米欧同盟に亀裂、グリーンランド問題が招く国際秩序の転換点
はじめに
2026年1月、国際政治の舞台で歴史的な転換が進行しています。トランプ米大統領がデンマーク領グリーンランドの取得を公言し、これに反対する欧州8カ国に対して追加関税を発動すると表明したことで、戦後70年以上にわたって国際秩序の基盤となってきた米欧同盟に深刻な亀裂が生じています。
かつて「自由世界」の盟主として結束してきた米国と欧州が、いまや半ば敵対的な関係に転じつつあります。この事態は単なる貿易摩擦や外交的な緊張にとどまらず、冷戦終結後の国際秩序そのものを揺るがす可能性を秘めています。本記事では、グリーンランド問題の背景から欧州の対応、そして今後の国際秩序への影響まで、包括的に解説します。
グリーンランド取得構想の全容
トランプ大統領の野望と戦略
トランプ大統領のグリーンランド取得構想は、実は2019年の第1次政権時にまで遡ります。当時、「グリーンランドは大きな不動産だ」と発言して物議を醸しましたが、第2次政権では本格的な行動に移しています。
2026年1月9日、トランプ大統領は「デンマークとグリーンランドの住民が望むかどうかにかかわらず、何らかの行動を取る」と発言しました。さらに「ロシアや中国に取られるぐらいなら米国が取る」と繰り返し述べ、その決意を鮮明にしています。
ホワイトハウスのレビット報道官は、グリーンランド獲得のために「米軍の活用は常に選択肢のひとつだ」とまで表明しました。NATO同盟国に対して軍事力行使を示唆するという、前例のない事態となっています。
取得の目的:安全保障と資源
トランプ政権がグリーンランド取得に固執する背景には、複数の戦略的理由があります。
第一に、安全保障上の要因です。北極圏は気候変動により新たな航路が開ける可能性があり、ロシアや中国との地政学的競争の最前線となりつつあります。グリーンランドには既に米軍のピツフィク宇宙基地(旧チューレ空軍基地)が存在し、弾道ミサイル早期警戒システムが配備されています。
第二に、資源の問題があります。グリーンランドにはレアアース(希土類)や石油などの豊富な天然資源が眠っているとされ、これらの確保も重要な動機となっています。特にレアアースは電気自動車やハイテク製品に不可欠な素材であり、現在は中国が世界生産の約6割を占めています。
住民への一時金と交渉の行方
興味深いことに、トランプ政権はグリーンランド住民に対し、1人当たり最大10万ドル(約1500万円)の一時金支給を検討しているとロイター通信が報じています。グリーンランドの人口は約5万7000人であり、総額は最大60億ドル(約9400億円)に上る計算です。
一方、2026年1月14日にはバンス副大統領がワシントンでデンマークのラスムセン外相と会談し、グリーンランドの扱いを話し合う作業部会の設置で合意しました。ただし、ラスムセン外相は米国へのグリーンランド売却を拒否する姿勢を明確にしています。
欧州8カ国への追加関税と報復措置
10%追加関税の衝撃
2026年1月17日、トランプ大統領は決定的な一手を打ちました。グリーンランドでNATOの軍事演習を実施すると表明した欧州8カ国に対し、2月1日から10%の追加関税を課すと発表したのです。
対象となる8カ国は、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、フランス、ドイツ、オランダ、英国です。いずれもNATO加盟国であり、これまで米国の最も緊密な同盟国とされてきた国々です。
トランプ大統領は「この神聖な土地は誰にも手を出させない」と述べ、合意に至らない場合は6月1日に関税率を25%に引き上げると警告しています。
欧州の強烈な反発
欧州側は即座に強く反発しました。8カ国は1月18日に共同声明を発表し、「関税による脅しは米欧関係を損ない、危険な悪循環を招く」と批判しています。
デンマークのフレデリクセン首相は「NATO加盟国に対する武力的威嚇は、同盟の存立そのものを揺るがす」と警告しました。フランス、ドイツ、英国を含む欧州主要国も、グリーンランドの地位と主権を支持する共同声明を発表しています。
EUの17兆円規模報復措置
EUは対抗措置の検討に入り、930億ユーロ(約17兆円)規模の報復案を示しました。これは米国からの輸入品に対する追加関税などを含む包括的な措置とみられます。
EUのコスタ大統領は1月18日、臨時の首脳会議を開くと発表し、「いかなる威圧に対しても、われわれ自身を守る用意ができている」と強調しました。首脳会議は1月22日に開催され、対応策が協議される予定です。
なお、2025年7月にはトランプ大統領とフォンデアライエン欧州委員長の間で、自動車を含む欧州製品に15%の相互関税を適用することで一度合意に達していました。今回のグリーンランド問題により、その合意さえも危機に瀕しています。
NATOと米欧同盟の危機
崩れゆく大西洋同盟
今回の事態は、単なる貿易摩擦を超えた、NATO同盟そのものの危機を示唆しています。
NATOの元欧州連合軍最高司令官は、「米国や欧州が発したNATOに対する懐疑的な見方や、分断をますます深めるような言葉を考えると、米国が撤退した場合の世界の地政学的なあり方を考える時が来た」と述べています。
実際、米国はNATO欧州連合軍最高司令官のポストの放棄を検討しているとも報じられています。約10万人弱の在欧米軍や、NATOの国防費の約64%を負担する米国が抜ければ、同盟の存続そのものが危ぶまれます。
ミュンヘン安保会議での対立
2025年2月のミュンヘン安全保障会議では、バンス副大統領が演説の大半を欧州批判に費やし、ドイツのピストリウス国防相が「容認できない」と反論する場面がありました。
自由、民主主義といった米欧共有の価値観まで頭ごなしに否定されたことで、欧州諸国には安全保障の次元を超えた深い対米不信感が芽生え始めています。
欧州独自の防衛構想
フランスの「核の傘」拡大提案
こうした状況を受け、欧州は「米国抜き」の防衛体制の構築に動き始めています。
2025年3月5日、フランスのマクロン大統領はテレビ演説で、「フランスの核抑止力を通じて欧州大陸の同盟国を防衛する戦略的議論を開始することを決断した」と発表しました。
マクロン大統領は「トランプ政権はヨーロッパの運命をあまり気にかけていないことは明らかだ」と指摘したドイツのメルツ次期首相からの要請を受けて、この決断に至ったとしています。
フランスは核弾頭を総数290発、配備数280発保有しており、独自の核戦力を持つ欧州唯一の主要国です。1966年にNATOの軍事機構から一度脱退し、2009年に復帰した後も核戦力は独自管理を維持してきました。
欧州の軍備増強
EUの防衛白書に沿って、欧州各国は相次いで国防増強策を打ち出しています。
ロシアと国境を接するバルト3国やポーランドは防衛力の強化を進め、ウクライナ戦争を機にNATOに加盟したスウェーデンとフィンランドも防衛費の大幅拡大を発表しました。
特に注目されるのがドイツの動きです。「戦後最大の財政改革」とされる基本法改正に踏み切り、防衛費の大幅増加とウクライナ支援強化に道を開きました。
注意点・展望
楽観視できない今後の展開
この危機は短期間で解決する可能性は低いと見られています。トランプ大統領のグリーンランド取得への執念は強く、軍事力行使の可能性さえ排除していません。一方、欧州側もデンマークの主権を守る姿勢を崩していません。
ただし、全面的な対立に至るかどうかは不透明です。米欧は経済的に深く結びついており、完全な決裂は双方に甚大な損害をもたらします。関税交渉を通じた妥協点の模索が続けられる可能性もあります。
日本への影響
米欧関係の悪化は、日本にとっても看過できない問題です。米国がインド太平洋に軸足を移す中でNATOの実効性や信頼性が失われれば、対中抑止を含めた安全保障環境に影響が及ぶ可能性があります。
また、米国が同盟国に対してこのような圧力をかける前例ができれば、日本を含む他の同盟国への対応にも影響する恐れがあります。
まとめ
トランプ大統領のグリーンランド取得構想と欧州への追加関税表明は、戦後の国際秩序を支えてきた米欧同盟に深刻な亀裂を生じさせています。
主なポイントは以下の通りです。
- トランプ大統領は2月1日から欧州8カ国に10%の追加関税を発動、6月には25%への引き上げを警告
- EUは17兆円規模の報復措置を検討、1月22日に臨時首脳会議を開催予定
- NATOの結束は揺らぎ、欧州は独自の防衛体制構築に動き始めている
- フランスは「核の傘」を欧州全体に拡大する議論を開始
「西洋なき世界」という表現は大げさに聞こえるかもしれませんが、米欧が同盟国から半ば敵対的な関係に転じつつある現状は、国際秩序の歴史的な転換点となる可能性を秘めています。今後の米欧首脳間の交渉と、欧州の独自防衛構想の進展に注目が集まります。
参考資料:
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