDが2025年にEV世界首位を達成したことは、中国自動車産業の歴史的な快挙です。年間225万台という販売台数は、テスラを62万台上回り、世界のEV市場におけるパワーバランスを大きく変えました。この成功は、中国政府の戦略的支援、BYDの垂直統合型ビジネスモデル、そして海外市場での積極展開によってもたらされました。
しかし、成長率の大幅な鈍化は、BYDが重大な転換点に立っていることを示しています。中国市場での過当競争、補助金の縮小、地政学リスクという三重の課題に直面しており、今後の戦略如何で明暗が分かれるでしょう。
海外販売100万台突破は明るい材料ですが、欧米の保護主義的な動きや現地メーカーとの競争激化という逆風も強まっています。BYDが真のグローバルリーダーとして認められるには、価格だけでなく、技術力、ブランド力、そしてESG対応といった総合的な競争力を高める必要があります。
EV市場はまだ成長途上であり、2030年代には新車販売の主流になると予測されています。BYDがこの巨大市場でリーダーシップを維持できるか、それともテスラや欧米・日本メーカーが巻き返すか――今後数年の展開が、世界の自動車産業の未来を決定づけるでしょう。
参考資料:
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