ホンダが半導体調達を分散化、ネクスペリア危機で中国依存脱却へ

by nicoxz

はじめに

ホンダは2026年1月、自動車向け半導体の分散調達を本格的に開始すると発表しました。半導体大手ロームなど国内外の複数社からの調達にめどが立ち、1月中旬ごろから順次量産車に搭載する予定です。この動きは、オランダに本社を置く中国企業傘下のネクスペリアが半導体の一時出荷を停止し、北米や中国で生産停止に追い込まれた苦い経験を受けたものです。本記事では、ホンダが直面した半導体供給危機の詳細と、日本の自動車産業が抱える中国依存リスク、そして今後のサプライチェーン戦略について解説します。

ネクスペリア危機の全容

事の発端:オランダ政府の介入

ネクスペリアは2018年に中国の聞泰科技(Wingtech Technology)に買収されたオランダ本社の半導体メーカーです。同社は自動車に使われるレガシー半導体(汎用半導体)の主要サプライヤーで、世界中の自動車メーカーに製品を供給していました。

しかし2025年9月30日、オランダ政府は「財の入手可能性に関する法律」を発動し、ネクスペリアを政府管理下に置きました。この措置は、同社を通じた中国への技術流出を防ぐことが目的でした。米国が9月下旬にエンティティリスト(輸出規制対象企業リスト)のルールを拡大したことも、オランダ政府の決断を後押ししました。

中国の報復措置

オランダ政府の介入を受けて、中国商務部は10月4日、ネクスペリアの中国工場および下請け企業が中国で製造した特定の完成部品および半完成品の輸出を禁止する輸出管理通知を発表しました。さらに10月31日、ネクスペリアのオランダ拠点は中国の組立工場へのウェハー輸出を完全に停止しました。

ネクスペリアの生産能力の約80%は中国本土にあり、パッケージング、組立、テストの大部分が中国で行われている一方、ウェハー製造施設はヨーロッパにあります。この地理的分断が、中国とオランダの対立によって致命的なボトルネックを生み出したのです。

ホンダへの深刻な影響

10月10日、ネクスペリアは自動車メーカー向け顧客に対し、もはや納期を保証できないと警告しました。ホンダはネクスペリア製の汎用半導体を一部の自動車部品に使用しており、特定の部品の調達を同社のみに依存していたため、甚大な影響を受けました。

10月28日、ホンダはメキシコの組立工場の生産を停止し、米国とカナダの施設でも生産調整を行いました。12月29日から2026年1月2日までは、広汽ホンダ(広州汽車集団との合弁会社)の全3工場でガソリン車の生産を5日間停止しました。

日本国内でも影響は深刻でした。鈴鹿製作所(三重県)と埼玉製作所の寄居工場(埼玉県)の2拠点で、2026年1月5日から6日の2日間生産を完全停止し、1月7日から9日は生産量を減らして稼働しました。当初は11月下旬には生産能力が正常化すると見込んでいましたが、2026年1月時点でもサプライチェーンのボトルネックは解消されていませんでした。

財務的インパクトと戦略的失敗

1500億円の減益要因

ホンダは2025年11月、2026年3月期通期の営業利益見通しを下方修正し、半導体不足による減益要因として1500億円を織り込みました。また、グローバル販売台数の予測を362万台から334万台に引き下げました。これは北米での生産台数が11万台減少する見込みを反映したものです。

別の試算では、半導体不足による営業利益への影響は約9億6000万ドル(約1440億円)にも達するとされています。これほど大規模な財務的打撃は、単一サプライヤーへの過度な依存がもたらすリスクの大きさを如実に示しています。

中国拠点の長期停止

当初、広汽ホンダの3工場は1月6日に再開する予定でしたが、半導体不足の継続により、再開日は1月19日に2週間延期されました。この延期は、ネクスペリア問題の影響が短期的な混乱にとどまらず、サプライチェーンの構造的な脆弱性を露呈したことを意味しています。

調達管理体制への疑問

専門家の間では、ホンダの部品調達管理体制が問われる事態となっています。なぜなら、自動車産業では一般的にリスク分散のため複数のサプライヤーから調達する「デュアルソーシング」や「マルチソーシング」が推奨されているからです。しかしホンダは、ネクスペリア製半導体に関して単一サプライヤーからの調達を続けていました。

日経クロステックの分析によれば、この問題は4つの視点から捉えることができます。第一に技術流出防止という地政学的要因、第二にサプライチェーンの地理的集中リスク、第三に単一サプライヤー依存の経営判断、第四に中国と欧州の対立激化という国際情勢です。

ホンダの分散調達戦略

ロームなど複数社からの調達

日本経済新聞の報道によれば、ホンダは半導体大手ロームなど国内外の複数社からの調達にめどを立てました。1月中旬ごろから順次量産車に搭載する計画で、これによりネクスペリア1社への依存度を大幅に下げることができます。

ロームは日本の大手半導体メーカーで、自動車向けパワー半導体やセンサーなどの分野で強みを持っています。ロームのような信頼性の高い日本企業を調達先に加えることで、ホンダは地政学的リスクからある程度隔離されたサプライチェーンを構築できます。

TSMCとの戦略的提携

ホンダは以前から、台湾の半導体受託製造大手TSMC(台湾積体電路製造)との協力関係を構築しています。TSMCとの提携を通じて、ホンダは半導体の安定調達を確保しようとしています。

ネクスペリア危機は、台湾やインドの半導体メーカーが「安全な避難先」として位置づけられる機会を開きました。自動車メーカーが中国関連のサプライチェーンから多様化を図る中、TSMCのようなレガシーノード生産への需要が増加しています。

デュアルソーシングと代替部品開発

ホンダは短期的措置として、主要部品のデュアルソーシング(2社調達)および代替部品の開発を含む様々な対策を講じています。これらの措置により、将来的に同様の供給中断が発生した場合でも、生産への影響を最小限に抑えることができます。

自動車産業全体の中国依存リスク

レガシー半導体の50%以上が中国製

Z2Dataの調査によれば、自動車用半導体部品番号の50%以上が、少なくとも1つの製造国として中国を含んでいます。さらに、約3分の1が中国でのみ製造されています。これは、3.5兆ドル規模の自動車産業にとって重大なサプライチェーン依存を意味します。

レガシー半導体(28nm以上のプロセスノードで製造される半導体)は、最先端の5nm以下のチップほど注目されませんが、自動車のパワーマネジメント、センサー、制御システムに不可欠です。中国はこの分野で大規模な生産能力を持っており、中国共産党は基礎的半導体生産への投資を強化しています。

他の自動車メーカーへの波及

ネクスペリアの半導体は複数の産業で使用されており、所有権危機によるボトルネックは欧州全体の製造業に大きなリスクをもたらしています。日産自動車も影響調査と在庫確保に動いており、トヨタでさえこの問題を懸念しているとの報道があります。

ダイヤモンド誌の記事「トヨタも恐れる『半導体ネクスペリア問題』」では、この問題の背後で中国が着実に進めてきた「国家戦略」についても言及されています。中国は半導体の自給自立を目指して「シリコン主権」の確立を重視しており、地政学的要因が中国に地元サプライチェーンを支援し、国産化を進める動機を与えています。

材料依存も深刻

半導体だけでなく、自動車産業はバッテリー材料についても中国への依存度が高すぎます。中国はリチウム、コバルト、ニッケル、EV用バッテリーに不可欠なレアアース材料の世界精錬能力の60〜80%を支配しています。

今後の展望と課題

2026年の半導体市場見通し

Sourceabilityの2026年半導体産業市場見通しによれば、貿易政策の変化が半導体の自給自立への取り組みを加速させています。関税の拡大、輸出規制の強化、地政学的緊張により、サプライチェーンは脆弱になっており、企業は柔軟性と回復力を育む必要があります。

地域別の戦略的動き

中国: 主要な中国自動車メーカー(上海汽車、長安汽車、長城汽車、BYD、理想汽車、吉利汽車など)は、今後1年以内に100%国産半導体を搭載したモデルを発売する予定です。これは、中国が半導体サプライチェーンの完全な国産化に向けて大きく前進していることを示しています。

欧米: 米国の自動車メーカーは、自動車グレードチップの製造と供給を他国に大きく依存しています。この依存を減らすため、政府と産業界は国内半導体生産能力の強化に取り組んでいます。

日本: ホンダの事例は、日本の自動車メーカーが国内半導体メーカー(ロームなど)や信頼できる地域(台湾のTSMCなど)との連携を強化する方向性を示しています。

オランダ・中国の交渉

2026年1月の報道によれば、ネクスペリアをめぐる中国とオランダの技術紛争は交渉段階に入っています。オランダの企業会議所は1月14日、ネクスペリアでの管理ミスの疑いについて正式な調査を開始すべきかどうかを検討する公聴会を予定しています。

聞泰科技(Wingtech)はオランダ政府に対して80億ユーロ(約1.2兆円)の賠償請求を行うと脅しています。この紛争の行方は、今後の半導体サプライチェーンの地政学的構造に大きな影響を与える可能性があります。

まとめ

ホンダのネクスペリア危機は、自動車産業が抱える半導体サプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにしました。単一サプライヤーへの依存と中国への過度な集中が、1500億円の減益要因と長期の生産停止をもたらしたのです。

ホンダはこの教訓を活かし、ロームなど複数社からの分散調達、TSMCとの戦略的提携、デュアルソーシングと代替部品開発という多層的なアプローチでサプライチェーンを再構築しています。1月中旬からの量産車への順次搭載は、この新戦略の第一歩となります。

しかし、自動車産業全体で見れば、半導体部品の50%以上が中国を製造国に含むという構造的な依存は容易に解消できません。各国政府と企業は、地政学的リスクと経済効率のバランスを取りながら、より強靭なサプライチェーンの構築を迫られています。

ホンダの事例は、日本企業にとって中国リスクの管理とサプライヤー分散化の重要性を再認識させる重要な教訓となるでしょう。今後の半導体調達戦略の成否は、日本の自動車産業の国際競争力を左右する鍵となります。

参考資料:

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