グリーンランド取得、トランプ氏を動かした6人の立役者
はじめに
トランプ米大統領のグリーンランド取得構想が、再び国際社会を揺るがしています。デンマーク自治領であるこの世界最大の島を「購入」するという発言は、第1次政権時の2018年に始まりました。
当初は「最優先事項ではない」とされていたこの構想が、なぜ「絶対に必要」な重要戦略へと変貌したのか。その背景には、対中強硬派の政治家や富豪たちの働きかけがありました。
本記事では、グリーンランド取得構想を推進した6人のキーパーソンと、北極圏を巡る大国間の戦略的駆け引きについて解説します。
グリーンランドの戦略的価値
北極圏の地政学的要衝
グリーンランドは北極圏に位置し、ロシア・中国・北米を結ぶ戦略的な交差点にあります。太平洋と大西洋をつなぐ北西航路は同島の沿岸を通り、アイスランド、英国と共に「GIUKギャップ」と呼ばれる戦略的海域を形成しています。
米軍にとってグリーンランドは極めて重要な拠点です。北西部のピツフィク空軍基地には米軍が常駐し、弾道ミサイルの早期警戒システムが設置されています。欧州から北米に向かう弾道ミサイルの最短飛行ルートは、グリーンランド上空を通過するためです。
天然資源の宝庫
グリーンランドは希土類元素(レアアース)など天然資源の埋蔵量が世界有数の規模を誇ります。気候変動による氷の融解が進めば、これらの資源へのアクセスが容易になる可能性があります。石油や天然ガスの埋蔵量も豊富で、経済的価値は計り知れません。
北極海航路の重要性
地球温暖化により北極海の海氷が減少し、北極海航路が新たな物流ルートとして浮上しています。スエズ運河経由の南回り航路より距離が短く、政治的に不安定な中東を迂回できるメリットがあります。グリーンランドは米国から欧州への最短ルート上に位置しています。
トランプ氏を動かした6人のキーパーソン
ロナルド・ローダー氏——最初の仕掛け人
2018年にグリーンランド取得案を最初にトランプ氏に持ちかけたのは、米化粧品大手エスティ・ローダー創業家のロナルド・ローダー氏とされています。ローダー氏はトランプ氏とペンシルベニア大学の同窓生で、レーガン政権下では国防総省に勤務し、オーストリア駐在大使も務めた人物です。
現在は世界ユダヤ人会議会長を務めるローダー氏は、2019年にトランプ氏の共同資金調達委員会に10万ドルを寄付するなど、政治的にも深い関わりを持っています。
ローダー氏は当時の国家安全保障担当大統領補佐官だったジョン・ボルトン氏と面会し、トランプ氏とグリーンランドについて議論していることを明かしました。さらに「デンマーク政府と交渉のための裏ルート」役を自ら申し出たと報じられています。
対中強硬派の影響
グリーンランド取得構想が「絶対に必要」な戦略へと格上げされた背景には、対中強硬派の影響があります。中国は2016年にグリーンランドの旧軍事基地を買収しようとして阻止され、2018年にも米軍チューレ空軍基地近くへの空港建設を試みて失敗しています。
こうした中国の動きに対する警戒感が、米国の政策決定者の間で共有され、グリーンランドの戦略的重要性が再認識されることになりました。
政権内のホークたち
第2次トランプ政権の国家安全保障チームは、グリーンランド取得を「活発に議論している」とホワイトハウス報道官が明言しています。北極圏でのロシアと中国の侵略を抑止することが米国の「最善の利益」であり、だからこそ購入の可能性を協議しているという論理です。
デンマークとグリーンランドの反応
強い反発
デンマークのフレデリクセン首相は「米国には、デンマーク王国を構成する3カ国のいずれをも併合する権利はない」との声明を発表し、強い反発を示しています。グリーンランドは「売り物ではない」という立場は一貫しています。
グリーンランド自治政府の複雑な立場
一方で、グリーンランド自治政府は独自の道を模索しています。2023年には初の独自憲法草案を作成・公表し、2025年1月にはムテ・エーエデ自治政府首相がデンマークからの独立を目指す方針を表明しました。
グリーンランドは1979年に自治権を獲得し、2009年には警察や裁判など数十の分野で独自の権限を拡大する「自治法」が発効しています。住民投票を通じてデンマークからの独立を宣言する権利も認められています。
経済的な依存関係
しかし、独立への道のりは平坦ではありません。グリーンランド経済は漁業頼みであり、経済の約2割、政府予算の約5割をデンマーク政府の補助金に依存しています。独立の是非を問う住民投票を実施しても、経済的な理由から賛成派が勝つ可能性は低いとの見方が支配的です。
歴史に見る米国のグリーンランド関心
過去の購入交渉
グリーンランド購入を検討した米大統領はトランプ氏が初めてではありません。1867年、アンドリュー・ジョンソン大統領はアラスカを購入した際、グリーンランドの購入も検討しました。第2次世界大戦末期には、トルーマン政権がデンマークに対し1億ドルでの購入を申し出ています。
トランプ氏が「ルイジアナ、アラスカに並ぶ偉業」と位置づけるグリーンランド取得は、米国の領土拡大の歴史的文脈の中に位置づけられています。
軍事力行使も排除せず
第2次トランプ政権は、グリーンランド獲得のために軍事力を行使する可能性を排除していません。ホワイトハウスは「複数の選択肢を協議している」と述べており、外交的解決を優先しつつも、あらゆる手段を検討している姿勢を示しています。
今後の展望
米デンマーク協議の行方
米国とデンマークはグリーンランドを巡る協議を続けています。デンマーク側は売却を拒否する姿勢を崩していませんが、米国がどのような圧力をかけるのか、国際社会は注視しています。
欧州諸国の懸念
欧州諸国8カ国の首脳は「グリーンランドのことを決められるのは当事者だけ」とする声明を発表し、トランプ政権を牽制しています。同盟国間の亀裂が広がる可能性も指摘されています。
グリーンランドの選択
最終的な決定権はグリーンランドの人々にあります。独立志向の政党が支持を拡大する中、グリーンランドがどのような未来を選ぶのか。デンマークとの関係、米国との関係、そして経済的自立という課題を前に、難しい判断を迫られています。
まとめ
トランプ大統領のグリーンランド取得構想は、2018年にエスティ・ローダー創業家のロナルド・ローダー氏がきっかけを作り、対中強硬派の後押しで「絶対に必要」な戦略へと発展しました。
北極圏の地政学的重要性、レアアースなど天然資源、北極海航路の価値——これらの要素が米国の関心を高めています。しかし、デンマークとグリーンランドは強く反発しており、交渉の行方は不透明です。
19世紀のアラスカ購入になぞらえられるこの構想が実現するのか、それとも外交的対立を深めるだけに終わるのか。北極圏を巡る大国間の駆け引きは、今後も続くことになります。
参考資料:
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