グリーンランド首相「デンマークを選ぶ」トランプの領有要求を拒否
はじめに
デンマーク自治領グリーンランドのニールセン首相は1月13日、トランプ米大統領による領有要求を明確に拒否しました。「米国とデンマークのどちらかを選ばなければならないなら、デンマークを選ぶ」という発言は、圧力を強めるトランプ政権への明確な回答となりました。
グリーンランドは世界最大の島であり、レアアース(希土類)の豊富な埋蔵量と北極圏の戦略的要衝としての地位から、米中露の関心を集めています。トランプ大統領は軍事力行使も排除しない姿勢を示しており、NATO加盟国間での異例の対立は国際社会に波紋を広げています。
本記事では、グリーンランドをめぐる外交対立の背景と、この地域が持つ戦略的重要性について解説します。
ニールセン首相の明確な拒否
「売り物ではない」との強い意思表示
ニールセン自治政府首相は1月13日、デンマークのフレデリクセン首相との共同記者会見で、グリーンランドは「売り物ではない」と改めて強調しました。米国の領土になることも、米国の一部になることも望んでいないと明言し、「われわれは地政学的危機に直面している」と現状への危機感を示しました。
「もし米国とデンマークのどちらかを選ばなければならないのなら、私たちはデンマークを選ぶ」という発言は、トランプ政権の圧力に対する明確な回答です。1991年生まれのニールセン首相は2025年4月に就任したばかりですが、毅然とした姿勢で国際的な注目を集めています。
デンマークとの結束を強調
フレデリクセン首相も強い姿勢で米国に反論しています。「NATOの加盟国かつデンマークにとって最も緊密な同盟国の一つである米国からの受け入れがたい圧力に立ち向かうのは容易ではない」としながらも、「今後最も困難な局面を迎えることを示唆する多くの兆候がある」と覚悟を示しました。
1月4日には「米国には、デンマーク王国を構成する3カ国のいずれをも併合する権利はない」との声明を発表し、これまでで最も強い反発を表明しています。グリーンランドに侵攻すればNATOと第2次世界大戦後の安全保障体制の「すべて」を終わらせることになると警告しました。
トランプ政権の領有要求の背景
第1次政権からの執念
トランプ大統領のグリーンランド取得構想は、第1次政権時の2018年にさかのぼります。当初は「最優先事項ではない」とされていましたが、対中強硬派の働きかけにより「絶対に必要」な重要戦略へと格上げされました。
1月9日、トランプ大統領は「彼らが好むと好まざるとにかかわらず、グリーンランドに対し何らかの措置を取るつもりだ」と発言。「穏便な方法でディール(取引)をしたい。しかし、穏便な方法でだめなら、強硬な方法をとることになるだろう」と、軍事力行使も排除しない姿勢を示しました。
住民への「買収」提案
ロイター通信は1月8日、トランプ政権がグリーンランド住民に対し、1人当たり最大10万ドル(約1,500万円)の一時金支給を検討していると報じました。グリーンランドの人口は約5万7,000人で、総額は最大60億ドル(約9,400億円)近くに上る計算です。
住民の「買収」という発想自体が、グリーンランドの人々の自決権を軽視しているとの批判を招いています。
安全保障上の主張
トランプ大統領は「ロシアや中国にグリーンランドを領有させるつもりはない。米国が領有しなければ、彼らが領有するだろう」と述べ、安全保障上の理由を前面に押し出しています。
実際、グリーンランドは米軍にとって戦略的に重要です。北西部のピツフィク空軍基地には米軍が常駐しており、弾道ミサイルの早期警戒システムも設置されています。北極海航路の要衝でもあり、地球温暖化に伴う同航路の重要性増大を見据えた動きとも言えます。
欧州の反発と外交摩擦
欧州主要国首脳の共同声明
グリーンランド領有をめぐっては、英仏独など欧州主要国首脳が共同声明を発表し、デンマークと自治政府のみが帰属問題を判断できるとトランプ氏をけん制しました。NATO同盟国間でこれほど明確な対立が生じるのは異例のことです。
これに対し、バンス米副大統領は1月8日の記者会見で、欧州側はトランプ氏の発言を「真剣に受け止めるべきだ」と警告しました。脅しではなく本気だとの姿勢を示したものです。
14日の直接交渉
デンマークのラスムセン外相やグリーンランド自治政府のマッツフェルト外相が1月14日に米ホワイトハウスでバンス副大統領、ルビオ国務長官と会談する予定です。この交渉が緊張緩和につながるのか、それともさらなる対立を招くのか、注目が集まっています。
グリーンランドの戦略的価値
レアアースの巨大埋蔵量
グリーンランドが国際的な争奪戦の舞台となる最大の理由の一つが、レアアースの豊富な埋蔵量です。酸化物換算量で150万トンの埋蔵量が確認されており、これは米国の年間生産量38千トンと比較しても、未開発地域としては世界最大規模のポテンシャルを持っています。
特にクベーンフェルド鉱床は世界最大規模とされ、中国企業の盛和資源がグリーンランド・ミネラルズの株式を取得して加工を担うなど、すでに中国の進出も進んでいます。
開発の課題
ただし、レアアース開発には課題も多くあります。レアアースの鉱石採掘には、ウランやトリチウムなどの放射性物質が随伴することが多く、環境規制と操業コストがプロジェクトの進捗に大きな障害となっています。
「世界でレアアースの未開発地域は限られており、グリーンランドは最大規模のポテンシャルがある。ただ、それはあくまで『ポテンシャル』であり、経済性に問題を抱えている」との専門家の見方もあります。大規模な開発には巨額の投資が必要であり、現時点での商業生産はゼロに等しい状況です。
北極圏の地政学的変化
地球温暖化に伴い、北極圏の戦略的重要性は増しています。北極海航路の商業利用可能性が高まる中、グリーンランドは主要な中継地点となりえます。ロシアと中国は北極圏での影響力拡大を進めており、米国がこの地域での存在感を維持・強化したいと考えるのは理解できる面もあります。
しかし、軍事力行使をちらつかせる手法は、NATO同盟の信頼性を損ない、国際秩序を揺るがしかねません。
グリーンランドの独立問題
デンマークからの独立機運
グリーンランドでは、デンマークからの独立を求める声が根強く存在します。2025年1月にはムテ・エゲーデ前首相(当時)が独立を目指す方針を表明し、3月の自治議会選挙では独立志向政党が大きく躍進しました。
しかし、独立の最大の障壁は経済的自立です。グリーンランドの財政は「ブロックティルスコッド」と呼ばれるデンマークからの補助金に大きく依存しており、この依存構造からの脱却が独立の前提条件となっています。漁業と観光が主な産業であり、鉱業開発による経済発展が独立への道筋として期待されてきました。
「米国でもデンマークでもない」という選択肢
興味深いことに、グリーンランドの人々の中には、米国への編入もデンマーク残留も望まず、完全な独立を目指す声もあります。今回のニールセン首相の発言は「米国よりはデンマーク」という消極的選択であり、グリーンランドの将来像についてはまだ議論が続いています。
今後の展望
外交交渉の行方
1月14日の米国との交渉を皮切りに、外交的な駆け引きは続くと見られます。トランプ政権が本気でグリーンランド取得を追求するのか、それとも交渉上の圧力として使っているのかは、今後の動向で明らかになるでしょう。
デンマークと欧州諸国が結束して対応する姿勢を示す一方、米国も「真剣に受け止めるべき」と圧力を維持しています。NATO同盟国間の亀裂が深まれば、西側全体の安全保障体制に影響を及ぼしかねません。
レアアース供給網への影響
グリーンランドをめぐる争いは、レアアースの国際供給網にも影響を与えます。中国依存からの脱却を目指す西側諸国にとって、グリーンランドのレアアースは重要な選択肢の一つです。しかし、開発には時間とコストがかかり、短期的な解決策にはなりえません。
まとめ
グリーンランドのニールセン首相が「デンマークを選ぶ」と明言したことで、トランプ政権の領有要求は明確に拒否されました。しかし、米国の圧力が収まる気配はなく、1月14日の直接交渉を含め、今後の外交動向が注目されます。
レアアースの巨大埋蔵量と北極圏の戦略的重要性を持つグリーンランドは、21世紀の地政学的競争の焦点となりつつあります。NATO同盟国間の異例の対立が、国際秩序にどのような影響を与えるのか、世界が注視しています。
参考資料:
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