EU緊急首脳会合の狙いとは?グリーンランド関税危機の全容
はじめに
2026年1月、トランプ米大統領がデンマーク領グリーンランドの購入を目指し、欧州8カ国に対して追加関税を発表したことで、大西洋を挟んだ同盟関係が大きく揺らいでいます。これを受けて欧州連合(EU)は1月22日に緊急首脳会合を開催し、対応策を協議することを決定しました。
この問題は単なる貿易摩擦ではありません。NATO同盟国間の信頼関係、北極圏の安全保障、そして国際秩序のあり方そのものが問われています。本記事では、EU緊急首脳会合の背景から欧州の対抗措置、そして今後の展望まで詳しく解説します。
トランプ大統領のグリーンランド関税発表
関税の具体的内容
トランプ大統領は2026年1月17日、グリーンランド購入に反対する欧州8カ国に対して追加関税を課すと発表しました。対象となるのは、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フランス、ドイツ、英国、オランダ、フィンランドの8カ国です。
関税は段階的に引き上げられる予定です。2月1日から10%の追加関税が発動され、「グリーンランドの完全かつ全面的な購入」で合意が成立しない限り、6月1日には25%に引き上げると警告しています。
関税発動のきっかけ
関税発表の直接的なきっかけとなったのは、グリーンランドで実施された軍事演習です。上記8カ国がNATOの集団安全保障の一環としてグリーンランドに小規模な部隊を派遣したことに対し、トランプ大統領は強く反発しました。
さらに、グリーンランドの首都ヌークでは人口の約4分の1にあたる数千人規模の抗議デモが発生し、米国による併合に反対する声が高まっています。デンマークとグリーンランドの指導者は一貫して「グリーンランドは売り物ではない」と主張しています。
トランプ大統領の主張
トランプ大統領はグリーンランド取得が米国の国家安全保障にとって不可欠だと主張しています。ロシアや中国が北極圏で足場を築くことを防ぐ必要があるというのがその理由です。
ノルウェーの指導者によると、トランプ大統領はノーベル平和賞を受賞できなかったことに言及し、「平和だけを純粋に考える義務はもう感じていない」と発言したとされています。
欧州各国の反応と共同声明
8カ国共同声明の発表
関税対象となった8カ国は即座に共同声明を発表し、米国の関税脅迫を強く非難しました。各国首脳はデンマークとグリーンランドへの「完全な連帯」を表明し、NATOの目標への共同コミットメントを強調しています。
デンマークのフレデリクセン首相は「欧州は脅迫には屈しない」と明言しました。フランスのマクロン大統領は関税脅迫を「受け入れられない」と非難し、「いかなる脅迫や脅威も我々に影響を与えない」と述べています。
英国スターマー首相の対応
英国のスターマー首相は1月19日に緊急記者会見を開き、「同盟国に関税を使うのは完全に間違っている」と繰り返し強調しました。トランプ大統領との電話会談でも、「NATOの集団安全保障に貢献しようとしている同盟国に関税をかけるのは完全な間違いだ」と直接伝えたとされています。
スターマー首相はまた、グリーンランドは「デンマーク王国の一部であり、その将来はグリーンランド人とデンマーク人が決めること」だと明確に述べました。
その他の欧州首脳の発言
ドイツのクリンクバイル財務相とフランスのレスキュール財務相は共同で「ドイツとフランスは合意している。我々は脅迫には屈しない」と声明を発表しました。レスキュール財務相はこれを「250年来の同盟国間での脅迫」と表現しています。
オランダのファン・ウィール外相は「彼がやっていることは脅迫であり、必要のないことだ」と批判しました。アイルランドのハリス副首相は、欧州が米国の脅威への対応において「存亡の瞬間」に直面していると警告しています。
EU緊急首脳会合の開催
会合の概要
EU理事会のコスタ議長は1月19日、EU加盟27カ国の首脳による緊急会合を1月22日にブリュッセルで開催すると発表しました。トランプ大統領のグリーンランド取得圧力への対応を協議することが目的です。
これに先立ち、1月18日にはEU大使級の緊急会合がブリュッセルで開催され、約3時間半にわたって対応が協議されました。
欧州委員会の立場
欧州委員会のフォンデアライエン委員長は「関税は大西洋横断関係を損ない、危険な下降スパイラルを引き起こすリスクがある」と警告しました。「欧州は団結し、協調し、主権を守ることにコミットし続ける」とも述べています。
EUの対抗措置「反強制手段」とは
「貿易バズーカ」の仕組み
フランスのマクロン大統領は、EUの「反強制手段」(Anti-Coercion Instrument、ACI)の発動を提案しました。この措置は「貿易バズーカ」とも呼ばれ、2023年11月に採択され、同年12月27日に発効した比較的新しい制度です。
ACIは、EU域外の第三国からの経済的強制から欧州を保護することを目的としています。安全保障政策と通商政策を組み合わせた防衛・抑止ツールとして設計されました。
発動された場合の措置
ACIが発動された場合、EUは以下のような対抗措置を取ることができます。
- 米国企業のEU市場へのアクセス制限
- EU域内の公共調達からの米国企業の排除
- 物品・サービスの輸出入制限
- 外国直接投資への制限
- 米国テック企業への課税
- 金融市場へのアクセス制限
EUは約930億ユーロ(約17兆円)規模の報復措置案を検討していると報じられています。
発動までのプロセス
ACIの発動には複雑なプロセスが必要です。まず欧州委員会が4カ月かけて対象国を調査し、その後加盟国の承認を得る必要があります。承認には加盟国の55%以上(人口ベースで65%以上を代表)の賛成が必要です。措置の発効までには最大6カ月かかる可能性があります。
ACIはこれまで一度も発動されたことがなく、今回発動されれば歴史的な一歩となります。ただし、フランスが積極的な姿勢を示す一方、ドイツは慎重な姿勢を維持しているとされ、EU内での意見調整が課題となっています。
グリーンランドの戦略的重要性
地政学的位置
グリーンランドは北米、欧州、北極圏の交差点に位置し、北大西洋を横断する軍事的安全保障と移動にとって極めて重要な場所です。空、海、宇宙における民間・軍事活動を監視するための重要な拠点となっています。
米軍基地とミサイル防衛
米国はグリーンランド北西部にピトゥフィク宇宙基地(旧トゥーレ空軍基地)を保有しています。この基地は米国防総省最北の軍事施設であり、ミサイル警戒、ミサイル防衛、宇宙監視の任務を担っています。
1951年の米デンマーク防衛協定に基づき、米国はグリーンランドでの軍事プレゼンスを維持しています。この協定はNATOの北極安全保障枠組みの一部として無期限に存続します。
GIUK ギャップの重要性
グリーンランドは「GIUKギャップ」(グリーンランド・アイスランド・英国)と呼ばれる重要な海上チョークポイントを形成しています。この海域はロシアの水上艦艇と潜水艦が大西洋に進出する際の主要ルートであり、NATOが常時監視を行っています。
希少資源と新たな競争
グリーンランドには石油・ガス埋蔵量、重要鉱物、レアアース元素など豊富な未開発資源が眠っています。先端技術に不可欠なレアアース元素は、中国依存からの脱却を目指す米国にとって特に重要です。
また、北極圏は地球平均の約4倍の速度で温暖化しており、凍った辺境から戦略的競争の舞台へと変貌しています。ロシアは北極基地を近代化し、中国も科学・商業活動を拡大しており、大国間競争が激化しています。
今後の注意点と展望
歴史的な同盟関係への影響
一部の専門家は、今回のグリーンランド危機を1956年のスエズ危機以来、最も深刻な大西洋横断関係の低下と評価しています。スエズ危機では、米国がエジプト侵攻後の英仏イスラエルに撤退を迫りました。
今回の対立がどのように解決されるかは、NATO同盟の将来に大きな影響を与える可能性があります。
想定されるシナリオ
最も楽観的なシナリオでは、トランプ大統領が関税を交渉材料として使い、グリーンランドでの米国の軍事プレゼンス強化や資源開発への参加など、実質的な譲歩を引き出すことを目指している可能性があります。
一方、最悪のシナリオでは、EU側がACIを発動し、本格的な貿易戦争に発展する恐れがあります。このような事態になれば、世界経済への影響は甚大です。
日本への影響
日本にとっても、この問題は他人事ではありません。同盟国間の関税戦争が常態化すれば、日米関係にも影響が及ぶ可能性があります。また、北極圏の安全保障環境の変化は、日本の安全保障にも間接的に関係します。
まとめ
EU緊急首脳会合は、単なる貿易問題への対応ではなく、戦後の国際秩序と同盟関係のあり方が問われる重要な転換点となっています。
欧州側は「脅迫には屈しない」と団結を示していますが、実際にACIを発動するかどうかは加盟国間の意見調整次第です。トランプ大統領の真の狙いがグリーンランド取得なのか、それとも他の譲歩を引き出すための交渉戦術なのか、今後の展開を注視する必要があります。
1月22日のEU緊急首脳会合での決定が、今後の欧米関係を大きく左右することになるでしょう。
参考資料:
- European leaders warn Trump’s Greenland tariffs threaten ‘dangerous downward spiral’ - NPR
- Trump announces new tariffs over Greenland: How have EU allies responded? - Al Jazeera
- Europe weighs using trade ‘bazooka’ against the U.S. as Greenland crisis deepens - CNBC
- What is the EU anti-coercion ‘bazooka’ it could use against the US over Greenland? - France 24
- Trump has tariffs. Europe has a ‘trade bazooka.’ This Greenland standoff could get ugly, fast - CNN Business
- Why Greenland is strategically important to Arctic security - NBC Washington
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