長野のHIOKI 平均年収1000万円の秘密
はじめに
長野県上田市に本社を置く電気計測器メーカー、HIOKI(日置電機)をご存じでしょうか。1935年創業のこの企業は、一般的な知名度こそ高くないものの、平均年収が約1,000万円に達する高収益企業として注目を集めています。
営業利益率20%という高い収益性の背景には、労使交渉を簡略化するユニークな仕組みや、研究開発に注力する独自の経営戦略があります。経済産業省が2024年に新たに定義した「中堅企業」の成功モデルとして、HIOKIの経営から学べることは多いです。
本記事では、HIOKIが高年収と高利益率を両立させている仕組みを解説します。
HIOKIとはどんな会社か
電気計測器の専門メーカー
HIOKIは電気計測器の開発・製造・販売を手がける専門メーカーです。従業員数は約767名、東京証券取引所プライム市場に上場しています。「電気を測る」というニッチな分野に特化しながら、世界的なシェアを持つ製品を多数展開しています。
主な製品は、電圧計・電流計などの基本的な計測器から、電力計、インピーダンスアナライザ、データロガーなど多岐にわたります。これらの計測器は、EV(電気自動車)のモーターやバッテリーの開発・性能評価、半導体や電子部品の品質検査、太陽光発電システムの検査など、先端産業に不可欠な計測インフラとして使われています。
長野県トップの高年収
HIOKIの平均年収は約997万〜1,033万円(調査時期により変動)に達し、長野県の上場企業42社のなかで1位です。長野県上場企業の平均年収が約585万円であることを考えると、その差は400万円以上にもなります。
従業員の平均勤続年数は21.3年と長く、離職率の低さが示すように、社員にとって魅力的な職場環境が整っていることがわかります。
営業利益率20%を実現する経営モデル
高付加価値製品への集中
HIOKIが高い利益率を維持できる最大の要因は、高付加価値の製品ラインナップに特化していることです。同社が手がける電気計測器は、顧客の研究開発や品質管理に不可欠な「マザーツール」であり、単純な価格競争に巻き込まれにくい分野です。
特に近年は、EVやハイブリッド車(HEV)の開発に使われるバッテリーテスターや電力計、半導体製造工程向けの精密計測器など、成長市場向けの製品が業績を牽引しています。蓄電池市場の拡大も大きなビジネスチャンスと捉えており、中長期的な成長基盤を確保しています。
研究開発型企業としての強み
HIOKIの大きな特徴は、全社員の3分の1以上が開発・技術部門に所属していることです。企画から設計、製造までを長野県内の1カ所に集約することで、開発スピードを確保しています。
エンジニア自身が直接顧客を訪問してニーズを把握し、製品開発に反映する仕組みも独特です。現場の声を直接拾い上げることで、顧客の課題に的確に応える製品を生み出し、高い付加価値を実現しています。
海外売上比率の高さ
HIOKIは海外売上比率70%以上を経営目標に掲げています。日本国内市場にとどまらず、グローバルに展開することで安定した収益基盤を築いています。EV化や再生可能エネルギーの拡大は世界的なトレンドであり、計測器の需要は国際的に拡大し続けています。
労使交渉の簡略化という独自アプローチ
経営情報の透明性を基盤に
HIOKIの労使関係で注目されるのが、労使交渉を簡略化するという独自のアプローチです。同社には日置電機労働組合が1968年から存在し、安定した労使関係が長年にわたって維持されています。
毎月の「経営協議会」を通じて、経営陣と労働組合が定期的にコミュニケーションを取る仕組みが整っています。また、就業規則に関する制度を審議する「給与委員会」や安全衛生委員会も設置されており、労使間の情報共有が制度化されています。
賃上げ交渉の効率化
春闘(春季賃金交渉)においても、HIOKIは会社の業績や経営環境を踏まえつつ、労働組合の要求に最大限の配慮をする方針を採っています。日常的な情報共有によって相互理解が深まっているため、交渉が長期化したり対立的になったりすることが少ないのです。
2025年1月からは新しい人事報酬制度を導入しており、成果に応じた報酬体系をさらに洗練させています。この制度改革もまた、労使の信頼関係があってこそスムーズに進められたものです。
従業員1人当たり売上の大幅な向上
労使交渉の簡略化は、経営効率の向上と連動しています。HIOKIの従業員1人当たりの売上高は、この10年間で約83%増加し、1,935万円から3,540万円に拡大しました。生産性の向上が利益率の改善につながり、その果実が従業員の報酬に還元されるという好循環が生まれています。
中堅企業「JIMI企業」としての成長モデル
経済産業省が注目する中堅企業
2024年9月に施行された産業競争力強化法の改正により、経済産業省は「中堅企業者」を正式に定義しました。従業員2,000人以下の企業から中小企業を除いたカテゴリーで、全国に約9,000社が存在します。
HIOKIは従業員約767名のこのカテゴリーに該当し、地方に拠点を置きながら高い技術力でグローバルに成長する中堅企業の典型例といえます。日経ビジネスが定義する「JIMI企業(Japan Innovative Mid-cap Incorporated)」としても取り上げられるなど、知名度は高くなくとも確かな技術と経営で成長する企業像として注目されています。
地方発イノベーションの可能性
HIOKIが長野県という地方都市に本社を構えながら高い収益性を実現していることは、地方経済の活性化にとっても重要な示唆を与えます。開発から生産までを1カ所に集約するスタイルは、地方ならではの土地コストの優位性を活かしたものです。
また、高い年収水準は地域の人材確保にも大きく寄与しており、県内トップの年収水準は優秀なエンジニアを引きつける磁力となっています。
注意点・展望
成長市場への依存リスク
EV市場や再生可能エネルギー市場の成長がHIOKIの追い風になっていますが、これらの市場の動向に業績が左右される面もあります。EV市場の成長ペースが鈍化すれば、計測器の需要にも影響が及ぶ可能性があります。
今後の見通し
短期的には、AI関連の半導体需要やEV化の進展が計測器の需要を押し上げる見通しです。HIOKIが掲げる「営業利益率20%」「海外売上比率70%以上」「ROE10%以上」という経営目標の達成状況が、今後の企業価値を左右するでしょう。
中堅企業としての成功モデルを維持しながら、次の成長分野をいかに開拓するかが中長期的な課題となります。
まとめ
HIOKIは、電気計測器という専門分野に特化し、高付加価値製品と効率的な経営によって平均年収約1,000万円と営業利益率20%を両立させています。その背景には、研究開発への集中投資、労使間の透明な情報共有に基づく交渉の簡略化、そしてグローバル展開という3つの柱があります。
経済産業省が定義した中堅企業のなかでも際立つ存在であり、知名度に頼らず技術力で勝負する「JIMI企業」の好例です。地方に拠点を置きながら世界市場で戦える企業の成長戦略は、多くの中堅企業にとって参考になるモデルといえるでしょう。
参考資料:
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