若者に旅をさせよ:「ディスカバー・ジャパン」が示す先人の知恵
はじめに
1970年に始まった国鉄の大キャンペーン「ディスカバー・ジャパン」は、日本人の旅行形態を大きく変えました。それまでの画一的な有名観光地への団体旅行から、若い女性の個人・グループに焦点を当て、地方へ旅心を誘うという画期的なコンセプトでした。
サブテーマは「美しい日本と私」。キャンペーンをプロデュースした電通の故・藤岡和賀夫氏は、旅先で自分自身や日本人固有の心を発見する「ディスカバー・マイセルフ」こそが隠れた主題だったと説明しています。
半世紀以上を経た今、SNS映えを求めるZ世代の旅行スタイルが注目される中、この先人の知恵は何を私たちに語りかけているのでしょうか。
「ディスカバー・ジャパン」とは
キャンペーンの誕生
ディスカバー・ジャパンは、1970年10月から1976年12月まで、6年以上にわたって実施された国鉄の広告キャンペーンです。その背景には、大阪万博後の旅客減少への危機感がありました。
1970年3月から9月に開催された日本万国博覧会(大阪万博)では、国鉄が2,200万人もの乗客を輸送しました。しかし当時、国鉄はすでに累積赤字8,000億円を抱えており、万博終了後の旅客減少は深刻な経営課題でした。
そこで国鉄は電通に「万博が終わっても旅客数が減らないようにするためのプラン」を依頼。こうして生まれたのがディスカバー・ジャパンでした。
藤岡和賀夫のコンセプト
キャンペーンの企画者である電通の藤岡和賀夫氏によると、本当のコンセプトは「ディスカバー・マイセルフ(自分自身の発見)」でした。「マイセルフ」の表現として「美しい日本と私」という副題が生まれたのです。
このフレーズが、川端康成のノーベル文学賞受賞記念講演「美しい日本の私」に似ていることに気づいた藤岡氏は、川端にキャンペーンでの使用を打診。快諾を得た上、ポスターに使う揮毫までもらうことができました。
ちなみに、当初副題は三島由紀夫に依頼したものの断られたというエピソードも残っています。
革新的なターゲティング
当時増えつつあった若い女性の少人数・単独旅行にターゲットを絞ったことが、このキャンペーンの革新性でした。キャンペーン地域も東京・名古屋・大阪に限定し、都市の若い女性を地方へ誘客する明確な戦略がありました。
「美しい日本と私」をテーマに作られた数々のポスターは、今なお新鮮に感じられます。当時としては斬新なビジュアルと、情緒的なキャッチコピーが若い世代の心を捉えました。
日本人の旅行スタイルを変えた
団体旅行から個人旅行へ
大阪万博は、それまで団体旅行しか経験しなかった多数の日本国民の目を個人旅行に向けさせるきっかけとなりました。ディスカバー・ジャパンは、この流れを加速させる役割を果たしました。
有名観光地を慌ただしく巡る団体旅行ではなく、自分のペースで地方の魅力を発見する旅。それは「モノを見る旅」から「自分を見つめる旅」への転換でもありました。
広がったキャンペーン展開
キャンペーンを盛り上げるため、様々な施策が展開されました。
- 駅スタンプの大幅増設:それまで特定観光地にしか設置されていなかった駅スタンプを1,400駅に拡大
- ディスカバー・ジャパン・タワー:主要30駅(上野駅や東京駅など)の駅前に3年間の期間限定で設置
- メディア展開:機関紙の発行、新聞での特集記事、テレビ番組の設定
その後の影響
ディスカバー・ジャパンキャンペーンで旅行欲を刺激された若者たち(主に女性)は、数年後に結婚し、ハネムーンでより贅沢な旅を実現させました。
キャンペーンは日本人の旅行欲を刺激しただけでなく、1970年代以降のライフスタイルや流行のつくり方にまで影響を与えたと評価されています。
「モーレツからビューティフルへ」
同時代の社会変革
藤岡和賀夫氏は、同じ1970年3月に富士ゼロックスのキャンペーン「モーレツからビューティフルへ」も手がけていました。高度経済成長期の「モーレツ」な働き方から、「ビューティフル」な生き方への転換を提唱するメッセージです。
特定の商品を宣伝するのではなく、広告で社会的なメッセージを伝える手法。これは両キャンペーンに共通する特徴でした。経済成長一辺倒の価値観から、心の豊かさを求める時代への転換点を、広告が後押ししたのです。
時代が求めた「発見」
1970年は大阪万博の年であり、日本が先進国の仲間入りを果たした象徴的な年でもありました。物質的な豊かさを手に入れた日本人が次に求めたのは、精神的な充足でした。
「ディスカバー・ジャパン」は、外国ではなく日本国内で、有名観光地ではなく地方で、自分自身を発見するという提案でした。それは時代の空気を見事に捉えたコンセプトだったのです。
現代のZ世代と旅行
Z世代の旅行傾向
JTB総合研究所の調査によると、2015〜16年頃から20代前半、特に女性の旅行意欲が急上昇しました。コロナ禍においても20代が旅行をけん引していたとされています。
Z世代の旅行の特徴は以下の通りです。
- SNS映え重視:写真や動画で共有できるかどうかが重要
- 体験重視:高価なホテルより飲食や体験に消費を惜しまない
- 自分好み優先:観光名所より自分の興味に合った場所を選ぶ
- 情報源の信頼性:インフルエンサーや口コミを重視
一人旅の増加
令和7年版観光白書によると、観光目的の国内旅行では家族・親族での旅行が約半数を占めていますが、友人との旅行は減少傾向にあり、一人旅が増加傾向にあります。
これはディスカバー・ジャパンが提唱した「個人旅行」の精神と通じるものがあります。自分のペースで、自分の発見をする旅への回帰とも言えるでしょう。
地方への関心
コロナ禍を経て、密を避け自然環境に触れる旅へのニーズが増加しました。また、大都市にはふるさとを持たない若者が増え、田舎にあこがれを持って関わりを求める動きも存在しています。
Z世代にとっての「ディスカバー」は、インスタ映えする風景の発見かもしれません。しかし、その根底にある「知らない日本を見つけたい」という欲求は、50年前と変わらないのではないでしょうか。
現代への示唆
「ディスカバー・マイセルフ」の普遍性
旅を通じて自分自身を発見するという藤岡氏のコンセプトは、時代を超えて普遍的な価値を持っています。SNSで体験を共有する現代の旅行者も、結局は「自分がどこで何を感じたか」を伝えようとしているのです。
地方創生への応用
観光庁は2025年までに持続可能な観光地域づくりに取り組む地域数を100地域にすることを目指しています。2024年の日本人国内旅行消費額は約25兆円で、特に地方部の旅行需要は日本人が下支えしています。
オリジナリティある観光スポットへと磨き上げ、Z世代にアプローチすることで、新しい観光のヒントが見えてくるとされています。ディスカバー・ジャパンの精神——「知られていない日本の魅力を発見する」——は、地方創生の鍵となり得るでしょう。
まとめ
1970年に始まった「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンは、日本人の旅行スタイルを団体旅行から個人旅行へと大きく転換させました。その本質は、旅先で自分自身を発見する「ディスカバー・マイセルフ」にありました。
半世紀以上が経ち、SNS映えを求めるZ世代の時代となった今も、「知らない日本を発見したい」という欲求は変わりません。先人の知恵は、地方創生や観光政策を考える上で、今なお多くの示唆を与えてくれています。若者に旅をさせよ——それは自分自身と日本を発見する、最良の方法なのかもしれません。
参考資料:
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