トヨタ・ホンダが半導体大手と連携、地政学リスクに備える狙い
はじめに
トヨタ自動車やホンダをはじめとする日本の自動車メーカーが、国内外の半導体メーカーと安定調達に向けた連携を強化しています。車載半導体の情報を共有する仕組みを構築し、半導体の生産場所を特定しやすくすることで、経済的威圧や地震などの不測の事態が起きた際の代替調達を容易にする狙いがあります。
自動車産業は巨大なサプライチェーン(供給網)を形成しており、その全体像を把握することは従来困難でした。しかし、2021年以降の世界的な半導体不足や、台湾海峡を巡る地政学リスクの高まりを受け、連携して経済への影響を抑える動きが加速しています。
この記事では、日本の自動車・半導体連携の背景、車載半導体を取り巻く地政学リスク、そして今後の展望について解説します。
自動車メーカーと半導体メーカーの連携
JASPARを通じた業界横断の取り組み
日本の自動車メーカーは、車載ソフトウェアや電子制御システムの標準化を目的とした業界団体「JASPAR(Japan Automotive Software Platform and Architecture)」を通じて連携を深めています。
JASPARは2004年に設立され、トヨタ、ホンダ、日産、マツダ、スバルなど国内主要自動車メーカーのほか、デンソーなどの電装品メーカー、半導体メーカーも参加しています。車載電子制御システムのソフトウェアやネットワークの標準化、そしてサプライチェーンの可視化に取り組んでいます。
車載用半導体サプライチェーン検討ワーキンググループ
2021年5月には、経済産業省の主導で「車載用半導体サプライチェーン検討WG」が立ち上げられました。このワーキンググループには、いすゞ自動車、スズキ、スバル、トヨタ、日産、ホンダ、マツダなど国内自動車メーカーが参加しています。
主な取り組みとして、以下の施策が進められています。
- 調達先の複線化: 単一のサプライヤーに依存しない調達体制の構築
- 品質評価プロセスの標準化: 半導体の素材変更時に必要となる製品・工程変更手続きにおいて、自動車メーカーごとに異なる品質評価プロセスを標準化し、評価期間を短縮
- 情報共有の仕組み構築: 半導体の生産場所や調達経路を把握しやすくするデータ基盤の整備
次世代車載半導体の共同開発
2023年12月には、自動車用先端SoC技術研究組合(ASRA)が発足しました。チップレット技術を使った車載SoC(System on Chip)の研究開発に取り組む組織で、スバル、トヨタ、日産、ホンダ、マツダのほか、電装部品メーカーや半導体関連企業など計14社が参画しています。
2030年以降の量産車への搭載を目指し、日本発の競争力ある車載半導体の開発を進めています。
地政学リスクの高まりと対応策
台湾への過度な依存
世界の半導体製造は台湾に大きく依存しています。特に最先端品の生産ラインは台湾に偏っており、回路線幅10ナノメートル未満の製造ラインの約9割が台湾に集中しています。その大部分を担うのが、世界最大のファウンドリ(半導体受託製造)であるTSMC(台湾積体電路製造)です。
習近平総書記は「台湾統一」に強い意欲を示しており、台湾海峡を巡る地政学リスクは一段と高まっています。仮に台湾有事が発生すれば、工場が直接被害を受けなくても、グローバルなサプライチェーンの途絶により半導体生産は停止する可能性があります。
各国の「デリスキング」戦略
トランプ政権は「デカップリング(経済分断)」を掲げ対中半導体輸出規制を打ち出し、その後のバイデン政権は欧州や日本と協力して「デリスキング(リスク軽減)」の方針を進めてきました。
具体的には、以下のような動きが見られます。
- 米国: CHIPS法により半導体製造の国内回帰を推進。TSMCやサムスンの米国工場建設を支援
- 欧州: 欧州半導体法により域内製造能力の強化を目指す
- 日本: 熊本県へのTSMC工場誘致、ラピダスによる最先端半導体国産化の推進
テスラの動き
米テスラは一部のサプライヤーに対し、中国と台湾以外での部品生産を求めていることが明らかになっています。中国以外で販売される電気自動車(EV)に搭載するプリント基板やディスプレー、電子制御ユニットなどが対象です。地政学リスクへの対応として、代替供給元の確保を進めています。
2021年の半導体危機から学んだ教訓
世界的な半導体不足の発生
2020年末から2021年にかけて、世界的な半導体不足が自動車産業を直撃しました。新型コロナウイルスの影響で需要予測が困難になる中、自動車業界の「ジャスト・イン・タイム」方式による在庫削減が裏目に出ました。
さらに、2021年2月の米テキサス州大寒波による複数工場の操業停止、同年3月のルネサスエレクトロニクス工場火災が重なり、深刻な供給不足に陥りました。
自動車産業の立場の弱さ
半導体業界における自動車向けの存在感は意外と小さく、TSMCの業種別売上を見ると、スマートフォン向けが約41%を占める一方、自動車向けは約5%に過ぎません。そのため、半導体メーカーは需要が旺盛なIT向けへの供給を優先し、自動車向けは後回しにされる傾向がありました。
トヨタ自動車の内山田竹志会長も「全体では半導体が余っているのに自動車だけが不足している」と述べ、業界構造の課題を指摘しています。
サプライチェーン可視化の重要性
半導体危機は、自動車のサプライチェーンがいかに複雑で、全体像の把握が困難であるかを浮き彫りにしました。1台の自動車には数千点の部品が使われ、その中には数十から数百個の半導体が含まれています。
ティア1(1次サプライヤー)の情報は把握できても、ティア2、ティア3と遡るほど情報は不透明になります。今回の連携では、この「見えない部分」を可視化し、有事の際に迅速な代替調達を可能にすることを目指しています。
注意点と今後の展望
中国の台頭
車載半導体、特にEV向けのパワー半導体分野では中国勢が急速に台頭しています。次世代素材のSiC(シリコンカーバイド)を巡る参入が著しく、中国では50〜60社以上が市場に参入しています。
中国政府は2024年1月に車載半導体の国産シフトを目的とした技術標準化の取り組みを発表しており、国を挙げての支援体制を整えています。日本の自動車・半導体連携は、こうした競合との競争も意識した動きと言えます。
SDV時代への対応
自動車業界は「SDV(Software Defined Vehicle、ソフトウェア定義車両)」への移行期にあります。車の価値がハードウェアからソフトウェアにシフトする中、半導体はその基盤として重要性を増しています。
JASPARでは2026年内にSDV向け標準APIの初版実装を完了し、2030年に量産開始予定の次世代車への採用を目指しています。この取り組みは半導体調達の安定化と並行して進められ、日本の自動車産業の競争力維持に不可欠です。
今後の課題
情報共有の仕組みを構築しても、実際に有事が発生した際に代替調達がスムーズに進むかは未知数です。また、半導体製造には高度な技術と設備投資が必要であり、短期間での生産移管は容易ではありません。
複数の調達先を確保する「複線化」は、コスト増要因にもなります。平時のコスト競争力と有事への備えをいかに両立させるかが、今後の課題となるでしょう。
まとめ
トヨタやホンダなど日本の自動車メーカーと半導体メーカーの連携は、2021年の半導体危機と地政学リスクの高まりを教訓とした戦略的な動きです。車載半導体の情報共有により、サプライチェーンの可視化と代替調達の容易化を目指しています。
台湾への過度な依存や、半導体業界における自動車産業の立場の弱さなど、構造的な課題は依然として残っています。しかし、業界横断での連携強化は、不確実性が高まる時代における重要な一歩と言えます。
自動車のソフトウェア化が進む中、半導体は今後さらに重要な戦略資源となります。日本の自動車産業が競争力を維持するためには、調達の安定化と技術開発の両面での取り組みが求められています。
参考資料:
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