米FRBパウエル議長に刑事捜査、中央銀行の独立性に危機
はじめに
米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)の独立性が、かつてない危機に直面しています。トランプ政権は2026年1月、パウエルFRB議長に対する刑事捜査を開始しました。大統領が中央銀行トップを刑事訴追の対象としたのは、19世紀のジャクソン大統領以来という異例の事態です。
パウエル議長は利下げ要求に屈しない姿勢を明確にしていますが、この対立が激化すれば、基軸通貨ドルの信認や金融市場全体に深刻な影響を及ぼす可能性があります。世界の「市場の番人」と呼ばれるFRBの信頼が揺らぐとき、何が起きるのでしょうか。
刑事捜査という異例の圧力
司法省が召喚状を送付
2026年1月9日、司法省はパウエル議長に対し、大陪審への召喚状を送付しました。名目上は、FRB本部ビルの改修工事を巡る2025年6月の議会証言に関連した捜査とされています。しかし、パウエル議長はこれを「刑事訴追の脅しと圧力」であると非難し、異例のビデオ声明を公開して反論しました。
パウエル議長は声明で「刑事訴追の脅威は、FRBが大統領の好みではなく、公共の利益に資する最善の評価に基づいて金利を設定していることの結果だ」と明確に述べました。
トランプ大統領の利下げ要求
トランプ大統領は就任以来、FRBに対して大幅な利下げを繰り返し要求してきました。2026年1月13日には記者団に対し、パウエル議長について「無能か、あるいは不正かのどちらかだ」と批判。「大幅な利下げ」を改めて要求しました。
トランプ大統領は、クック理事への解任通告など、FRBへの政治圧力を強めてきた経緯があります。ワシントンの検察トップには、トランプ氏に近い元FOXニュース司会者のピロ氏が任命されており、捜査の政治的な背景を疑う声が上がっています。
中央銀行の独立性という「人類の英知」
歴史が教える教訓
中央銀行の政府からの独立性は、長い歴史の中で生み出された「人類の英知の産物」といわれています。米国では1816年に第二合衆国銀行が設立されましたが、ジャクソン大統領が任期中に廃止を推進し、1836年に認可が切れると私有化され、1841年に破産しました。
その後、中央銀行なき時代が続いた米国では、1907年の金融恐慌を経験。これを契機に、1913年にウィルソン大統領の下で連邦準備法が成立し、現在のFRBが誕生しました。中央銀行の不在が金融危機を招いた歴史的教訓が、FRB設立の背景にあります。
独立性確保の世界的潮流
世界の中央銀行は、歴史的に独立性を高める方向に動いてきました。1980年代にはポール・ボルカーFRB議長がインフレを抑制し、安定した経済成長の時代をもたらしました。これは中央銀行の独立性を支持する強力な根拠となっています。
しかし、政治的圧力がなくなったわけではありません。リンドン・ジョンソンとリチャード・ニクソンの両大統領も、FRBに低金利政策を要求した歴史があります。それでも現在のような刑事訴追という手段が用いられた例は、近代では皆無です。
市場への影響と懸念
ドル円相場への波及
パウエル議長の任期は2026年5月に満了します。トランプ大統領は利下げに前向きな人物を後任に据える意向を隠しておらず、ケビン・ハセットNEC委員長が次期議長の最有力候補とされています。
ドル円相場は、パウエル議長が2022年3月に利上げに着手した際の1ドル=118円台から約40円もの円安が進みました。FRB議長の交代と金融政策の転換が、この流れを逆転させる可能性があります。一部のアナリストは2026年中に1ドル=130円台への円高を予想しています。
債券・株式市場のリスク
FRBの独立性が損なわれた場合、米国債の信認にも影響が及ぶ可能性があります。インフレ抑制よりも政治的な利下げ要求が優先されれば、長期金利の上昇や債券価格の下落につながりかねません。
株式市場も影響を免れません。FRBの政策決定が政治的思惑に左右されると市場が判断すれば、不確実性の高まりから株価の変動が大きくなる可能性があります。
今後の展望と注目点
議長交代後の金融政策
野村證券は、2025年12月の利下げがパウエル議長の下では最後となる可能性が高いと予想しています。2026年は新議長の下で6月と9月に利下げが行われ、政策金利は約3%で打ち止めになるとの見方が広がっています。
ただし、トランプ大統領の意向を反映した次期議長が就任すれば、予想以上の利下げが行われる可能性も否定できません。金融緩和に積極的な議長が就任した場合、インフレ再燃のリスクも考慮する必要があります。
制度的な対抗措置の可能性
中央銀行の独立性維持には、国民からの信認が重要です。パウエル議長が刑事訴追の脅しに屈しない姿勢を示したことは、市場の信頼維持に一定の効果がありました。
しかし、議長交代後にFRBの独立性がどう維持されるかは不透明です。議会や金融界からの批判、市場からの警告が、どこまで政権の行動を抑制できるかが注目されます。
まとめ
トランプ政権によるFRB議長への刑事捜査は、19世紀以来の異常事態です。中央銀行の独立性は「人類の英知の産物」として、世界経済の安定に貢献してきました。この独立性が損なわれれば、基軸通貨ドルの信認低下、金融市場の不安定化、インフレの再燃など、深刻なリスクが顕在化する可能性があります。
2026年5月のパウエル議長任期満了に向けて、FRBの独立性をめぐる攻防は続きます。市場の番人がその役割を果たし続けられるかどうか、世界が注視しています。
参考資料:
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