日本車大手が半導体調達で連携強化、地政学リスクに備える
はじめに
日本の自動車産業が、半導体の安定調達に向けて大きな一歩を踏み出しています。トヨタ自動車をはじめとする国内自動車メーカーが、国内外の半導体メーカーと連携し、車載半導体の情報を共有する新たな仕組みを構築する動きが本格化しています。
この背景には、近年の地政学リスクの高まりがあります。米中対立の激化、台湾海峡の緊張、そしてコロナ禍で露呈したサプライチェーンの脆弱性。これらの経験から、自動車産業は「持たざる経営」から「リスクに備える経営」への転換を迫られています。
本記事では、日本車大手の半導体調達戦略の変化と、その背景にある課題について詳しく解説します。
自動車産業が直面する半導体調達の課題
サプライチェーンの複雑さと不透明性
現代の自動車には、1台あたり1,000個以上の半導体が搭載されています。エンジン制御、安全システム、カーナビゲーション、自動運転支援など、あらゆる機能が半導体に依存しています。
問題は、このサプライチェーンが極めて複雑であることです。自動車メーカーは通常、ティア1(一次部品メーカー)から部品を調達しますが、その部品に使われる半導体がどこで製造されているかを把握することは困難でした。半導体はティア2、ティア3の部品メーカーを経由して供給されることが多く、全体像の把握が難しい構造になっています。
コロナ禍で露呈した脆弱性
2020年から2022年にかけての世界的な半導体不足は、自動車産業に深刻な打撃を与えました。日本の自動車メーカーは生産調整を余儀なくされ、トヨタですら数十万台規模の減産を強いられました。
この経験から得られた教訓は明確です。「どの半導体が、どこで、誰によって作られているか」を把握していなければ、有事の際に代替調達の手を打つことができないということです。
台湾依存リスクの深刻さ
日本の自動車産業は、先端ロジック半導体の約90%を台湾のファウンドリ(受託製造企業)、特にTSMCに依存しています。台湾海峡で有事が発生した場合、日本の自動車生産は数ヶ月以内に麻痺する可能性があるとの指摘もあります。
このような地政学リスクに加え、中国による希土類元素(レアアース)の輸出規制など、経済的威圧のリスクも高まっています。
連携による新たな調達戦略
情報共有プラットフォームの構築
日本の自動車メーカーと半導体メーカーが取り組んでいるのは、車載半導体のサプライチェーン全体を可視化する仕組みの構築です。具体的には、以下のような情報を共有することで、不測の事態への対応力を高めます。
- 半導体の生産拠点の特定
- 製造工程における依存関係の把握
- 在庫状況のリアルタイム共有
- 代替品・代替サプライヤーの情報
これにより、たとえば台湾で地震が発生した場合や、特定の国が輸出規制を発動した場合でも、迅速に代替調達先を特定し、生産への影響を最小限に抑えることが可能になります。
トヨタのグループ連携調達
トヨタ自動車は、デンソーなどグループ企業との半導体調達連携を先行して進めています。開発段階から情報を共有し、使用する半導体の共通化や汎用品への代替を推進。トヨタが半導体メーカーと一括交渉できる体制を整えています。
従来は、グループの部品メーカーがそれぞれ個別に半導体を選定し、発注していました。これを一元化することで、スケールメリットによる購買力の向上と、半導体メーカーへの発注見通しの提示が可能になります。安定調達と価格交渉力の両面でメリットがあるアプローチです。
自動車用先端SoC技術研究組合(ASRA)の取り組み
2023年末に設立された「自動車用先端SoC技術研究組合」(ASRA)は、業界横断での半導体開発を目指す画期的な取り組みです。トヨタ、ホンダ、日産、SUBARU、マツダの自動車メーカー5社に加え、デンソー、パナソニック オートモーティブシステムズ、ルネサスエレクトロニクス、ソシオネクストなどが参加しています。
ASRAは自動運転に必要な先端SoC(System on Chip)の共同開発を進めており、2025年2月には国からの補助額が最大410億円に増額されました。2028年度までに半導体を開発し、2030年以降の実用化を目指しています。
競合関係にある自動車メーカーが「一時休戦」して共同開発に取り組むのは、それだけ半導体の安定確保が業界全体の課題であることを示しています。
日本の半導体産業政策と自動車産業
政府の大規模支援
日本政府は経済安全保障の観点から、半導体産業への支援を急速に拡大しています。2021年度補正予算で約7,700億円、2022年度補正予算で約1.3兆円、2023年度補正予算で約1.5兆円と、累計で4兆円を超える公的支援が投じられています。
特に注目されるのは、TSMCの熊本工場です。ソニーとデンソーとの合弁で建設された第1工場は2024年12月に稼働を開始。12〜28nmのロジック半導体を製造し、日本の自動車・産業機器向けの需要に応えています。さらに2027年末には、6nm世代を製造する第2工場の稼働が予定されており、TSMCの日本への総投資額は200億ドルを超える見込みです。
Rapidusによる最先端半導体への挑戦
トヨタ、ソフトバンク、キオクシアなどが出資するRapidusは、2nm世代の最先端半導体の国産化を目指しています。政府は総額2.5兆円規模の支援を約束しており、AI、自動運転、先端コンピューティング分野での競争力確保を狙います。
これらの取り組みは、単なる産業政策を超え、経済安全保障戦略の一環として位置づけられています。
今後の課題と展望
継続的な情報共有の仕組みづくり
サプライチェーンの可視化は、一度構築すれば終わりではありません。半導体産業は技術革新が速く、サプライヤーの変更や生産拠点の移転も頻繁に起こります。継続的に情報を更新し、常に最新の状態を維持する仕組みが必要です。
国際連携の重要性
日本単独での対応には限界があります。米国、欧州、韓国など同盟国・友好国との連携を通じて、サプライチェーン全体のリスク分散を図ることが重要です。「フレンドショアリング」(友好国間での供給網構築)の動きは、今後さらに加速すると見られます。
コスト増への対応
サプライチェーンの多元化や在庫の積み増しは、短期的にはコスト増要因となります。「持たざる経営」で効率を追求してきた自動車産業にとって、リスク管理とコスト効率のバランスをどう取るかが課題となります。
まとめ
日本の自動車産業が進める半導体調達連携は、地政学リスクが高まる時代における必然的な対応といえます。サプライチェーンの可視化、グループ間の調達一元化、業界横断での技術開発など、複数のアプローチを組み合わせることで、リスクへの耐性を高めようとしています。
自動車産業は日本経済の基幹産業であり、その安定は国民経済全体に関わる問題です。今回の連携強化が、日本の製造業全体のサプライチェーン・レジリエンス向上のモデルケースとなることが期待されます。
参考資料:
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