「同盟の死」に直面する欧州、怒りから受容へ移行する安全保障認識
はじめに
1940年代から2024年まで、欧州の安全保障上の課題は常に「最も緊密な同盟国である米国とともに、いかに自らを防衛するか」という点にありました。しかし2025年、トランプ大統領がホワイトハウスに返り咲くと、焦点は「米国なしで欧州は自衛できるのか」という問いへと移りました。
そして2026年の今、かつては異端視されていた「欧州の戦略的自立」という考えが、急速に主流となりつつあります。欧州は同盟関係の変質に対する「ショック」「否認」「怒り」の段階を経て、「受容」へと移行しつつあるのです。この変化が何を意味するのか、詳しく解説します。
欧米関係の「最低点」
歴史的な関係悪化
前欧州委員会委員長ホセ・マヌエル・バローゾ氏は、欧米関係はNATO創設以来「最低の瞬間」にあると指摘しています。世論調査によると、米国を「同じ価値観を共有する同盟国」と見なす欧州市民はわずか16%に低下し、2024年の21%からさらに減少しました。
この急激な変化の背景には、トランプ政権による一連の行動があります。関税威嚇、公的な圧力キャンペーン、そしてデンマーク領グリーンランドへの領土的野心の表明は、米国の安全保障コミットメントへの信頼を根本から揺るがしました。
グリーンランド問題の衝撃
トランプ大統領がグリーンランドの「取得」への意欲を示したことは、欧州に大きな衝撃を与えました。スペインのペドロ・サンチェス首相は「米国が武力を使えば、それはNATOの死を告げる弔鐘となる」と警告。シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授も「ウクライナ問題と合わせて、この二重の打撃は同盟を事実上崩壊させる可能性がある」と分析しています。
ドイツ、スウェーデン、ノルウェー、フランス、英国、オランダなどの欧州諸国は、グリーンランドでの軍事プレゼンスを増強。「独特な北極条件」での部隊訓練とNATOの北極圏における存在感強化を目的とした共同演習活動を開始しました。
「悲嘆の5段階」を経る欧州
ショックから受容へ
米国の国家安全保障戦略で安全保障上の保証が条件付きであることが確認されると、欧州各国の首都は「悲嘆の5段階」を経験しました。ショック、否認、怒り、そして必死の交渉という段階です。
2026年に入り、専門家は「2025年の心理的ショックは終わった」と指摘しています。今年は米国の撤退への「反応」ではなく、「新たな現実への適応」の年になるとの見方が広がっています。欧州は「一時的な現象だと思い込む」段階を卒業しつつあるのです。
「懐柔から自立へ」の転換
これまで欧州の指導者たちは、トランプ大統領に対して「お世辞と従順さ」の組み合わせで対応してきました。英国の豪華な馬車行列や国賓晩餐会のような「懐柔、宥和、注意をそらす」戦略です。
しかし、政権の一連の行動を見て、この戦略が機能していないことを認めざるを得ない状況になりつつあります。内部では、自立こそが最も効果的な戦略だと考える国々と、引き続き懐柔策を取るべきだと考える国々との間で、意見が分かれています。
防衛自立への道
国防費の急増
欧州各国は過去3年間で国防費を大幅に増額しています。英国の国際戦略研究所(IISS)によると、2024年の欧州全体の国防費は4,570億ドル(約68兆円)に達し、実質ベースで前年比約12%増加しました。
昨年のハーグでのNATO首脳会議では、加盟国がGDP比5%の国防費目標を2035年までに達成することで合意。ワシントンからの圧力を受けた結果です。NATO事務総長のマルク・ルッテ氏はGDP比3.5%を当面の目標として提案しています。
欧州軍創設の議論
ウクライナのゼレンスキー大統領は2025年2月のミュンヘン安全保障会議で「欧州軍を創設しなければならない」と演説し、欧州各国の指導者に呼びかけました。米国が欧州の防衛から手を引く可能性に備えるためです。
ドイツの歴史学者ヴィンクラー教授は「トランプ政権は、NATOの相互防衛義務に縛られるとはもはや考えていないだろう。欧州は、米国に依存せず独自の防衛力を持つという決意表明を実行に移さなくてはならない」と提言しています。
立ちはだかる障壁
米国への依存構造
欧州の防衛自立への道には、構造的な障壁が立ちはだかっています。2020年から2024年の間、欧州NATO加盟国の武器輸入の64%は米国からのものでした(2015-19年は52%)。特に戦闘機、ミサイル、防空システム、ソフトウェア駆動システムなど、重要な能力において米国依存が深く固定化されています。
これらの依存関係は「プラットフォーム、アップグレード、スペアパーツ、データ、相互運用性を通じて深く固定されている」のが現状です。
制度的知識の不足
欧州各国政府が支出増加を約束しても、米国のリーダーシップなしでNATO作戦を運営するために必要な上級レベルの経験がまだ不足しています。専門家は「その制度的知識は、ほぼ完全に米国にある」と指摘しています。
ルッテ事務総長の現実認識
NATOのルッテ事務総長は2026年1月26日、米国抜きで欧州を防衛することは不可能だと断言しました。EUの欧州委員が提案した米軍に代わる欧州統合軍の創設案を却下し、「事態を複雑化させ、プーチン大統領を喜ばせるだけだ」と述べています。
一方でルッテ氏は、トランプ大統領が欧州に軍事力強化を迫ったことは結果的に良いことだったとも評価。米国は依然として欧州に8万人以上の兵士を駐留させており、欧州防衛に深く関与していると強調しています。
時間との戦い
2027年という期限
ワシントンのアジアと近隣への軸足移動、そして中国への集中は、欧州同盟国に防衛負担の分担拡大を求める圧力を強めています。これにより、欧州がより自律的な安全保障体制を構築するために必要とされていた「10年以上」というタイムラインが、大幅に短縮される恐れがあります。
最近の報道によると、トランプ政権は欧州のカウンターパートに対し、2027年までにNATOの防衛計画の主要部分を管理できるよう準備すべきだと伝えたとされています。
欧州に突きつけられた選択
欧州は今、困難な選択を迫られています。最も強力な同盟国の立場と行動が欧州の安全保障を損なう状況で、どのように自国の利益を守るのか。そして「いかなる代償を払っても同盟を維持すること」が、「同盟から距離を置くこと」よりも有害になるのはいつなのかという問いです。
まとめ
2026年、欧州は米国との同盟関係の質的変化を「受容」する段階に入りつつあります。グリーンランド問題やNATOへの米国のコミットメント低下は、もはや一時的な現象ではなく、構造的な変化として認識されるようになりました。
国防費の増額や欧州軍創設の議論は加速していますが、米国への武器・技術依存や制度的知識の不足という障壁は高く、2027年という期限は極めて短いものです。NATO事務総長が認めるように、完全な防衛自立は現時点では現実的ではありません。
しかし、「米国とともに」から「米国なしで」への移行は、もはや仮定の議論ではなくなりました。欧州は今、数十年にわたる安全保障の前提を根本から見直す岐路に立っています。
参考資料:
- Europe-U.S. ties at their ‘lowest’ in NATO history - CNBC
- NATO May Not Survive the Trump Era - TIME
- 2026: The year we stop pretending it’s just a phase - ECFR
- A pivotal moment for European strategic autonomy - Lowy Institute
- NATO事務総長、米国抜きでの欧州防衛は不可能 - AFP通信
- 2026: Defending Eastern Europe as a Post-American Era Dawns - Kyiv Post
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